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やさしい拷問

「まりな、まあ、落ち着こう。俺とティートさんは、極めて丁重に扱われて、全然、命の危険なんてなかったから」

 俺は笑顔で言った。


 嘘ついたから、顔がちょっと引きつってるかもしれない。


「ほら、こんなにぴんぴんしてるし」

 両手を掲げで元気ぶりをアピールしようとしたけど、後ろ手にしばられていて、手を上げることが出来ない。


「そうじゃ、まりな殿。ここまで後ろ手に縛られて、『はやく歩け』とか、『このうすのろ!』とか、時々罵声ばせいを浴びせられながら、牛馬にするようにむちを振るわれたけれど、我らは大丈夫じゃ」

 ティートが言う。


「単なる、誤解なんだよ。街の人達は勘違いしてるだけだし」


「そうなんじゃ、勘違いで、地下の薄暗い牢屋に入れられて、キノコが生えるような不衛生な狭い場所に押し込まれ、食事も水も与えられずに、冷たい床に座ることを強制され、二人で身を寄せ合ってどうにか過ごしていたけれど、それは、勘違いから生じたことじゃ」


 ちょっと、ティートさん?


「この衛兵の人達は自分の職務をまっとうしてるだけだし、この二人も、ちょっと欲に目がくらんだだけで、基本、いい人みたいだし」

 俺は、心にもないことを言った。


「そうなんじゃ、この二人は戦士とそなたの名をかたり、街で散々豪遊したあと、無垢むくな街の人々を騙して、その辺に落ちている石で作ったネックレスをとんでもない値段で売りつけ、さらにはその馬車の荷と、まりな殿を狙って我らにここまで案内しろと脅したけれど、ちょっと欲に目が眩んだ、基本、いい奴らじゃ」


 おい、ティート、さっきから火に油を注いでどうする!




 偽戦士と偽まりなに馬車まで案内しろと言われて、仕方なく俺とティートは、まりなが待つ馬車まで来た。


 車軸が壊れた馬車の中で、スリープモードで待機していたまりなは、俺達に気付いて馬車を降りた。


 偽戦士は、十人の衛兵に守られた馬車の上から俺達を見下ろしている。

 体操着にブルマのケバい偽まりなは、壊れた俺達の馬車を物色していた。



 俺とティートは後ろ手に縄で縛られていて、衛兵の二人が、俺達それぞれの喉元に、剣をあてがっている。


「まとめると、全然、危険じゃなかったから」

 そう言いながら、説得力ゼロなのは自覚している。




 俺達の話を聞くあいだ、まりなの表情は無だった。

 笑ってもいないし、怒ってもいない。

 その表情を表現すれば、「無」だ。



「まりな、落ち着こう。俺は大丈夫だから」


「縄で鬱血うっけつした手が痛くて、衛兵が喉元に剣を突きつけてるけど、我らはきっと大丈夫じゃ」

 誰かティートの口をふさいで欲しい。



「おい、お前ら! さっきから何ぐちゃぐちゃ話してるんだ!」

 チャラ男の偽戦士が怒鳴った。


「そうよ! さっさと金目の物を出しなさい。馬車にはガラクタと、こんな変なバッグしかないじゃない」

 ケバい女が、まりなの予備のランドセル型バッテリーを蹴って、それがころころと地面を転がった。


「ちょ、ちょっと、やんちゃな人達なんだけどね」

 俺は、まりなをなだめるように言う。


 まったく、こいつら自分から墓穴を掘ってどうするんだ。






「お兄ちゃん、ちょっと目をつぶってて」

 それまで黙っていたまりなが、静かに口を開いた。


「目を瞑るって?」

 俺は恐る恐る聞き返す。


「うん、少しの間、目を瞑っていて欲しいの。だって、お兄ちゃんが目を開けてたら、これから起こる惨劇さんげきを描写しないといけなくなるでしょ? 後で、お兄ちゃんがこの旅を振り返った回顧録かいころくを書くとき、これから起こることを書いてしまったら、その本のレイティングが上がって、未成年者閲覧不可な書籍になってしまうから」

 まりなが笑顔のままで言った。


 飛び切り優しい笑顔なのが恐ろしい。



「まりな、できるだけ、穏便おんびんにな」

 俺は、そう言い残すのがやっとだった。


「うん、分かってる」

 まりなは答えた。


 俺は、まりなに言われた通り、のちの回顧録に残虐ざんぎゃく表現を載せないように目を瞑る。



「お兄ちゃん、私がいいって言うまで、目を開けちゃ駄目だよ」

 まりなが言ってすぐ、トトトトッってなにかを発射した音が聞こえて、ドスンと、数人が地面に倒れる音が聞こえた。


 鉄のよろいの音とか、剣がこすれ合う音とか聞こえたから、倒れたのは多分、衛兵だと思う。

 俺の喉に当てられていた、剣の冷たい感触もなくなった。



「てめえ、何しやがった!」

 チャラ男が言った瞬間、ぼすっ、って肉に鈍器がめり込む音がする。

 きゃん! ってその後で子犬みたいな声も聞こえた。


「あんた、いったい……」

 ケバい女は、最後までセリフを言い終えることが出来なかった。



 その後は、終始、女の悲鳴が聞こえていたから、何が起こってるのか、分からなかった。

 俺には、目を開ける勇気もなかった。


 断片的に、

「前歯だけは勘弁してください」

 とか、

「そんなところに焼きごてを押しつけないでください」

 とか、そんな悲痛な声が聞こえたから、きっと、壮絶そうぜつなことが行われていたに違いない。



 十分くらい、そんな状況が続いただろうか、

「しつれひしはした」

 とかいう声が聞こえて、女の悲鳴が止み、辺りは静かになった。


 多分、失礼しました、って言ったんだと思う。




「お兄ちゃん、目を開けていいよ」

 まりなの声が聞こえて、俺を縛っていた縄が切られた。


 目を開けると、十人の衛兵が、地面に倒れている。

 そして、あの二人の姿は、どこにもなかった。



「衛兵の人達は、スタンモードで気絶してるだけだから、そのうち目を覚ますよ。全員一瞬で気絶したから、何も見てないと思うし、後遺症とかもないと思う」

 そう言ってにっこり笑うまりな。


「あの二人は、どうなった?」


「うん、もう二度と、私の大切なお兄ちゃんに手を出したり、お兄ちゃんを騙ったりしないように、厳重に注意して、ちょっとだけ、拷問ごうもんとかして解放したよ。二人とも、ちゃんと理解してくれたみたい。あえて殺さなかったけど、それは、二人が仲間のところに戻って、その恐怖を伝えてくれれば、彼らの仲間からも、お兄ちゃんを襲おうなんてやからが出ることはないって考えたからなの」


「さすが、まりなさんっす! ぱないっす! 素敵っす!」

 ティートがまりなの肩を揉んだ。


 ティート……


「ちょうど代わりの馬車を持ってきてくれたみたいだから、これに乗り換えましょうか」

 まりなが言う。


「そっすね、積み替え作業、やるっす! まりなさんは、休んでいてください」

 ティートが、積極的に働いた。


 ってか、ハイエルフが、まりなの太鼓持ちになってどうする……



 街に戻って事情を説明すると、領主は土下座する勢いで謝った。


 偽物の二人が街の人々から騙しとった金は馬車に積まれていて、それは全部、元の持ち主に返した。

 俺は悪人から街の人を救ったことになって、感謝されてしまう。


 俺の名声はさらに高まった。


 結果オーライだけど、なんか、すまん。


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