地下牢
「愚かなる人間よ。そこに生える小さなキノコの精霊からの情報によると、この牢屋は頑丈な石組みで出来ていて、抜け道など一切ないらしい」
ハイエルフのティートが教えてくれた。
「ご丁寧にどうも」
「よいよい、礼にはおよばぬぞ」
ティートは満面の笑みで答えた。
いや、俺、嫌みのつもりで言ったんだけど。
俺とティートが押し込まれた牢屋は、六畳くらいの四角いスペースで、三方が石組み、残りの一面は太い木の格子になっていた。
衛兵の詰め所の地下だから、ジメジメと湿気ていて、石の表面が濡れている。
明かりは、手が届かない高さにある小さな窓からの光だけで、中は薄暗かった。
床の上に敷いてある藁を寝床にしろってことだろうか?
そこからキノコが生えている。
とにかく、絶対に長居したくない場所なのは確かだ。
「それにしても、あやつら、不届きなやつらじゃ」
隣で膝を抱えたティートが言った。
俺とティートは床に座り込んでいる。
「愚かなる人間よ、我らはどうなるのかのう」
「そうですね。まあ、もう少しすれば、私達が帰ってこないことを不審に思ったまりなが、この街まで探しに来るでしょう。そうすれば、誤解もとけて出られると思いますよ」
俺の生命の保護を第一にプログラムされたまりなが、助けに来てくれる筈だ。
だぶん。
「愚かなる人間よ、そなたはのんびりとしておるの」
ティートに言われる。
「囚われて牢に入れられる、こんな状況にも関わらず、そなたはどっしりと構えておる」
ティートが小首を傾げて不思議そうに言った。
そんなふうに客観的に言われると、確かに、自分でもおかしいのかなって思う。
しかし、長年の会社員生活の中で、どんな困難も、必要以上に恐れてたらやっていけないって、そんな習性が身についた。
どんなことも、なるようにしかならない、そんな諦め半分な感情が染みついてしまった。
ようは、鈍感になったのだ。
それがいいことなのか、悪いことなのかは分からないけど。
「愚かなる人間よ、我の膝を貸してやろう、しばらく、休むがよい」
ティートが言って、自分の太股をぽんぽんと叩いた。
セーラー服姿で、床に女の子座りするティート。
ティートのミニスカートとハイソックスの間からは、真っ白な太股が覗いている。
「いいんですか?」
「うむ、我には、そなたにそんなことしかしてあげられないからな」
ティートがにっこりと笑う。
俺は、遠慮なく横になって、ティートに膝枕してもらった。
ティートの太股は、軟らかくて俺の頭にしっくりとくる。
俺が横になると、ティートは俺の肩にそっと手を添えた。
このハイエルフ、精霊の声を聞く能力しか持ってないって言うけど、ホントはヒーラーの能力も持ってるんじゃないかって思う。
こんな牢屋の中なのに、安らかな気持ちになった。
ティートが微かに声を出して歌う鼻歌が、眠りを誘う。
俺の知らない、異国の歌だ。
そうやって、ティートの膝枕で、二時間くらいうとうとしただろうか。
上の部屋から、この地下牢への階段を降りてくる足音が聞こえた。
それも、一人ではなくて、数人だ。
「お前達、戦士様とまりな様が、わざわざ様子を見に来てくださったぞ」
衛兵の一人が木の格子を叩いた。
衛兵が持ったランプの明かりで見ると、あの偽戦士と偽まりなが、四人の衛兵を引き連れて牢の格子の前に立っている。
「なにかあったら呼びますから、下がっていいですよ」
偽戦士は人払いした。
格子の前には偽戦士と偽まりなだけが残る。
衛兵がいなくなったのを確認して、
「あんた、本物の戦士か?」
チャラい偽物戦士が俺に訊いた。
その男は襟足を伸ばした金髪で、狡そうな目をしている。
「本物といえば、本物かな」
この世界に無理矢理召喚されただけで、戦士になったつもりはないけれど。
「まりなっていう女はどうしたの?」
ケバい偽まりなのほうが訊いた。
茶髪に体操着とブルマの服装で、体操着のゼッケンには「まソな」って書いてある。
「実は、馬車が壊れしまってね。本物のまりなはその馬車で待っている。二人で、この街に助けを呼びに来たところだったから」
俺が言うと、偽物の二人は、一旦、奥でコソコソ小声で話し合った。
「馬車の場所はどこだ?」
チャラ男が訊く。
「訊いてどうする?」
「馬車を頂くんだよ」
チャラ男が言って、ケバい女が下品に笑った。
「悪いことは言わないから、街の人から巻き上げた金持ってそのまま逃げた方がいいぞ」
俺は忠告してやった。
馬車を守ってるのは、誰だと思ってるんだ。
「その馬車にはお宝が積んであるんだろ。よし、その場所まで案内しろ」
チャラ男は牢の格子を蹴った。
「馬車には、国王から旅の資金に頂いた少しの金と、今まで通ってきた街でもらったお土産程度のものしかないから」
あとは、まりなが使う予備のランドセル型バッテリーくらいか。
「そんなふうに言うのが、また、怪しい」
「本物のまりなもいるしね。そのまりなで一儲け出来そうだし」
チャラ男の言葉をケバい女が継ぐ。
「まりなに手を出すのは、やめておいたほうがいい」
この二人は、まりながオークに姐さんって恐れられてることを知らないらしい。
「俺、知ってるぞ。異世界から呼び出されたあんたは、一緒に連れてきた巨人がいるから強いんだ。巨人がいないあんた達なんて、全然、怖くねえし」
チャラ男は、そう言ってキャッキャと猿みたいに笑った。
まあ、それは半分当たってるし、半分、間違っている。
「案内しねえなら、こっちにも考えがあるぞ」
チャラ男はそう言って、嫌らしくティートを見た。
「そっちのエルフを痛めつけてやる」
下品に自分のベルトを外すふりをして威嚇するチャラ男。
ティートはチャラ男を睨み返した。
「分かった。そこまで言うなら案内するよ」
俺はちゃんと警告したし、そこで何があっても、俺のせいではないだろう。
まりなが異変に気付くまでもう少し時間が掛かるって思ってたけど、向こうが自分から手間を省いてくれるっていうんだから、こっちとしてもありがたい。
俺とティートは、縄で縛られて地下の牢屋から地上に引き出された。
街の人々の好奇な視線を浴びる。
「さあ、馬車まで案内しなさい。私から盗んだ物を返すのです」
チャラ男が、わざとみんなに聞こえるように言った。
俺が馬車を盗んだっていう設定にしたらしい。
俺とティートは、後ろ手に縄で繋がれたまま歩かされた。
俺達の後ろから、偽戦士と偽まりなを乗せた馬車がついて来る。
その馬車は、十人の衛兵が固めていた。
俺達なんて怖くないって言ったわりには、随分と厳重な警備だ。
「大丈夫かなぁ」
歩きながらティートが言った。
ティートが大丈夫かなって心配したのは、俺達じゃなくて、この偽物の二人と、衛兵のことだと思う。




