……だけの街
この街、スターベルに女性しかいないっていう、まりなの指摘は、正しかった。
俺を歓迎する夕食会に出席した三十人余りのメンバーも、俺以外、全部女性だったのだ。
街の散策のあと、服を着替えて街の公館の広間に行くと、僕を迎えてくれた領主の女性を始め、街の有力者や、給仕や料理人まで、全員、女性だった。
帯剣している領主の警備も、20代の凜とした女性だ。
この街に来てから男を見てないし、男の声も聞かない。
この街に、男は俺一人なのかもしれない。
一体、なんでこんなことになってるんだろう?
あの街道であった旅人が、この街に泊まるのを避けたのも、これと関係してるんだろうか?
「お兄ちゃん、私が見張ってるけど、何があるか分からないから気をつけてね」
耳につけた小型のイヤフォンを通して、まりなが言った。
アンドロイドのまりなは食事が出来ないから、疲れて宿で寝ると言って、夕食会には参加していない。
だけど実は、この公館の屋根に潜んでいて、俺をモニターしている。
こちらから夕食会に出るのは、俺とティートの二人だ。
「お城の立派な料理人が出す料理とまではいきませんが、心尽くしの料理です。どうぞ、存分に食べて飲んで、英気を養って、これからに備えてください」
夕食会会場の広間で、領主の40代の女性が、優しい笑顔で挨拶した。
俺が礼を言って、ワインで乾杯のあと、宴が始まる。
「戦士様、あちらの世界は、一体、どんな世界なのです?」
出席者の一人、20代半ばの女性が訊いた。
やっぱり、ここでも皆の興味は、俺が元いた世界のことだった。
向こうの世界の様子や、とりわけ、ファッションや風俗のことなんかに、興味が集まる。
美味しいワインの勢いも手伝って、俺は、元の世界のことを面白おかしく話した。
みんなが目を輝かせて俺の話を聞いてくれるから、調子に乗って話してたら、なんだかあっちの世界が素晴らしいものに思えてくる。
仕事に行って、寝るために帰るだけの毎日だったのに、懐かしささえ覚えた。
そういえば、宇宙人の侵略をうけているあっちは、まだ存在してるんだろうか?
宴が盛り上がって夜も更けた頃、俺は、酔って警戒心が緩くなっていたこともあって、何気なくあのことを訊いてみた。
「あの、この街には、女性しかいないみたいなんですけど、どうして、このような状況になってるんですか?」
僕が訊くと、それまで賑やかに話していた夕食会の参加者達が、ピタッと動きを止めた。
あれ、もしかして、マズいことを訊いてしまっただろうか?
すると、領主の女性が、俺を広間の隅に呼んだ。
「もしかして、戦士様は、この街の事情を知らないのですか?」
領主が、声を落として訊く。
「はい、知らずにここに来たのですが」
俺は正直に答えた。
ただ、ドラゴンの巣へ向かう道の、丁度いい中継点として選んだだけだ。
でもやっぱり、この町にはなんか深い事情があったのか?
女性しかいない理由、この世界はドラゴンもいるし、モンスターもいるし、戦乱で隣り合った国同士の争いもある。
もしかしたらここは、それで夫を亡くした女性達が暮らす街とか、そういうことか?
そんな悲しみを抱えた女性達が、肩を寄せ合って暮らす街なのか?
そうだとしたら、気遣いもせずに質問してしまった俺は、無神経だったかもしれない。
「そうですか。戦士様、それではこちらへ」
領主が、宴の最中だった広間から俺とティートを廊下に出す。
「私に付いてきてください。もう、遅いかもしれませんが……」
領主は廊下を早足で歩いた。
帯剣した警護の女性に目配せして、その女性が俺の後ろを固めた。
「お兄ちゃん、大変! 街が、街の中が、大勢の……」
イヤフォンからまりなの声が聞こえたけど、それは、すぐに何かのうめき声や叫び声にかき消された。
「まりな、まりな」
俺は小声で服に隠したマイクに呼びかけるのだけれど、それ以降、まりなから返事が返ってくることはない。
領主は公館の廊下を端まで歩くと、地下に続く階段を下りて、鍵が掛かっている通路の前に俺達を導いた。
通路の奥は真っ暗で、どこまで続いているのか分からない闇が広がっている。
「この通路を抜けると、街外れの、物置小屋に偽装した出口まで辿り着きます。そこを出て、塀の外に逃げてください。この街から、逃げてください」
領主が、通路の鍵を外しながら言った。
逃げろってどういうことだ?
領主の手が震えて、鍵を外すのに手間取っていると、上の階から、大勢が床板を踏む音が聞こえた。
こっちに、何かたくさんのモノが迫ってくるのが、音と振動で分かる。
「逃げるといっても、妹のまりながいないのですが」
まりなからの連絡があるイヤフォンは、沈黙したままだ。
「妹さんには、危害が及びません、それは大丈夫です。危険なのは戦士様です。さあ、一刻も早くお逃げください。この護衛に案内させます。彼女と街の外の安全な場所で、一晩過ごしてください。夜が明ければ、あなたは助かります」
夜が明ければって、なんだ?
ここに吸血鬼でもいるんだろうか?
もしかして、この街は吸血鬼の街だとか。
知らずに俺は、迷い込んだとか……
「さあ、お逃げなさい。早く」
領主が、俺を押し込むようにして通路に入れた。
「この街は、一体なんの街なのですか?」
最後に俺は、領主に訊く。
「ここは、超肉食系女子の街です」
領主が言った。
「深夜零時、日付が変わると日が昇るまでの間、この街の全女性があなたに夜這いを掛けるので、すぐに逃げてください!」




