巨人
俺の目の前にロボットが立っている。
二本の脚で立つ、巨大な人型ロボット。
俺が住む五階建てマンションより頭一つ抜けているから、20メートルは超えているだろう。
ドアを開けたマンション三階の通路で、俺はそのロボットの胸の辺りから、顔を見上げる形になる。
純白の甲冑を纏ったような、凜々しい姿の巨人。
顔には、エメラルドグリーンの目が、人間のように二つ、対を成している。
兜を被った頭には、額から後ろに流れるように、二本の鍬形が生えていた。
腰には二本の刀のようなものを差していて、背中にマントを背負っている。
そんな巨人が、腕組みしてヒーロー然と構えていた。
UFOという非現実的な存在には慣れていたけれど、このロボットには驚いて固まってしまう。
周囲の住人も、人垣を作って遠巻きにロボットを見上げていた。
ロボットに道路を塞がれて、ひどい渋滞が出来ている。
遠くからパトカーが近づいて来るサイレンの音が聞こえた。
こんなロボットが、音も立てず、どうやってここまで来たんだろう?
空を飛んできたとでもいうのか。
もしかしたらこれは、宇宙人が作ったロボット、あるいは、宇宙人そのものなのかもしれない。
今まで地球側の攻撃に対するカウンター以外、なんの動きも見せなかった宇宙人が、いよいよ、地球侵略を始めたのか。
俺がそんなふうに考えた、その時だ。
ロボットの胸の部分が半分に割れて、観音開きになった。
露わになった胸の中にハッチがあって、それが上に開く。
すると、そのハッチの中から、人が出て来た。
人、なんだろう。
そいつにも手と足が二本ずつある。
そして、二本足で歩いていた。
ハッチがちょうどマンションの通路と高さと同じで、俺は中から出て来た人物と向かい合う形になる。
「よう、冬樹」
そいつは俺の名前を呼んだ。
「はっ?」
俺は思わず裏返った声を出してしまう。
さもあらん。
そいつは俺の父親だったのだ。
「冬樹、お前を迎えに来た」
少し薄くなった白髪頭。
銀縁メガネに白衣姿の父親がそこにいる。
俺は実家を出て一人暮らしをしてるから、こうして父親の顔を見るのは半年前の法事以来だったけど、俺の父親に間違いない。
「なんで親父がこんなロボットに乗ってるんだ」
俺は、当然の質問をした。
ある日突然、父親が巨大ロボットから降りてきた者としては、すごくまっとうな質問だと思う。
「もちろん、私がこのロボットを作ったからだ」
父親が言った。
そう言って、得意げに腕組みする。
いや、あんたは経産省に勤める役人だった筈だ。
毎日毎日、実直に仕事に通う、堅物の事務員だった。
それがいつからロボット屋になったっていうんだ。
それも、こんな巨大な人型ロボットに。
「で、これは一体、なんなんだよ」
俺は訊いてやった。
これも、目の前に巨大なロボットが立っている者としてはまっとうな質問だと思う。
「これは対宇宙人用人型決戦兵器、試製一八式重歩兵だ!」
父親がロボットを指して自信たっぷりに言う。
「お、おう……」
俺の寂れた厨二心では、そう答えるしかない。
その、ちょっと現代兵器じみたネーミングに、中二の頃の俺なら「かっけえええ」って、心ときめかせたんだろうが。
「対宇宙人用人型決戦兵器、試製一八式重歩兵だ!」
父親が繰り返す。
「二回言わなくていい!」
別に俺のリアクションが薄いのは、聞こえなかったからじゃない。
「で、その試製なんとかで、なにしに来たんだ」
他に色々訊きたいことはあったけど、まずそれを訊いた。
まさか父親のやつ、こんな玩具を息子に見せびらかしに来たわけでもあるまい。
「よくぞ訊いた、我が息子よ。お前は今からこのロボットに乗って、あのUFOに乗った宇宙人と戦うのだ!」
父親が空に浮かぶUFOを指す。
「はあ?」
我ながら、素っ頓狂な声が出た。
「お前はこれに乗って侵略者から地球を救え!」
父親は両手を一杯に広げて、芝居じみた仕草で言う。
親父、いつからこんなキャラになった……
普段は無口で、存在感が薄い父親だったじゃないか。
「お前はこれに乗って、侵略者から地球を救うのだ!」
まったく、どうかしている。
「ああ、いや、こういうロボットに乗るのって、俺みたいなおっさんじゃなくて、十代の思春期的な少年少女が乗るんじゃないのか?」
そして、少年少女は葛藤を繰り返しながらロボットに乗って、大人へと成長していくのだ。
大人の階段を上がって、そして時々恋をする。
少なくとも、俺みたいなアラサーのおっさんはこんなロボットに乗らない。
「大体、ロボットの操縦方法なんて知るか!」
仕事でずっと忙しくて、2年前に買った自動車にもあまり乗れずに、その運転方法だって忘れかけている俺なのだ。
「心配するな。お前は簡単な操作と命令をするだけでいい。操作はこの子がすべてやってくれる」
父親が笑顔で言った。
「お兄ちゃん、よろしくね」
すると、ロボットのハッチをくぐって、父親の後ろから一人の女の子が出て来た。
髪をポニーテールにした、中学生くらいの少女。
その子が小首を傾げて俺を見る。
もちろん俺に中学生の知り合いはいないし、その女の子からお兄ちゃん呼ばわりされる謂われはない。
「大丈夫だよお兄ちゃん、私が優しく教えてあげる」
その少女は、そう言って僕に微笑んだ。