旅立ち
「あ、あの、ロネリ姫、そこに居られては困るのですが……」
荷馬車の、荷物と荷物の間に、丸まった白い物体が入り込んでいる。
俺が試練に向かうために用意した荷馬車に、白い繭みたいな物体が乗っていた。
「姫、ロネリ姫、そろそろ出発ですので、出て頂かないと……」
こっちにカワイイお尻を向けて、頭を隠して縮こまっているロネリ姫。
荷物に擬態してるつもりらしいけど、白いドレスでは目立ちすぎる。
ぷるぷると、小刻みに震えてるし。
「姫、お願いします」
仕方なく、姫を持ち上げて抱っこした。
「どうして分かったのですか!」
姫は、マジか、みたいな顔をしている。
「……いえ、丸わかりでしたが」
俺に抱っこされて、駄々っ子みたいに手足をバタバタさせるロネリ姫。
昨日の夜なんて、トイレに行くにも風呂に入るのにも、俺に縋り付いて離れようとしないロネリ姫が、今日は朝から見当たらなくておかしいと思ったら、こうして荷馬車に隠れていた。
これはあれだ、俺が試練に向かう旅の途中、荷物に紛れていた姫を見付けて、もう引き返せないし、連れて行くしかないってパターンを狙ったに違いない。
「姫、昨晩、お留守番していてくださるって約束したじゃないですか」
俺は、ちょっときつめに言った。
「ですが、やっぱり……」
ロネリ姫が、しょぼんとした顔で肩を落とす。
自分のせいで俺が一八式なしで試練に挑むことになって責任を感じている姫は、私もついて行くって聞かなかった。
それを、一晩かけて説得したのだ。
「それとも、姫は私が信じられませんか?」
「えっ?」
「姫は、私がドラゴンの巣の試練に打ち勝つことが出来ないとお考えですか?」
「いいえ! そんなことはありません!」
姫がぶんぶん首を振る。
姫が首を振って、金色の綺麗な髪が揺れた。
「それでは、お城で待っていてください。私は、姫との結婚を誰からも認めて頂けるよう、試練を乗り越えて参ります」
俺が言って姫の頭をなでなですると、姫は渋々それを受け入れた。
抱っこしたロネリ姫を、リタさんに預ける。
「あの、冬樹様は、なぜ、そんなふうに不平を言わずに、何にでも立ち向かうのですか?」
リタさんに抱かれたロネリ姫が訊いた。
「どういうことでしょう?」
「だって、冬樹様は、無理矢理こちらの世界につれて来られて、ドラゴンのようなものと戦わされて、父王様から私との結婚を勧められたり、試練を与えられたり。そんな無理難題をふっかけられても、動じることなく、平然としていらっしゃるんですもの。なぜそんなに、冷静でいられるのですか? なぜ、不平も言わず、立ち向かわれるのですか?」
ロネリ姫が、真剣な顔で訊く。
「そうですねぇ……」
姫にあらためて訊かれて、言葉に困ってしまった。
確かに、俺は無理矢理召喚されてしまったし、こっちに来てから、無理難題をふっかけられている。
言われてみれば、俺はそれに逆らうことなく答えていた。
だけどそれは別に、俺にこの世界の人々を守ろうっていう使命感があるとか、熱い正義感があるとか、そういうわけではなかった。
なんとなく、言われるままにこなしてしまっている。
強いて言えば、ロネリ姫とリタさんを守ってあげたいっていう気持ちがあるだけだ。
言ってみればそれは、「諦め」のようなものなのかもしれない。
長いサラリーマン生活で、疑問を持ったり不平を言ったりすることを諦めるようになってしまった。
不平を言って上司ぶつかったり、同僚と揉めたりするくらいなら、多少不満でも、とっととやってしまえっていう、俺の仕事の仕方が、染みついてしまっていた。
だけど、そんな感情は姫には解ってもらえないだろう。
自分でも分からないんだから、姫にどう説明したらいいか、分からない。
「姫の笑顔が見たいから、ってことではダメですか?」
俺が言うと、ロネリ姫はハッとしたように目をまん丸にした。
隣でリタさんも、心を打ち抜かれたような顔をしている。
まずい、カッコイイこと言うつもりなかったのに、それらしいことを言ってしまった。
なんか、俺がものすごくいい奴みたいになったけど、それは誤解だ。
姫を下ろして、荷馬車へ旅の荷物の積み込みを終えた。
城下町の豪商が気前よく俺に用意してくれた馬車は、二頭立てで四輪の、幌が付いた馬車だ。
荷馬車には、当面の食料とワイン、キャンプ用のテントに野営道具。着替えの服や、そして、武器や防具を載せた(多分、俺がこの武器を振り回すことはないと思うけど)。
俺は、城下町の人々から贈られた濃紺の詰め襟に白いパンツ、足下は新品のブーツで、頭に羽の付いた帽子っていう、少し気恥ずかしい格好をしている。
従者のまりなは、戦闘服だという体操着にブルマ姿だ。
出発には騎士のルシアネさんも立ち会ってくれた。
「それでは姫様、行って参ります」
俺は、姫の前に跪く。
「婿殿、ご武運を」
ロネリ姫が言って、俺のほっぺたにキスをする。
「冬樹様、どうぞご無事で」
リタさんは、俺の手を両手で握ってくれた。
「ルシアネさん、留守のあいだ、姫とリタさんをお願いします」
俺はルシアネさんに頼んだ。
「もちろん、この命にかけてお守り申し上げます」
ルシアネさんは大袈裟にいうけど、それが今は頼もしかった。
「ルシアネ様、例の件、お願いしますね」
まりなもルシアネさんに何やら頼んだ。
昨日の夜、まりなとルシアネさんがなんか話してたけど、なんなんだろう?
「はい、心得ております。あの巨人は、我が第三近衛兵団が昼夜を問わず見張りを置いて、冬樹殿の留守中、誰一人、触れさせません」
まりな、そんなこと頼んでたのか。
いよいよ旅立ちとなって、馬車に乗り込む。
まりなと二人並んで座って、手綱はまりなが握った(アンドロイドって、馬車の操作も出来るらしい)。
「それでは、行って参ります」
俺が言って、まりなが鞭を打った。
馬がゆっくりと歩き出す。
「冬樹様! いってらっしゃいませ!」
ロネリ姫が、目に涙を溜めながら手を振った。
姫は、視界に小さくなっても、ずっと手を振っている。
国王が城のバルコニーに出ていて、上からこっちを見下ろしていた。
片手を挙げるのが見えたから、俺は頭を下げてそれに答える。
城の中の住人で、俺の見送りに出てくれたのは、二割くらいだろうか。
権力争いのしがらみの中で、これは、結構高い割合なんだと思う。
城を出ると、門の前に城下町の人々が人垣を作っていて、俺とまりなの馬車に声援を送ってくれた。
皆、口々に「ご無事で」と言ってくれる。
「姫様を悲しませないで」って声も聞こえた。
柄じゃないけど、俺は手を振って応える。
さて、どんな旅になるのか。
それに、まりなは一八式なしでもどうにかなる秘策があるって言ったけど、本当にそんな秘策あるんだろうか?




