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戦闘服

 一八式なしで試練に立ち向かうという俺の噂は、半日と経たずに城内と城下町全体に広まった。


 噂は、城内では驚きと共に、そんなこと出来るわけがないと冷ややかに受け取られ、城下町では、さすがは戦士様と、熱狂で受け取られた。


 城下町の商人などから、俺の部屋に大量の品物が届けられる。

 精をつけてくださいという食材だったり、酒だったり、試練に立ち向かうとき使ってくださいという服だったり、靴だったり。

 鎧や盾、剣なんかの防具や武器も贈られてきた。


 ドラゴンの巣までの移動に使ってくださいと、馬と荷馬車をくれた豪商もいる。


 だけど、そういうのが来れば来るほど、後には引けなくなってしまった。

 俺は、本当に一八式を城に置いてドラゴンに立ち向かわないといけない状況に追い込まれている。



「冬樹様、申し訳ありません!」

 部屋に帰ると、ロネリ姫が、土下座しそうな勢いで謝った。

 床に縮こまって手をついて謝るロネリ姫。

 隣にリタさんも並んで謝る。


「いえそんな、姫、顔を上げてください」

 俺は、地面に伏せる姫を抱き起こして、リタさんにも立ってもらった。


 確かに、姫は誘導されてあんなことを言ってしまったけど、イサベラ姫の狡猾こうかつさには俺だって太刀打ち出来なかっただろう。

 あの姫は、その辺の駆け引きに慣れていた。


「私、冬樹様との結婚を諦めます」

 姫がうつろな視線で言う。


「私のせいで冬樹様が危険な目に合うなら、私は、一生、一人でいる方がましです」

 涙目の姫が健気けなげに続けるから、俺は姫を抱きしめた。

 その小さな背中を抱いていると、凡庸ぼんような俺にも、この姫を守らないとっていう、使命感みたいな気持ちが湧いてくる。

 これは、サラリーマンでいたときは一度も持たなかった感情だ。


 だけど、ドラゴンと生身で戦う方法なんて、どれだけ考えても思いつかなかった。

 一八式抜きの地力じりきなら、俺は、騎士どころか、この世界でたくましく生きている一般市民にも及ばないと思う。

 運動といえば、住んでいるマンションから駅までの歩きくらいだし、最近は2リットルのペットボトル以上重い物は、持ってない気がする。



 解決策もなくただ時間だけを浪費していると、

「冬樹殿、とんでもない噂が流れていますが真実ですか?」

 心配したルシアネさんが部屋に来てくれた。


 俺は、ルシアネさんにこうなった事情を説明する。


「そうでしたか……」

 ルシアネさんも、腕を組んで考え込んでしまった。


「その『ドラゴンの巣の試練』とは、具体的に、どういうものなのですか?」

 俺はルシアネさんに聞いた。


「なにゆえ、200年以上前のことなので、私もよく知らないのですが」

 ルシアネさんは、そう断りを入れてから話してくれる。


「国境の外れに『ドラゴンの巣』と呼ばれる連なった山々があります。『ドラゴンの巣』と呼ばれる通り、そこには無数のドラゴンが巣くっていて、誰も近付けません。加えてそこは活火山の山々で、草木も生えぬ荒涼こうりょうとした大地ゆえ、隣接する五カ国のどの国の領土でもない、見捨てられた場所なのです」

 ドラゴンに加えて、火山とか……


「かつて、そんな場所に踏み込んでドラゴンの卵を持ち帰った騎士がいました。その騎士は平民の出で、愛し合った姫との結婚を王に申し出たのですが、一笑に付され、ドラゴンの巣に入って卵を持ってくれば許すと、無理難題を突きつけられたのです。ところが騎士はそれを見事にやってのけ、それには王も感心して、姫との結婚を許したのだそうです。以来、平民出の騎士が姫をめとろうとする際や、近衛騎士団の長となる際に、ドラゴンの巣に赴いて名を上げるのが、しばらく慣例になったようです。成功した者は、一躍、名声を得られたのだとか。しかし、あまりに危険な行為ゆえに、数えるほどの成功例しかなく、200年前の例を最後に、それ以後、誰一人挑んではいません。その200年前の最後の挑戦も失敗に終わり、騎士はドラゴンの巣から戻らなかったと伝わっています」

 絶対無理なやつだ。

 それ、絶対無理だ。

 俺なんて、そこに行く間に、盗賊とかに襲われて命を落としそうだし。



 そんな話を聞いて、ロネリ姫とリタさんは余計に落ち込んでしまった。


 俺の安全を第一にプログラミングされているアンドロイドのまりなも、もちろん反対すると思って彼女の方を見たら、

「それなら、お兄ちゃんがやってみせるしかないよね」

 意外にまりながそんなことを言い出す。


「そんな困難な試練なら、逆にお兄ちゃんがやってのければ、誰もお兄ちゃんに文句は言えなくなるでしょ? お兄ちゃんのこの世界での立場が固まって、安全度は増すと思うの。だからやった方がいいと思う」

 いやいや、ちょっと待て。


「俺が一八式なしでドラゴンに勝つ方法なんてあるのか?」


「うん、私にちょっと考えがあるの。だから、大丈夫だと思う」

 まりなは、自信たっぷりな顔をしている。


「従者として私も付いて行ってお兄ちゃんを守るから、大丈夫だよ」

 そう言うと、まりなは俺の耳の口を寄せた。


「私はアンドロイドで、両腕に火器を内蔵してるし、人間以上の働きは出来るから」

 他の皆に聞こえないよう、小声で言うまりな。

「いざとなったら、体の中にある自爆装置で、半径10㎞圏内を灰に出来るし」

 それ、物騒どころの話じゃねえ。



「それじゃあ、ちょっと気合いを入れて、戦闘服に着替えるね」

 まりなはそう言うと、部屋の隅に置いてあった自分のトランクを開いて、スクール水着(旧型)を脱ぎ始めた。


「ちょっと待て、まりな」

 みんながいることだし、ここではまずいから、バスルームで着替えさせる。


 だけど、戦闘服って嫌な予感がする。


 少しして、まりながバスルームから出て来た。

「さあ、準備出来た。一五式戦闘服に着替えたよ」

 まりなは、スクール水着(旧型)を脱いで「戦闘服」を着ている。


「いや、戦闘服っていうかそれ……」

 嫌な予感は的中した。


「ってかそれ、ブルマと体操着じゃないか!」

 俺は全力で突っ込んだ。


 まりなは、ゼッケンが付いた白い体操着に、紺のブルマを穿いて、バスルームから出てきた。


「完全にブルマだよね! 紛れもないブルマだ。一点の曇りもないブルマじゃないか!」

 一点の曇りもないブルマって、自分で言ってて何言ってるか分からないけど。


「何言ってるのお兄ちゃん、これは一五式戦闘服だよ。お父様が作ってくださった強化戦闘服だから。これを着ると、私の反応速度は3倍に跳ね上がるし、排熱効果も高くて、激しい戦闘でのオーバーヒートのリスクも減るの」

 まりなが、ブルマの裾を直しながら言う。


 3倍か……

 3倍ならしょうがないな……


 って、そんなわけねえ!


 まりなは、体操着にブルマで、ランドセル型電池パックを背負っている。


 スクール水着(旧型)の次は、ブルマに体操着。

 まりなを作った父親のセンス……


「姫とリタさんも、ブルマと体操着に興味を持たないでください!」

 二人はまりなのブルマを凝視ぎょうししている。

 湖でスクール水着(旧型)を着てきたみたいに、このまま仕立屋に注文しそうな勢いだ(リタさんのブルマ姿は、ちょっと見たい気もするけど)。


 これでまた、大きな誤解が生じる気がする。

 帰って来たら、城下町がブルマで一杯になってるとか……



「さあ、それじゃあ、ドラゴンの巣でもどこでも行きましょうか」

 まりなは、なぜか自信満々だった。



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