まどろみ
湖畔の芝生の上にタープが張ってあって、丁度いい日陰を作っていた。
俺は、日陰に敷いた厚手のラグの上に、片肘をついて寝そべっている。
目の前に広がる湖は凪いでいて、鏡面のようだ。
桟橋に白いボートが二艘、繋がれているけれど、波がないからほとんど動かなかった。
晴天で、空には雲一つない。
時間が流れているのかどうかも分からない、そんな昼下がりだった。
執事の男性が、ワインとサンドイッチみたいな軽食が入ったバスケットを持ってきてくれて、俺はそれを適当に摘まむ。
サンドイッチに挟んであるパストラミビーフが美味くて、爽やかな酸味の白ワインとよく合っていた。
そういえば俺、こっちに来てから食べる量が増えた気がする。
元々食が細かったのに加えて、向こうにいるときはゆっくりと食事をする暇がなかった。
いつも胃がキリキリしていて、多くは食べられなかったし。
最近は一日三食、普通に食べてるから、少し体重が増えたかもしれない。
「冬樹様、お待たせしました!」
タープの下でくつろいでたら、背後からロネリ姫の声がした。
「姫様、走られると転びますよ」
リタさんの声もする。
「お二人とも、待ってください」
ルシアネさんの声があとを追った。
いま、振り向くと、そこには水着姿の三人がいるんだろう。
さっき三人は、水遊びのために着替えてきますからと、庭の納屋に入っていった。
俺は、別に興味はないんだけど、まあ、ロネリ姫に呼びかけられたことだし、振り向くことにやぶさかではない、でも別に、リタさんの大きな胸に釣られたとか、モデルみたいな体型のルシアネさんの水着姿に興味があったわけでもないし、ましてや、ロネリ姫のちっぱい目的のロリコンでもないんだぞ、っていう雰囲気を醸し出しつつ、振り向いた。
そこに、水着姿の三人がいる。
ロネリ姫も、リタさんも、ルシアネさんも、みんな水着を着ていた。
確かに、三人は水着を着てはいるのだけれど……
「なんで三人とも、スクール水着なんですか!」
俺は、思わず立ち上がって大声を出してしまった。
ロネリ姫もリタさんもルシアネさんも、みんな、スクール水着(旧型)を着ているのだ。
紺色の、ぴったりとしたワンピースのスクール水着(旧型)。
ご丁寧に、ロネリ姫の胸には「ロネリ」って書いたゼッケンが貼ってあるし、リタさんには「リタ」、ルシアネさんには「ルシアネ」って書いたゼッケンが貼られている。
「どうですか? この水着」
ロネリ姫がお臍のあたりを摘まんで訊く。
「いえ、どうって訊かれましても……なぜ、その水着なんですか?」
俺は当然の質問をした。
「だって、冬樹様はこのデザインの水着を、妹のまりなさんに普段から着せてるくらいですから、これが好きなのでしょ? だから、まりなさんの服を参考にして、仕立屋に作らせたのです。湖の離宮に向かうことになって、すぐに注文しました。私、冬樹様に喜んでもらいたかったのです」
姫が少し照れながら言った。
いや、まりなのスクール水着(旧型)は俺が着せたわけじゃないし、俺は別段、スクール水着が好きなわけでもない(嫌いではないけど)。
「冬樹様、お気に召しませんか?」
リタさんが訊いた。
リタさんが体を動かすたびに、ゼッケンが付いた胸が、たゆんたゆんに揺れた。
リタさん、すごく立派なものをお持ちだ。
それでいて垂れてないから奇跡だ。
「い、いえ、お気に召します」
思わず言ってしまった。
成人女性が着るスクール水着も、それはそれでぐっとくるものがあるかもしれないって、思ってしまった。
「冬樹殿、着てみるとこれは動きやすいのですね。今度、戦の時にこれを着てみようと思います」
ルシアネさんが言った。
ルシアネさんの、筋肉が付いていて余計な肉がないアスリート体型が美しい。
「やめてください!」
僕は全力で止めた。
ビキニアーマーの戦士ならまだしも、スク水戦士とかあり得ない。
スク水って、防御力ゼロだし、効果があるとすれば、相手への精神攻撃くらいだ。
三人にアンドロイドのまりなが加わって、ここにスク水の四人が揃った。
向こうの世界では絶滅危惧種のスクール水着(旧型)が、こっちの世界でこうも繁殖するとは……
「さあ、冬樹様も、水遊びしましょう」
姫が俺の手を引っ張るから、俺もシャツを脱いで、靴と靴下を脱いで裸足になった。
そのまま、みんなで湖の縁までいく。
湖は遠浅で、俺の膝くらいの水深から、沖に向けて深くなっていた。
「きゃ、冷たい!」
女子達がきゃっきゃ言いながら、足を水につける。
俺もそっと湖に足をつけてみた。
汗ばむくらいの陽気だけど、まだ水は冷たかった。
指に感じる小石がくすぐったい。
「まりなは、水、大丈夫なのか?」
俺は、みんなに聞こえないよう、小さな声で訊いた。
まりなはアンドロイドで、精密機械だ。
「うん、私はIPX8の防水性能を持ってるから大丈夫」
まりなが親指を立てた。
さすが、国家的予算を使って作ったアンドロイドだ。
段々と水に慣れてきた頃、ロネリ姫がリタさんに手で掬った水を掛けた。
「まあ、姫様、お返しです」
今度は、リタさんが姫に水を掛ける。
「おお、私も入れてください」
ルシアネさんも水の掛け合いっこに加わった。
「ルシアネさん、ほら!」
それに、まりなも加わる。
水に濡れたスクール水着(旧型)が、徐々にみんなの肌に張りついていった。
ピッタリと張りついて、少し締まる。
なんて素晴らしい光景なんだ……
ここは、天国か……
「お兄ちゃん、なに鼻の下伸ばしてるの?」
まりなが訊いた。
「冬樹様も、ほら!」
ロネリ姫が俺に水を掛ける。
すると、みんなが後に続いて俺は集中砲火を浴びた。
リタさんもルシアネさんも、そして俺も、子供に戻る。
ロネリ姫が俺ばかりに水を掛けるから、俺は姫を抱き上げて、優しく湖に落とした。
「冬樹様! 酷いです!」
ロネリ姫が顔の水を拭いながら言う。
すると、それを見ていたルシアネさんが俺に近づいて来た。
「姫様のお返しです」
俺はルシアネさんの太い腕に持ち上げられる。
そのまま肩に担がれて、抵抗空しく、遠くに投げ飛ばされた。
俺は、一回転して湖に沈む。
不意のことで少し水を飲んでしまった。
水面に顔を出すと、ロネリ姫とリタさん、ルシアネさんとまりなが笑っていた。
俺も、久しぶりに含みなく心から笑う。
静かだった湖畔が、俺達の笑い声で満たされた。
湖面を泳いでいた水鳥には、いい迷惑だったかもしれない。
水に入ったり出たりして、しばらく遊んだ。
小学生の頃の、何も考えずに済んだ夏休みを思い出す。
そういえば俺の初恋の相手、今どうしてるんだろうとか、そんなことを考えたりした。
「お嬢様方、水に入って冷えてしまったでしょう。温かいものをお持ちしました」
しばらくして、執事の男性が二人のメイドさんを従えて湖畔に現れる。
メイドさんはポットを乗せたカートを引いていた。
俺達は水から上がる。
タオルで体を拭いて、上着を羽織った。
タープの下で、みんなでホットレモンを頂く。
ハチミツがたっぷりと入ったホットレモンが、冷えた体を温めてくれた。
ハチミツの甘さが、疲れた体に染み渡る。
そのまま、タープの下に敷いたラグの上で休憩した。
水遊びで疲れたのか、ロネリ姫はリタさんの膝枕で寝てしまう。
姫は幸せそうな顔をして、リタさんの太股にすがっていた(すごく、羨ましい)。
目を瞑った姫の顔は、ドキッとするくらい大人っぽく見える。
金色の髪の妖精が、そこに横たわっているみたいだ。
「冬樹様、ロネリを妻に……」
突然、姫が言うからびっくりしたら、姫は眠ったままだった。
寝言だったらしい。
リタさんと俺は、目を合わせて笑う。
「リタさん、ちょっといいですか?」
姫が寝ているのを確認して、俺はリタさんに話しかけた。
「はい、なんでしょう?」
リタさんが小首を傾げて訊く。
俺は、このチャンスに以前から訊いてみたかったことを訊こうと思った。
「姫は、ロネリ姫はどうして、こんなに熱心に私の妃になりたいと言ってくださるんでしょう?」
それは全くの謎だった。
前にまりなが言ったように、俺は一目惚れされるようなタイプではないし、他に魅力もない。
「それはもちろん、冬樹様がこの国を救ってくださる救世主で、お強いからです。それに、冬樹様はお優しいし。頼りがいがあるし」
リタさんが答える。
「私に頼りがいなんてありません。それに、姫様は会ってすぐに、妃になると言ってくださいました。まだ私がどんな人間か、分からないときからです。姫ほど美しくて、家柄も申し分ない方であれば、結婚相手も、他にふさわしい方がいらっしゃるでしょう。それなのになぜ私かと、疑問に思っていたのです」
俺が言うと、リタさんは眉を寄せて少し困ったような顔をした。
ロネリ姫は寝息を立てていて、目を覚ましそうな気配はない。
ルシアネさんも、うつらうつらしていた。
「分かりました。お答えしましょう」
リタさんが、ロネリ姫の肩を優しくさすりながら言う。
「姫様のこと、お話ししますね」




