表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

21/87

湖畔

 木立こだちを抜けると、馬車の進行方向に視界が開けて、目の前に湖が見えた。

 さざ波に日の光が反射して、湖面がキラキラと輝いている。


「わあー!」

 ロネリ姫が馬車の窓から上半身を乗り出して、ぴょんぴょん跳ねた。

「ほら、姫様、お行儀が悪いですよ」

 リタさんが姫をたしなめる。

「はぁい」

 姫はリタさんに素直に従って、窓の中に体を引っ込めた。


 この二人、仲の良い姉妹っていうか、母と娘って感じだ。



「冬樹様、楽しみですね」

 馬車の中で俺の隣に座るロネリ姫が、俺の腕を取ってくっついてきた。

 姫は俺を見上げて眩しいくらいの笑顔を見せる。


「ええ、そうですね」

 無邪気な姫を見ていると、なんだか無性にその頭を撫でたくなった。


 今日はドレスではなくて、水色のワンピースみたいな服を着ているロネリ姫。

 その頭には、麦わらのカンカン帽が乗っている。


 久しぶりに城を出た姫は、嬉しくてしょうがないらしい。




 先日の隣国の視察団への対応を国王が高く評価してくれて、俺は褒美ほうびをもらった。

 かつて王が避暑ひしょに使っていたという、湖畔こはん離宮りきゅう下賜かしされた。


「突然、異世界に召喚されて、その状況を理解する間もなく働かされて、そなたも疲れたであろう。しばらく羽を休めるがよい」

 王は、離宮と共に休暇までくれたのだ。


 なんてホワイトな職場なんだろう。

 元の世界に帰ったら、役員用のウォーターサーバーに王の爪のあかじたものを入れてやりたい。



 その休暇には、当然のようにロネリ姫と、そのメイドのリタさんもついてくることになった。

 そして、警備のために、ルシアネさんが十騎を引き連れて俺達の馬車の前後を固めている。


 空からは、まりなが一八式を飛ばしながらついて来た。


 朝早く城を出て、昼過ぎになってようやく離宮がある湖が見えてくる。

 ここまでずっと狭い馬車の中で揺られていて、興奮していた姫がはしゃいでしまうのも無理はなかった。



 レテティエ湖というその湖は、瓢箪ひょうたんのような形をしていて、その形に沿って歩くと、一周するのに半日はかかりそうなくらい大きかった。

 水が澄んでいて、近づくと湖底から生える水草が見える。

 水面を鴨の親子が優雅に泳いでいた。

 国王が避暑地として使っていたということで、周囲に離宮以外の建物は見えなかったし、人の姿もない。


 俺に下賜されたその離宮は、湖畔の森に囲まれてひっそりと立っていた。

 白い石組みの三階建てで、形はほぼ立方体をしている。

 装飾もほとんどない、こぢんまりとした造りの建築だった。

 虚飾きょしょくを排した建物は、森の中でひっそりと過ごすのにはぴったりかもしれない。


 しかし、この世界のつねで、その四隅にはあの竜戦塔というねぎ坊主みたいな石造りの塔が、しっかりと立っていた。




 門を抜けて馬車が到着すると、車寄せがあるエントランスで、執事しつじの初老の男性と、五人のメイドに迎えられた。

 まりなが一八式をエントランスの脇に着陸させて、膝を折らせる。


「これで冬樹様も、一城のあるじですね」

 建物を見上げてロネリ姫が言う。


 確かに、ワンルームマンションからは大いなる出世だ。


「この城に妃としてロネリを迎えてくださると、なお、嬉しいのですが」

 姫が熱い視線を俺に向けた。


「いやあ」

 俺は、曖昧あいまいに答える。

 今はそれしか、答えようがない。



 中に入ると、一階のホールは三階部分まで吹き抜けになっていた。

 奥の中央に二階へ上がる大きな階段があって、その階段を対称に建物が左右に分かれている。


「皆様、長旅でおつかれでしょう。庭の東屋あずまやに、お茶の用意が整ってございます」

 執事の男性が、優しそうな笑顔で言った。


「それでは姫様、着替えて参りましょうか。汗をかかれているので、体を拭いて差し上げます」

 リタさんがロネリ姫に言う。


「はい。冬樹様と何かあったときのために、体はいつも綺麗にしておきたいですものね」

 姫が言って、二人はここのメイドさんに案内されて、浴場の方へ消えた。


 何かあったときって、俺と姫との間に、一体、何があるって言うんだ……



 俺も、メイドさんの一人に案内されて、三階の一室に荷物を置いた。

 大きなバルコニーがあって湖の方に向けて開けている、この離宮の主のための部屋だ。


 ほぼワンフロアを占めるその一室は、何部屋にも別れていて、執務室や寝室、食堂や娯楽室などがあった。

 部屋のバルコニーからは、湖の全景が見渡せる。

 静かで、鳥の声しか聞こえない贅沢な空間だった。


 元の世界にいたら、一生働いても、こんな部屋には住めなかっただろう。




 着替えてホールに戻ると、そこには既に着替えを済ませていたルシアネさんがいた。

 ルシアネさんは、軍服を脱いで、白いブラウスみたいな服に、臙脂えんじ色のスカートを穿いている。


「冬樹殿、どうなされた?」

 思わず見とれていたら、ルシアネさんが不思議そうな顔をした。


「はい、ルシアネさんのよろいや軍服以外の姿を、初めて見るので」

 普段、凜としているルシアネさんが、たおやかに見える。


「これ、おかしいでしょうか?」

 ルシアネさんが、スカートを摘まむようにして言った。


「いえ、とても似合っていて、お綺麗です」

 これは別に、お世辞とかじゃなくて本心だ。

 ルシアネさんはモデルばりに背が高くて姿勢がいいから、服のラインが綺麗に見える。


「ふ、ふ、ふ、冬樹殿、ご冗談を!」

 ルシアネさんは、顔を真っ赤にして、逃げるようにホールから出て行ってしまった。

 ちょっと、可愛いと思った。


 ルシアネさん、騎士団を束ねるごうの者なのに、案外、押しには弱いタイプなのかもしれない。




 着替えたら、みんなで庭の東屋でお茶をする。

 湖に半分突き出すようにして作られた八角形の東屋に、お茶とケーキが用意されていた。


 数種類用意されたケーキから、俺は、洋梨のような果物が入ったタルトを選んだ。

 姫は5分くらい迷って、苺らしい果物のババロアを選ぶ。

 リタさんはチーズケーキで、ルシアネさんはお酒の香りがするフルーツケーキを選んだ(アンドロイドのまりなは食べることが出来ないから、一八式の中で待機している)。



 半分水の上にある東屋は、通り抜ける風が涼しくて気持ち良かった。

 時々、下でちゃぷちゃぷと水音がする。


 ゆっくりと時間が流れる、最高の時間だ。



「ねえ冬樹様、明日は、湖畔で水遊びをいたしましょう」

 口の端に苺のジャムを付けながら、ロネリ姫が言った。

 リタさんがそれを目敏めざとく見付けて、すぐに口を拭いて差し上げる。


「水遊び、ですか?」

「はい。ロネリ、水着も用意してきました」

 この世界にも、水遊びがあるのか。

 そして水着もあるらしい。


 そういえば、しばらく水遊びなんてしたことがない。

 海に行ったのは学生の夏休みが最後だし、川や湖も、会社の新人研修で、キャンプをしたときが最後だと思う(あの研修は、最悪の思い出だ)。


「水遊び、いたしましょう」

 姫が重ねて訊いた。

 水に濡れると乾かすのが面倒だし、せっかくの休暇、ベッドで昼寝でもしてるのがいいんだけど……


「リタも、水着を用意したんですよ」

 姫が何気なく言う。

 リタさんが恥ずかしそうに少し下を向いてしまった。


 なん、だと……


 俺は息を呑む。


「ルシアネも、水着用意してきたのですよね」

「はい、姫様の仰せのままに」

 ルシアネさんが答えた。


 俄然、興味が湧いてくる。

 なんという、水着回の予感。


「そうですね、少し蒸し暑いし、ちょっとくらい、水遊びしてもいいかもしれませんね」

 俺は、なるべく興味なさそうに言った。

 面倒臭くて、ヤレヤレだぜ、みたいな雰囲気をかもし出しながら言う。



 心の中で、天に向けて両手を突き上げていたのは、言うまでもない。


 やっぱ、離宮最高!

 休暇、万歳!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ