消える休日
地球に宇宙人が攻めてきたっていうのに、社畜は社畜のままだった。
日曜日の午前10時。
二週間ぶりの休みを一日中寝て過ごそうと考えていた俺の睡眠を邪魔したのは、固定電話とスマホの両方にかかってきた、上司からの電話だった。
「小野寺君、頼む。今から対応してくれないかな?」
上司はくぐもった声で言う。
後ろに子供のはしゃぐ声が聞こえるから、家から電話してるんだろう。
くぐもった声なのは、奥さんに気兼ねして、電話口を手で覆っているからだ。
俺が勤めるのは住宅用配線を作る会社で、俺はその設計部門にいた。
休日でも、住宅メーカーや建築現場の監督からひっきりなしに電話がかかってくる。
本来ならそんな電話には営業の社員が対応する筈だけど、技術的な問題になると営業でも手に負えず、設計の俺達のところに話が回ってきた。
そして、地球上のどこにいようと、深い眠りの中だろうと、こうして呼び出されるのだ。
「頼むよ、君は独身だし、彼女もいないんだろう?」
一々、気に障ることをいう上司だ。
確かに俺は独身だし、彼女もいない。
っていうか、こんな不規則な勤務で、彼女なんて作る時間もないし、出来たとして、一緒にいられる時間がない。
俺に彼女が出来ない理由は、上司であるあんたが作ってるんじゃないか。
「頼むよ、私を助けると思って」
知るかよ! こっちは二週間ぶりの休みなんだぞ! てめえで対応しろ! とは言えずに、
「はい、分かりました。すぐ出ます」
俺は情けない声で答えていた。
俺の二週間ぶりの休みは、半日もたずに終わる。
顔を洗って歯を磨いた。
俺が住んでいるワンルームマンションの洗面所の窓から外を見ると、空には相変わらずUFOが浮かんでいる。
街を覆い尽くすような大きさの円盤が、音も立てず、元からそこにあったように堂々としていた。
俺は、歯を磨きながらその機体をぼーっと眺める。
真っ白な機体は、日差しを受けて空の青に理不尽なほど映えていた。
それが作る影に、街が一つ飲み込まれている。
一千機を超えるUFOの大群が地球に飛来したのは、ちょうど一年前のことだ。
何の前触れもなく世界中に現れたUFOが、各地の主要都市上空で停止して、そこを占領した。
各国の軍隊がそれぞれにUFO撃退を試みるも、ことごとく失敗。
地球上の兵器では、その表面に傷一つつけることも出来なかった。
UFOから放たれる謎の光線で、地球側の兵器は一瞬で塵となった。
ロシアでは撃退に核兵器が使われたという噂が流れたけれど、当然、それはUFOに対してなんの効力も持たなかった。
国連で対策が話し合われるも、各国の思惑が交錯して会議は空転するばかり。
UFOは、そんな人類をあざ笑うかのように、存在し続けている。
UFOからは、定期的にメッセージが流された。
それは、音ではなく、直接人々の脳に送られて来るメッセージで、赤ん坊から老人まで、人類全てが受信した。
「アモウを返せ」
UFOから送られるメッセージはそんな短いものだった。
受信する各人の言語に合わせて翻訳されるらしく、世界中全ての人に、その文句が届いた。
当然、俺の頭にも、一日一回、そのメッセージが響いている。
「アモウ」がなんなのか、それは分からない。
人物なのか、物なのか、それすら分からなかった。
返せと言うからには、人類がUFOに乗る宇宙人から「アモウ」を奪ったってことなんだろうか?
「アモウを返せ」
なんの説明もないまま、UFOはそのメッセージを人類に送り続けている。
そして、UFOは、まるでカウントダウンでもするかのように、世界のどこかで、一日に一つ、街を消滅させた。
そんな人類存亡の危機にも関わらず、仕事はなくならなかった。
家を買う人物がいるし、家を建てる人物もいる。
家を建てる人物がいれば、うちの電線が必要だ。
うちの電線を作るには、俺が設計しなければならない。
そうして社畜としての俺の日常は続いている。
UFOがいるというこの世界も、気付くと日常になっていた。
これは人類のたくましさと言うべきなのだろうか、それとも、愚かさと言うべきか。
「ほら宇宙人、やるなら一思いにやってくれよ。この日常を終わらせてくれ」
休日出勤のために歯を磨きながら、空に浮かぶUFOに向けてそんなふうに愚痴りたくもなる。
スーツに着替えて支度を終えた俺は、いつもと同じように、鞄を抱えてドアを開けたのだが……
すると、そこには俺が求めていた非日常があった。
さっきの俺の愚痴が、律儀な神様にでも聞き入れられたのかもしれない。
ドアを開けた俺の前に、見上げるばかりの巨大なロボットが立っていたのだ。