視察
勲章をもらった翌日、俺は、ルシアネさんを案内役にして、領内の視察に出た。
国王から、領地内の様子を見てきたらどうかという提案があって、それに応じた。
しばらくこの世界で暮らすことになるのだから、ここを知るために丁度良いかと思ったのだ。
そして、結婚を迫るロネリ姫から逃げたかったというのもある。
俺は馬には乗れないから、ルシアネさんの馬に乗せてもらった。
赤い詰め襟を着たルシアネさんの前に、後ろから抱っこされるみたいにして馬に乗る。
身長が180くらいあるルシアネさんに包まれながら馬に乗るのは、相当な安心感があった。
手綱を持つルシアネさんの腕は、太くて逞しい。
時々、俺の背中にルシアネさんの胸が当たるから、俺は馬の動きに合わせて体を動かして、なるべく当たらないよう気を使った(ルシアネさんは、着痩せするタイプらしい)。
「俺が乗って、二人乗りで馬は重くないですか?」
俺は訊く。
ルシアネさんの白馬、二人も乗せて大丈夫なのだろうか。
「私の愛馬を舐めてもらっては困ります。戦となれば、重い鎧や槍を乗せて縦横無尽に大地を駆けるのです。冬樹殿を乗せるくらい、どうということはありません」
俺の心配をルシアネさんが笑い飛ばした。
ルシアネさんは、その愛馬まで豪傑なようだ。
ルシアネさんの前後を二騎の騎士が固めて、合計五騎で街道を行く。
道幅は広くて、15メートルくらいあるだろうか。
当然、舗装されていないから土埃が立つ。
荷馬車や旅人がたくさん行き交っていて、交易は盛んに行われているらしい。
街道の両側は地平線まで続く畑で、フランスかどこか、ヨーロッパの穀倉地帯って感じだった。
小麦畑やジャガイモ畑、葡萄畑が、パッチワークのように並んでいる。
牛みたいな家畜が、のんびりと草を食む牧場もあった。
牧場のサイロや、教会のような尖塔がある牧歌的な風景を見ていると、ここが異世界だって忘れそうになる。
けれど、あの、竜戦塔という、ねぎ坊主みないな塔が所々に立っていて、それを見るたびにここが異世界だって現実に引き戻された。
しばらく馬に揺られていると、橋を直している工事現場に当たる。
木材で組んだ足場を元に、人々が人力で石を積み上げていた。
「これも、ドラゴンの仕業です」
ルシアネさんがそう言って下唇を噛む。
「奴らは、このような橋や、堤防、道路、水車や製鉄所などを狙って壊します。奴らは化け物ですが、これらの施設が我々にとって重要な役割を果たすと理解しているのでしょう。ただの化け物ではないのです」
手綱を握るルシアネさんの手が、固く握られた。
騎士として、領民を苦しめるドラゴンが許せないのだろう。
進むたび、そのような工事現場はそこかしこにあった。
製鉄所があったという町が、町ごと焼かれている現場にも遭遇する。
「異世界の戦士様、どうぞ、ドラゴンを倒してください!」
「奴らをこの国から駆逐してください」
「戦士様、お願いします!」
俺がドラゴンを倒したことを知っていた領民が、俺達の馬に押し寄せた。
皆、着の身着のまま逃げてきたような格好をしている。
その中には小さな子供の姿もあった。
みんなから乞うような目で訴えられても、俺はそれに答えられない。
俺はまだ、戦士と呼ばれるような活躍はしていないのだ。
「冬樹殿がいてくだされば、我々が憎きドラゴンから解放されるのも時間の問題であろう。皆、もう少し辛抱して欲しい」
俺の代わりに、ルシアネさんがそう言って、この場の収拾をつけてくれた。
みんな納得して、表情にも少しだけ希望の色が窺えるようになる。
ルシアネさん、さすが、近衛騎士団をまとめる騎士団長だ。
そんなふうに一日かかった視察で、どっと疲れが出た。
視察から帰って窮屈な詰め襟の服を脱ぎ、ベッドに横になる。
しかし、俺に休む暇は与えられなかった。
ベッドでうつらうつらしてたら、廊下の方がなにやら騒がしい。
「冬樹様ー!」
俺を呼ぶ声がした。
「婿殿ー!」
間違いなく、ロネリ姫の声だ。
俺は咄嗟にベッドの下の隙間に入り込んで隠れてしまった。
「冬樹様ー!」
次の瞬間、ドアが開けられて姫が部屋に入って来る。
「冬樹様?」
姫は部屋の中を歩き回った。
「冬樹様、どこですか?」
ベッドの下の隙間から、ロネリ姫の小さな足が見える。
やがてそれが、ベッドに近づいてきた。
俺は、呼吸を止める。
バクバクと鼓動を刻む心臓を押さえて、その音さえ消そうとした。
けれどそれは、無駄だった。
「みーつけた!」
ベッドの下を覗き込んだロネリ姫の大きな瞳と目が合う。
今日は淡いピンクのドレスを着たロネリ姫。
「ベッドの下に潜り込むなんて、なにか、そちらの世界の風習ですか?」
姫が不思議そうに訊く。
「まあ、そんなところで……」
どんな風習なんだよ。
「さあ、そんな所から早く出てきてください。これから、お引っ越しですから」
ロネリ姫が俺に手を差し伸べた。
「引っ越しとは?」
俺は、姫の手に掴まってベッドの下から這い出す。
「はい、ロネリ、反省したのです。突然、冬樹様に私を貰ってください、妻にしてくださいって言っても、冬樹様はまだ私のこと知らないだろうし、迷われるのも無理はありません。だからロネリのことよく知って頂く必要があると思ったのです。だからロネリ、冬樹様と一緒に暮らすことにしました」
「へっ?」
「冬樹様にロネリのことよく知って頂いて、ロネリも冬樹様のことをもっとよく知りたいので、この部屋に引っ越すことに決めたのです」
「いや、引っ越すことに決めたのですって……」
俺の意思は……
「父王様の許可は得ています。父王様、快く許してくださいました。だからロネリ、こうして荷物をまとめて後宮から出て参りました」
姫が廊下の外を指して言う。
部屋の外を見てみると、そこには衣装ケースやトランクが山となって積んであった。
リタさんや姫の従者も外に控えている。
「さあ、それじゃあ、みなさん、中に運んでください」
ロネリ姫が指示を出すと、従者が荷物を次々に俺の部屋に運び込んでいく。
部屋は、すぐに姫の荷物で一杯になった。
「あの、これは……」
「大丈夫です。引っ越しはこちらでするので、冬樹様は休んでいてくでさい」
いや、そうではなくて……
荷物の中から、ロネリ姫も枕を運んでそれをベッドに置いた。
俺の枕に自分の枕をくっつけて、ぽんぽんと叩く姫。
「冬樹様、これで今晩も仲良く夜伽が出来ますね!」
ロネリ姫が満面の笑顔で言った。
忙しく荷物を運んでいた従者の動きが、そこでピタリと止まる。
「いやー、そうですよね。ロネリ様がおっしゃる夜伽っていうのは、お互いに頭をなでなでしあうことなんですけど、今晩も、なでなでしましょうね」
俺は従者に聞こえるよう、大きな声で説明的なセリフをしゃべった。
つい先日、公衆の面前で「ちっぱい大好きです!」とか大声で発してしまったし、これ以上、俺のロリコン疑惑が深まってはならない。
「あっ、それと冬樹様、リタも一緒にここで暮らすのですが、それでもいいでしょうか?」
姫が小首を傾げて訊く。
「えっ?」
「あの、ロネリはその、いつもリタに着替えとかを手伝ってもらっていて、一人では出来ないというか、ずっと、小さい頃からリタと一緒なので……一緒にないと……」
姫がもじもじしながら言った。
一人で着替えが出来ないとか、カワイイかよ!
「それとも、冬樹様はロネリと二人きりが」
「いいです! リタさんも一緒でいいです! リタさんも一緒にこの部屋で暮らしましょう! ぜひそうしましょう! やれそうしましょう!」
俺は食い気味に言った。
やっぱり、どう考えても二人きりはまずい。
「よかった。冬樹様が許してくださったので、みんなで一緒にこの部屋で暮らせるね」
ロネリ姫は、リタさんと手を取り合って喜ぶ。
あれ? なんかいつの間にか、一緒に暮らすことになってしまった。
俺が許可した感じになっている。
ロネリ姫に上手く話を持って行かれてしまった。
「……お兄ちゃん」
後ろからまりなの声が聞こえるけど、今は振り向くのが怖い。