勲章
まずい、飲み過ぎた……
俺は、馬車に揺られながら、頭にズキズキくる二日酔いの痛みに耐える。
二日酔いに馬車の振動が加わって何度も吐きそうになった。
しかし、俺の活躍を祝ってくれるパレードの最中だし、辛そうな顔をするわけにもいかない。
俺は、沿道に詰めかけた人達に手を振って答えた。
苦痛でゆがむ顔に、無理に笑顔もひねり出す。
ドラゴン殺しの英雄を演じるのも、中々大変だ。
昨日の夜、二匹目のドラゴンを倒したあと、城内で開かれた祝勝会でワインを浴びるほど飲んだ。
大柄なルシアネさんや他の騎士達が勧めるままに、次々に注がれるワインを飲んでたら気持ち良くなって、そのうち意識が飛んだ。
朝になって目が覚めると自分の部屋にいて、真っ裸でベッドに寝ていた。
眠らないアンドロイドのまりなが、ベッドサイドで俺をジト目で見ていた。
今日は、国王が俺の武勲を称えて勲章をくれるってことで、会場のホールに行く前に、こうして城下町を馬車でパレードしている。
俺は、仕立屋が徹夜で用意してくれた礼装を着ていた。
前立に金色のボタンが二列並んだ紺の詰め襟に、白いパンツ、膝丈のブーツを履いて、ベルベットのマントを羽織っている。
一応、格好だけは立派な騎士に見えた。
二頭引きのオープンの馬車にまりなと乗って、城下町を回りながら民衆の声援に応える。
こんな派手な場所は俺の趣味じゃないけど、民の声に応えるのも戦士の役割だと説得されて、仕方なくパレードに応じた。
ここでも、相手を説得するより、粛々と済ませてしまったほうが早いっていう、社畜時代に身についた習慣が出てしまう。
だけど、無理に駆り出されてみると、こうしてパレードするのもまんざらでもなかった。
沿道のみんなが、拍手をしたり、手を振って俺を迎えてくれる。
小さな女の子に花束を渡されたり、綺麗なお姉さんが馬車のステップに飛び乗って来て、ほっぺたにキスをしてくれた。
空には花びらや紙吹雪が舞っている。
みんな、心から喜んでくれていた。
ドラゴンを退治した俺は英雄だった。
自分にも人の役立つことがあるんだって思えて嬉しい。
この城下町と人々の笑顔をドラゴンから守れて、素直に嬉しかった。
「まりな、どうしたんだ?」
ところが、せっかくの祝いの場だっていうのに、馬車で隣の席に座るまりなは、俺に口を聞いてくれない。
まりなは朝から怒っている。
スクール水着(旧型)を着て、ランドセル型電池パックを背負ったまりな。
「ほら、まりなも手を振って。どうしたの?」
俺はその顔を覗き込んだ。
「どうしたって、自分の胸に聞いてください!お兄ちゃんが、昨日の夜、何をしたのか!」
まりながそう言って口を尖らせる。
「ごめん、全然、覚えてないんだけど」
酔い潰れて、ぷっつりと意識がなくなって、全く記憶がなかった。
部屋までどう帰ったかさえ分かっていない。
「まさか、お兄ちゃんが、メイドのリタさんとか、騎士のルシアネさんに、あんなことするなんて思わなかったよ」
まりなが投げ捨てるように言った。
「はっ?」
「妹として、恥ずかしかったよ」
何も見たくないって感じで目を瞑るまりな。
そんな……
俺は、リタさんやルシアネさんに何をしたんだ?
「お兄ちゃん、エッチなのはいけないと思います!」
アンドロイドのまりなが、どっかで聞いたようなセリフを言う。
ちょっと待て、俺はホントに何をしでかしたんだ……
リタさんやルシアネさん相手に、何をした。
思い出せ俺。
頑張れ俺のシナプス!
だけど、何も思い出せない。
このあと、リタさんやルシアネさんに会うのが怖い。
城下町を一周したパレードが終わると、俺は、叙勲式のために城内のホールに案内された。
まりなを控え室に置いて、式には俺一人で臨む。
高さ5メートルはありそうな重厚なドアが開いて、ファンファーレで迎えられた。
ファンファーレを鳴らしているのは、ラッパのような金管楽器を持った軍楽隊だ。
壁中に貼られた金箔で黄金に輝くホールには、礼装の騎士や文官、大勢の妃や姫が並んでいた。
総勢、1000人規模が整列している。
俺はホールの真ん中に敷かれた赤い絨毯の上を歩いて、国王の前まで進む。
奥の玉座の上で、国王は満足げな笑顔をたたえていた。
やはり、シャンプーハットみたいな襞襟に、ちょうちんズボン、ぴっちりとした白いタイツというスタイルは変わらない。
俺は王の前まで進むと、ホールの入り口で言われた通り、膝をついて王に傅いた。
「今般の貴公の働き、大いに目覚ましく、よってここに、アメーデオ武功勲章を授与する」
侍従がお盆のような長方形のプレートに載せた勲章を持ってきて、女官が俺の肩にそれをつけた。
星形の銀のメダルに、赤と深緑の長いリボンがついた飾りが、この国の勲章らしい。
ホールに居並ぶ騎士や文官も、肩からたくさんのリボンを垂らしているのが見えた。
「戦士殿、これからも余と余の民のために尽くして欲しい」
国王に言われて、俺は頭を下げる。
叙勲式のあとは、そのお披露目のために城のバルコニーに移った。
繊細な彫刻が施された石造りのバルコニーは15メートルくらいの高さがある。
バルコニーに面した城の前の広場には、そこを埋め尽くすほどの民衆が集まっていた。
バルコニーから、国王と共に民衆に向けて手を振る。
広場に拍手と歓声が響いた。
ふ・ゆ・き!
ふ・ゆ・き!
と、人々が俺の名を連呼する。
するとそこに、ロネリ姫が現れて俺の隣に立った。
俺は、国王と姫に挟まれた形になる。
ロネリ姫も、広場に向けて一緒に手を振った。
さすが人気者の姫だけあって、歓声は一際大きくなる。
「冬樹殿」
手を振りながら、横に立つ国王が俺に話しかけてきた。
「はい、なんでしょう?」
「冬樹殿、どうだろう? 姫を、ロネリを妻に迎えてみる気はないかな?」
国王はなんの前触れもなく、そんなことを言い出す。
柔和な王の眼光が、一瞬、鋭くなるのを見た。
「はい?」
返事をする俺の声は、四回転半くらい裏返ってしまう。
一体、何を言い出すんだ!
「ロネリを娶ってはくれないだろうか。そなたのような戦士が婿になってくれれば、余も心強い。この国も安泰で、領民もドラゴンの襲撃に怯えることなく、安心して生活出来る。民が健やかなら、この国も安泰だ」
国王が、眼下の領民を見ながら言った。
「いえ、しかし……」
突然のことで、まだその言葉の意味も理解できない。
ロネリ姫が、妻に?
俺の?
「い、いえ、俺なんかに姫は……それに、ロネリ姫のお気持ちもあるでしょうし……」
って、姫の方を見たら、姫は目をうるうるさせて、嬉し涙を流さんばかりの顔をしている。
いつでも私をもらってください的なオーラを出していた。
姫、いいのか……
いや、いくらなんでもまずいだろ。
元の世界でいえば、ロネリ姫は小学校高学年くらいの年齢なのだ。
元の世界なら俺は、英雄どころか犯罪者だ。