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狙撃

 あれほど賑わっていた通りに、誰もいなくなった。

 静まり返った通りを、乾いた風が吹き抜ける。


 人々は皆、家の中で息をひそめていた。

 家々のとびらは固く閉ざされている。


 城の中には、よろいを着て剣や槍を持った完全武装の騎士がひかえていた。

 城壁の上では、弓を持った兵が待機している。


 時々、馬がいななく以外に何も聞こえない。

 ドラゴンを迎え撃つ城は、驚くほど静かだ。


 皆、息を殺して怪物を待ち構えていた。



 一方で俺は、一八式のコックピットの中にアンドロイドのまりなと一緒にいた。

 一八式は二重の城壁から出して、城門の前に立たせてある。


 この一八式は、昨日ドラゴンを一太刀ひとたちで倒したし、向こうの攻撃で傷一つ付かなかったから大丈夫だとは思うけど、今度も平気だろうか。



「お兄ちゃん、飛ばしたドローンがドラゴンを捕らえたよ」

 まりなが言って、映像を全天球モニターに映す。


 モニターの中で、昨日倒したドラゴンとは違う、赤みがかったうろこのドラゴンが、巨大な羽をゆっくりと羽ばたかせていた。

 やはり、両翼を広げると50メートルはある化け物だ。

 頭に二本の太い角を生やしていて、ヘビのように瞳孔どうこうが縦長の目が、左右でぎょろぎょろと動いていた。 


「ドラゴンとの距離は、34.7㎞。大体時速30㎞で、真っ直ぐこっちに向かってるよ」

 まりなは別画面に上空からの映像を出して、進行方向を示す矢印を表示してくれた。

 複数のドローンを飛ばしていて、映像が次々に切り替わる。 


「完全に補足してるけど、迎撃げいげきする?」

 まりなが訊いた。


「この距離で出来るの?」

 俺は少し驚いて訊き返す。


「うん、一七式狙撃光線銃なら、この距離でも撃てるけど」

 まりなが、造作ぞうさないって感じで答えた。


 まじか。

 ドラゴンとの距離、30㎞以上ってことは、東京都心から横浜くらいあるじゃないか。


「昨日は刀で戦ったから、今度は銃火器で戦うのもいいかもしれない。その方が、お兄ちゃんの練習にもなるし。レーザー兵器だから、弾の数を気にすることもないし」


「そうだな」

 俺はまだ、この一八式のことほとんど知らない。

 それに、銃があって離れた場所から攻撃出来るなら、それに越したことはない。

 宇宙人の技術で作った装甲が頑丈がんじょうなことは分かってるけど、昨日みたいに間近で火炎を浴びるのは嫌だ。


「でも、銃なんてどこにあるんだ?」


「この一八式重歩兵の背中、マントの裏にマウントされてるよ」

 ああ、なるほど。


「マントの裏に、マウントされてるよ」


「マントの裏に、マウントされてるよ」


「マントの裏に、マウントされてるよ」


 俺が無反応でいると、まりなは三回繰り返した。


「う、うん、そうだな。あはははは」

 しかたなく俺は、薄ら笑いで返す。

 笑うまで許してもらえない気がした。


 まりなは、自分で言っておいて腹を抱えて笑っている。


 アンドロイドの笑いのツボ、分からん。



 一頻ひとしきりり笑って、まりなが真顔に戻った。

「スナイパーライフルの他に、アサルトライフル、ショットガン、サブマシンガンを背中に装備してて、ふくらはぎの部分に拳銃を二丁装備してるから、用途に分けて使い分けられるよ」


 この一八式、武器の塊じゃないか。


「それじゃあ、一七式狙撃光線銃を出すね」

 まりなが言って、一八式が背中に手を伸ばす。

 スナイパーライフルは三つ折りになっていて、銃身と銃床じゅうしょうを伸ばすとライフルの形になった。

 地面から一八式の胸の高さまであるから、15メートルはある。


「それじゃあ、お兄ちゃん、お願い」

「ああ、分かった」

 まりなの後ろに回って銃を構える仕草をすると、この一八式も銃を構えた。


「だけど、こんなの当てられるかな」

 ゲームは嫌いじゃないけど、俺は決して上手い方ではない。

 FPSみたいなゲームだと酔うし、TPSでも糞エイムですぐにやられる(ソロでド○勝したことない)。


「大丈夫、ドローンのセンサーで弾道は補正するし、偏差へんさの修正は私が計算するから、お兄ちゃんはターゲットに標準を合わせてトリガーを引くだけだよ」

 なんだその、チートツール増し増しみたいな設定。


「それじゃあ、操縦する俺の存在意義がないような気がするけど……」


「そんなことない。トリガーを引く権限があるのは、お兄ちゃんだけなの。お兄ちゃんがトリガーを引かないと、撃てない。やるかやらないかは、お兄ちゃん次第だよ」


 俺は、安全装置みたいなものか。

 撃つか撃たないかは、俺の倫理りんり観に任されてるってことだ。


 その倫理観に従えば、この城下町の人々、そして、城の中のロネリ姫やリタさんを襲おうとするドラゴンを撃つのは、俺の倫理観に照らして、正しいと思う。



「それじゃあ、狙って」

 まりなは、俺が狙いやすいように、モニターの映像を大写しにしてくれた。


 俺は、まりなの腕を動かしてドラゴンの頭に標準を合わせる。

 そして、まりなの右手の人差し指に手をかけた。


 映像の中のドラゴンは、優雅に羽ばたいている。

 下は小麦畑で、風圧で収穫間近の小麦が地面に押しつけられていた。


 この地上の主は俺だとばかりに、堂々としているドラゴン。


 たぶん向こうからはこっちが見えてないんだろう。

 まさか、30㎞離れた場所から狙われているとは思っていない。


「エネルギー充填じゅうてん完了、お兄ちゃん、いつでも撃っていいよ」

 まりなが言った。


 俺は、銃口のマークである赤い点をドラゴンの頭に合わせる。

 息を止めて引き金を引く。


 すると、「ポツ」って、スピーカーから出るポップノイズみたいな音がして、一瞬銃口が光った。


「へっ?」

 大きな音とか、振動とか、リコイルとか全くなかった。

 銃を撃ったっていう感触がない(ヤ○マ作戦みたいな、派手な銃撃があると思ってたんだけど)。


 ところが、モニターの中で、ドラゴンの眉間みけんに真っ黒な穴が開いていた。

 ドラゴンは一瞬、動きを止める。


「お兄ちゃん、やったね!」

 まりなが黄色い声を出した。


 ヘッドショット一発だった。


 頭を抜かれたドラゴンは、惰性だせいで二、三回羽ばたいたあと、尻尾から地面にくずれ落ちる。

 ドラゴンが小麦畑に墜落して、土埃つちぼこりが上がった。

 小石が飛んできて、ドローンからの映像が乱れる。


 やがて土埃が収まると、ドラゴンの血肉がシューシューと水蒸気を上げながら溶けて、間もなく骨だけになった。

 ドローンが頭のあった位置に回り込むと、頭蓋骨には、切り口が鮮やかな丸い穴が開いている。

 一撃で急所を抜いたのが分かった。


「完全に沈黙しているから、もうドローンは引き上げてもいいよね」

 まりなが訊く。

「ああ、うん」

 倒したという実感がまるでない俺が答えた。


 倒した本人がそうなんだから、城中の兵士や城下町の人達の反応もない。

 まだ俺がドラゴンを倒したことを知らない。


 仕方なく、俺はコックピットから出て、近くにいた兵士に話しかけた。


「ドラゴン、倒しちゃったみたいなんですけど」

 俺が言っても、兵士はきょとんとした顔をしている。

 異世界の人間が、なんか言ってるよ、みたいに見られた。


 らちが明かないから、ルシアネさんに取り次いでもらう。


 程なくして白馬に乗ったルシアネさんが、一八式の足元まで来てくれた。


「あの、ルシアネさん。ドラゴン、倒しちゃったみたいなんですけど」


「倒したのですか?」

 当然だけど、ルシアネさんも要領ようりょうを得ないみたいだ。


「スナイパーライフルで、打ち落としました」


「スナイパー? ライフル?」

 ルシアネさんが、首を傾げる。


 ああそうか、この世界には、まだ銃がなかった。


「ええと、簡単に言うと、弓矢よりも遠くまで飛ばせて威力がある武器で……普通は弾丸を撃ち出すんですけど、これは、光線銃なので……」

 中々説明しづらい。


 しばらくして早馬が駆けてきて、前線にいた兵士がドラゴンが倒されたことをルシアネさんに報告した。


「冬樹殿、お見逸みそれしました」

 まだ信じられないって感じのルシアネさんが、頭を下げる。


 俺がやったことと言えば、まりなの人差し指を少し動かして引き金を引いただけなんだから、申し訳ない。



 俺がドラゴンを倒したことが伝わって、一時間遅れでようやく城下町が沸き立った。


 人々が通りに出て来て喜び合う。

 市に活気が戻った。

 城に詰めている兵士が上げる勝鬨かちどきが、城壁の間にこだまする。



 これで、城門の前にまた一つ、ドラゴンの頭蓋骨が並ぶことになるだろう。

 理屈りくつ抜きですごい思う反面、この一八式なんとかというロボットに、恐ろしさも感じる。

「これでも出力を控え目にしたんだけど」

 まりながそんなことを言うからなおさらだ。



「冬樹様! 無事でなによりです!」

 城に戻ると、ロネリ姫が廊下を走ってきて、俺に抱きついた。


「よくぞお役目を果たされました。ご立派です!」

 姫が俺をひしと抱きしめる。


 こんなおおやけの場所で、こんなふうに抱きついていいんだろうか。

 メイドのリタさんが微笑んでるし、いいのかもしれない。


 姫からは、甘い花の香りがした。

 抱きしめられて、姫のほっぺたがプニプニなのと、姫の胸がツルペタなのを知る(でもまだ姫は幼いし、十分伸びしろはあると思う)。



「冬樹様、お茶を用意しました。お疲れでしょう、お茶にしましょう」

 姫がそう言って俺の手を引いた。



 一仕事終えただけでお茶の時間になるなんて、ここは、なんてホワイトな職場なんだ。


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