城下町
ロネリ姫と腕を組んで城門の所まで来ると、門の外に人だかりが出来ていた。
たくさんの人達が集まって、なんだか騒がしい。
警護するルシアネさんと二人の騎士が、俺とロネリ姫を庇うように、さり気なく前に出た。
何事かと思って門の外をよく見てみると、人だかりの中心には一八式がある。
人々は一八式の周りに集まっていた。
どうやらそれは、門の外に置いたままになっている一八式を見物に来た人達らしい。
そういえば、一八式のことすっかり忘れてた。
国家の一大事業として建造された決戦兵器なのに、なんか、申し訳ない。
城門の前に、まるで衛兵のように佇む一八式。
一八式の足元には丸くロープが張ってあって、集まった人は皆、その外にいた。
子供達が、キラキラした好奇心の塊みたいな目で一八式を見上げている。
お爺さんが、手を合わせて一八式を拝んでいた。
一八式にお供え物をしているお婆さんもいる。
そしてなぜか、一八式の足元にはたくさんのコインが投げ込まれていた。
商魂たくましい物売りが、側に食べ物の屋台を出している。
いつの間にか、一八式が観光名所になっていた。
まるで、お台場ガ○ダム状態だ。
「これが、冬樹様が操る巨人なのですね」
ロネリ姫も、一八式を見上げて訊いた。
「ええ、そうです」
あらためて見る一八式は、白く輝くボディが青空に映えて、神々しくさえある。
一八式の横には、昨日倒したドラゴンの頭蓋骨が、誇らしげに飾ってあった。
「ロネリ、冬樹様があの巨人を操るところが見たいです」
姫が甘えるような声で言った。
「いえ、それはお目にかけられません」
俺は、きっぱりと断る。
「なぜです?」
「いや、それは、その……」
「いいではないですか」
「いえ、無理です」
「どうして?」
「ダメです」
いくら姫の頼みでも、これだけは譲れなかった。
コックピットの中で、まりなに後ろか覆い被さってるところなんて、絶対に見せられない。
俺と姫の遣り取りを見て、後ろからついて来るまりなが笑っていた。
人だかりを抜けて、城下町に入る。
「以前ここは城壁の外だったのですが、ドラゴンから市民を守るために外に新たな城壁を設けて、ここも壁の中になりました」
姫が説明してくれた。
城下町は、城壁と城壁の間で、城をぐるっと囲むように存在している。
大小様々な建築が狭い場所にひしめいていて雑然としていた。
細い通りを人々や荷馬車が行き交い、活気に溢れている。
様式や模様が違う多彩な服装の人達がいるから、交易する外国人がたくさんいるのかもしれない。
町のあちこちに立っている市場を覗いてみると、物資は豊富だった。
色とりどりの野菜や果物、魚や肉が売られている。
日用雑貨を扱う店や、衣服を扱う店、宝飾品を扱う店。
飲食店や屋台もたくさん出ていて、前を通るたびに美味しそうな匂いに釣られる。
この辺は、元いた世界でも見られる光景だと思う。
しかし、もちろん違う部分もあった。
武具や防具を扱う店が、かなりの軒数見受けられる。
そこでは、剣や槍、弓や矢などが、店先で普通に売られていた。
盾や鎧もなども並んでいて、奥で修理をしているのか、金床で鉄を打つ音も聞こえる。
RPGなら、ここで装備を揃えていく場所だ。
たぶん、魔術ショップとでもいうべき店もあって、両生類の干物や、大きな蜘蛛、三本の角がある謎の動物の頭蓋骨なんかが並べてある。
埃臭い薬草の専門店や、水晶を扱う店、妖しげな本が並ぶ古書店もあった。
フクロウやカラス、コウモリなどを、鳥かごに入れて売っている店もある。
俺は魔術師によって召喚されたという話だったけど、やっぱり、この世界は魔術が存在する世界なのだろうか。
「そうだ! 冬樹様の服を揃えましょう」
城下町を歩きながらロネリ姫が思いついたように言った。
「あの、もしかしてこの服、カッコ悪いですか?」
俺は、召喚された時に着ていたスーツのままだ。
「いいい、いえ、そそ、そんなことは、な、ないですけど……」
ロネリ姫は、隠し事をするのが苦手なタイプらしい。
確かに、この着古したスーツはこっちの世界では浮いていた。
突然召喚されたから、服はこのスーツ一着しか持っていないし。
「そうですね。それがいい」
ルシアネさんが言って、騎士が服を仕立てる時に使うという、仕立屋に案内してくれた。
重厚な煉瓦造りの、歴史がありそうな仕立屋。
そこで、初老の主人に俺の体の寸法を測ってもらう。
フルオーダーの服を作るなんて、初めての経験だった。
今まではつるしのスーツか、せいぜいイージーオーダーってところだ。
帽子用に頭のサイズも測ったし、靴を作るために足のサイズも測った。
俺にはどんな布地が合うのかと、女子達が実際に見本を宛がって選んでくれる。
「冬樹様には、この、気品ある深い緑のストライプが合うと思います」
ロネリ姫が言った。
ああ、この、彼女と一緒に服を買いに行って、選んでもらう感!
普段この色は着ないんだけど、彼女が言ってるし、挑戦してみようかなと思う、この、くすぐったい感じ。
仕事に忙殺されて、こんな感覚、しばらく忘れていた。
正装や略服、夜会服や、戦闘の時に着る服、普段着など、二十着余りをオーダーする。
チーフやベルト、スカーフやボウタイのような小物も揃えた。
代金は全部、国王が持ってくれるらしい。
「そちらのお嬢様にも、服を用意しますか?」
仕立屋の主人が訊く。
そちらのお嬢様とは、スクール水着(旧型)を着たまりなのことだ。
「いえ、私は、このままでいいです」
まりなが首を振った。
「お兄ちゃんが私の体を見やすいように、このままでいます」
おい、まりな。
その言い方だと、まるで俺が無理にスクール水着(旧型)を着せてるみたいじゃないか。
スクール水着(旧型)を観賞用に着せてるように聞こえる。
まりながスクール水着(旧型)を着ているのは、一八式を操縦するとき、マスタースレーブのマスターとして、体のラインが見やすいようにという配慮であって、断じて俺の趣味嗜好では……ない……
「冬樹様は、女子のそのような服がお好みなのですね。今度、ロネリも作ってもらおうかな」
姫がそんなことを言う。
胸に「ロネリ」って書いたゼッケンをつけた、スクール水着(旧型)の姫を想像する。
それ、絶対にヤバイやつだ。
なんか、ルシアネさんとリタさんの俺を見る目が変わった感じだけど、気のせいだろうか。
仕立屋を出たあとも市場を回って、二、三、お店を冷やかした。
屋台の美味しそうなスイーツを買って食べたり、お茶を飲んだりする(基本的にここのお茶は、砂糖がたっぷりと入ったチャイのような甘いお茶だ)。
市井の人は、物珍しそうに俺を見た。
異世界から来たのはどんな人物なのか、みんな、興味津々のようだ。
みんな昨日俺がドラゴンを倒したことを知っていて、
「戦士様、ありがとうございす」
とか、
「ドラゴンを全部倒してください」
とか、声を掛けてきた。
花束をくれたり、お菓子の包みをくれたりもする。
嬉しいけど、俺はほとんど何もしてないし、戦士ではないし、申し訳なかった。
そして、どこへ行ってもロネリ姫は人気者だった。
もちろん、後ろについている護衛に気を使っているのもあるだろうけど、すれ違う人は皆、ロネリ姫に笑顔を向けて丁寧に頭を下げた。
ロネリ姫も、目礼して皆に笑顔を返す。
幼い女の子が姫に見とれているのに気付いて、姫は膝を折ってその子の頭を撫であげた。
小さくても、姫には王家の人間としての自覚があるみたいだ。
別に俺が褒められたわけじゃないのに、ロネリ姫が領民から慕われているのを見ると、なんだかこっちまで誇らしかった。
そうやって城のまわりにある城下町を一周して城門まで戻ると、ちょうど三頭の早馬が、門の外から駆けて来た。
「どうした!」
騎士のルシアネさんが、走ってきた一騎を止める。
「ああ、ルシアネ様、大変でございます! 西の塞にドラゴンが現れました!」
馬上の男が言った。
穏やかだったルシアネさんの表情が、一気に険しくなる。
「よし、直ちに城門を閉じよ! 姫様を城の中へ! 皆は、市を畳んで屋内に身を隠せ!」
ルシアネさんが、テキパキと指示を出した。
皆、間髪を入れずに動き出す。
間もなく、あちこちで鐘が打ち鳴らされて、緊急事態が城下町全体に知らされた。
慣れた行動を見ていると、このようなドラゴンの襲来が頻繁にあるのが分かる。
「お兄ちゃん」
まりなが言って、俺も頷いた。
当然、俺も一八式に乗って戦うことになるんだろう。