新しい朝
目が覚めると、顔にとても柔らかいモノの感触があった。
柔らかくて張りがある、丸い二つの何かが、俺の顔に押しつけられている。
起き抜けのまだはっきりしない頭で、俺は記憶を辿ってみる。
昨日、晩餐会に出て、そのあとロネリ姫とダンスを踊った。
姫と二人でダンスホールを抜け出して、バルコニーで涼んだあと、姫が俺の部屋に入ってきて、夜伽をすると言い張った。
夜伽の意味を理解していない姫の頭をなでなでしてたら、俺の様子を見に来た妹型アンドロイドのまりなに見つかって、必死に言い訳をした。
そしてそのあと、ロネリ姫のことが心配で部屋の外で聞き耳を立てていたメイドのリタさんも加わって、俺達はベッドの上で夜伽(頭なでなで)をし合った。
その最中にロネリ姫が眠ってしまって、あまりにも幸せそうな顔で寝てるから起こすのも可愛そうだと、そのまま寝かせることにした。
さすがに、俺とロネリ姫が二人だけで寝るわけにもいかず、間にメイドのリタさんが入って、三人で川の字になって寝ることになった。
そうだった。
寝る前の記憶が完全によみがえった。
だとしたら、この、今俺の顔に押しつけられている丸い二つのモノが何か、簡単に想像出来る。
メイドのリタさんの、ふくよかな胸に違いないなかった。
そうか、そういうことか。
俺は、小鼻を膨らませて思いっきり息を吸い込む。
リタさんの胸元の、甘い芳しい香りがした。
俺は、目を開けることにする。
なんという役得。
すさまじい主人公補正。
さあ、このラッキースケベを目に焼き付けよう、そう思って目をあけたのだが……
俺の目に飛び込んできたのは、ロネリ姫のお尻だった。
ん?
間に寝ていたリタさんを飛び越えて、ぐっすりと眠っているロネリ姫が隣にいる。
姫は、頭と足が反対になって、俺の顔をお尻で踏んづけていた。
フリルのドレスに包まれたロネリ姫のお尻が、ちょうど俺の顔に当たっている。
「お兄ちゃん、おはよう」
背後から声を掛けられて、俺は飛び起きた。
ベッドサイドに立っているアンドロイドのまりなが、ベッドの俺達を見下ろしている。
「まりな、起きてたのか!」
ベッドサイドで腕組みしているまりな。
「私はアンドロイドなので眠りません。省電力モードに移行して、一晩中待機してました」
ベッドの横にずっと立ってたらしい。
「お兄ちゃんのことは、二十四時間、片時も休まずに見張ってるから、安心していいよ」
まりなが言って微笑む。
なんか、一歩間違えるとヤンデレみたいなセリフだ。
「それで、この状態は……」
俺はロネリ姫を指して訊いた。
「ロネリ姫様の寝相が悪くて、寝返りを繰り返す間にリタさんを越えてお兄ちゃんの隣に移動して、そのうち頭と足がひっくり返ったの。お兄ちゃんは、五時間と三十二分の間、文字通りロネリ姫の尻に敷かれていました」
まりなが冷静に言う。
いや、寝相が悪いって、限度があるだろ。
五時間と三十二分って、かなり早い段階で、俺はロネリ姫のお尻に押しつぶされていたことになる。
道理で、大きな風船に押しつぶされる夢を見たわけだ。
そうこうしているうちに、姫とメイドのリタさんが目を覚ました。
「冬樹様、おはようございます」
何も知らないロネリ姫が、目を擦りながら言う。
「おはようございます」
メイドのリタさんもベッドから下りて服を直した。
「冬樹様、今日は午後から城内で色々行事がありますが、それまで城下町を見てみませんか? ロネリが案内しますが」
まだ寝ぼけ眼の姫が俺に訊く。
「いえ、そんなことまでして頂かなくても」
ロネリ姫は昨日からずっと俺についてくれていた。
この世界がどんな世界なのか見てみたいし、城下町の見学には行ってみたいけど、これ以上世話になっていいのだろうか。
「私は、父王様から、冬樹様を案内せよと仰せつかっているので、お気になさらずに」
口のまわりに涎の跡をつけたまま微笑む姫。
俺は、なんとなくそうしたくなって、ロネリ姫の頭を撫でた。
「ふええ」
姫は気持ちよさそうに俺に頭を撫でられる。
朝食や着替えのために、一旦、姫とリタさんは自分達の部屋に戻った。
まもなくこの部屋にも朝食が運ばれてきて、俺もそれを頂く。
美味しいバゲットに、半熟のゆで卵、チーズにベーコン。たぶん苺と思われるジャムに、オレンジみたいなフルーツ、そして、甘いミルクティー。
こんなふうに落ち着いて朝食を取るのは久しぶりだった。
向こうの世界にいたときは、食事の準備をするくらいなら、その分、一秒でも長く眠っていたいって、朝、ろくに食べもしなかった。
それが、今はこうやって、小鳥のさえずりを聞きながら、優雅にティーカップを傾けている。
この部屋には時計が見当たらないから今が何時か分からないけど、まあ、そんなことどうでもいいや。
「それでは冬樹様! 参りましょう!」
朝食を終えると、ドアを蹴破るようにしてロネリ姫が現れる。
今日の姫はミントグリーンのドレスで、金色の髪をお団子にしていた。
姫の後ろには、当然のようにメイドのリタさんも控えている。
そして、
「姫と冬樹殿の警護は、私が担当致します」
俺達をこの城まで案内してくれたルシアネという騎士も来た。
ルシアネさんは、二人の屈強な騎士を引き連れている。
鎧は脱いでるけど帯剣していて、赤い詰め襟の上着に黒いパンツ、膝上まであるブーツっていう服装だった。
「さあ、参りましょう」
ロネリ姫が俺の腕に自分の手を絡ませる。
俺が姫にタジタジなことに、ルシアネさんやリタさんが苦笑していた。
だけど、姫様とこんな俺みたいなおっさんがくっついてていいんだろうか?
お付きのリタさんや、近衛騎士団のルシアネさんは注意しないのか?
昨日の夜なんて、リタさんがいたとはいえ一緒のベッドで寝たのだ。
大事な姫様だし、みんな心配したりしないんだろうか?
それとも、ここは、そういうことにおおらかな世界なのか?
国王には37人の妃がいて、56人の王女がいるっていってたし……
ともかく、俺とロネリ姫は、腕を組んで城を出た。
城門の所まで来ると、門の辺りに、なにやら大きな人だかりが出来ている。