夜伽
「だ、大丈夫です。私、メイドのリタから聞いて、夜伽のことはよく知っております。ロネリ、冬樹様の夜伽の相手がしたいのです」
ロネリ姫が、ぷるぷると肩を震わせながら言う。
姫は後ろ手に鍵を閉めて、ドアの前に立ち塞がった。
「どうぞ私に、夜伽の相手をさせてください」
頬をぽっと赤く染めるロネリ姫。
いや、これは犯罪だ。
姫に手を出したら、死罪に値する。
「姫様、いけません」
部屋の外に出てもらうために腕を取ろうとすると、ロネリ姫は俺の手をすり抜けた。
そして、ベッドまで走ってそこに体を投げ出す。
「ロネリは、冬樹様の夜伽の相手をするのです!」
姫は駄々っ子みたいに言った。
ベッドの上に仰向けになって目を瞑って、どうぞ、みたいな雰囲気を出す。
どうぞ、とか、絶対無理だから!
「なんでそんなに私を拒むのです」
姫が言う。
「いえ、だってそんな、畏れ多いですし、姫様は若すぎます。条例とかにも引っかかりますし」
「条例?」
仰向けの姿勢から、姫が上半身を起こした。
ああそうか、ここは異世界だった。
俺は姫に説明した。
俺の住んでいた世界では、青少年とのみだらな行為はいけないんだと。
「そんな決まりがあるなんて、冬樹様が住んでいらした世界は、随分と窮屈だったんですね」
ロネリ姫がそう言って、ふふっと笑った。
「大丈夫です。この世界に条例などありません。私の母様が父王様の元へ輿入れしたのは、母様が10歳の時にございました」
はっ?
あの国王……
いや、あのロリコン国王……
「だから、何も問題はありません」
いや、問題ありすぎだろ。
むしろ問題が山積している。
「姫様、夜伽って軽々しく仰られますが、その意味を分かってるんですか?」
俺はちょっと強く言ってみた。
「分かっています! 馬鹿にされては困ります!」
ロネリ姫がほっぺたを膨らませる。
「メイドのリタから、よく聞いています。夜伽とは、愛し合った男女が、一つベッドの上で、仲睦まじくすることでありましょう? 仲睦まじくするとは具体的に言うとつまり、頭をなでなですることです。お互いに頭をなでなでしあう、それが夜伽です」
姫が自信たっぷりに言った。
ん?
「夜伽をすると、その仲良きことに感心した女神様が、こうのとりを遣わされて、二人に赤ちゃんを授けてくださるのです。赤ちゃんはそうやって、愛し合う二人の元へ運ばれるのです。ロネリだって、それくらいのことはちゃんと知っています。馬鹿にしないでください!」
俺を睨むようにして言うロネリ姫。
ああ……
やばい、ロネリ姫があまりにも可愛いことを言うから、思わず抱きしめてしまうところだった。
本物の夜伽一歩手前まで行くところだった。
「さあ、冬樹様、ロネリと夜伽いたしましょう」
姫が、ぽんぽんとベッドを叩く。
ここに座りなさいって示してるようだ。
仕方なく俺は、姫の隣に座った。
「では冬樹様、ロネリに夜伽をするのです」
姫がそう言って頭を差し出す。
俺は言われるままに姫の頭をなでなでした。
姫は、気持ちよさそうに俺に頭を撫でられる。
金色の髪がさらさら揺れた。
口元が少し緩んで、小さな唇から吐息が漏れる。
ふにゃー、って姫が全身から力を抜くのが分かった。
これなら条例にも反しないし、ベッドの上でおっさんが小学生くらいの女の子の頭を撫でてるだけだし、ギリギリセーフって言えないことも無きにしも非ずっていう可能性が、ワンチャンあるかもしれない。
「それでは、今度はロネリがなでなでして差し上げます。冬樹様、窮屈でしょ? 上着を脱いだらいかがですか?」
少し上気したロネリ姫が言った。
「ああ、そうですね」
俺がネクタイを緩めて、スーツのジャケットを脱ごうとした、その時だ。
その時俺は、背中に五寸釘が突き刺さるような視線を感じて、振り返った。
暗闇に、真っ赤に光る、二つの点が浮かんでいる。
某、風の谷方面の、オ○ムの攻撃色みたいな色だ。
「お兄ちゃん、何してるの?」
まりなの声がした。
庭に続く窓に、夜空を背にしてまりなが立っている。
スクール水着(旧型)で、腕組みしたまりな。
その目が赤く光っている。
「いや、まりな、これは違うんだ!」
言いながら、自分でも説得力が皆無だと思った。
俺はロネリ姫とベッドの上にいるし、ネクタイを緩めてジャケットを脱ごうとしている。
そしてロネリ姫は、さっき俺がなでなでしたことで上気していた。
顔がピンク色に染まっている。
「心配して様子を見に来てみれば、お二人で何をしているんですか?」
まりなが、抑揚がない平板な声で訊いた。
「ああ、妹君のまりなさん。ロネリは、冬樹様と夜伽の最中でした」
姫が答える。
「よ・と・ぎ?」
まりなは、その言葉を一文字ずつ区切って言った。
まりなのデータベースにはもちろん、夜伽っていう言葉の意味は入っているだろう。
優秀なAIだし、父親がエッチな言葉もしゃべれるって言ってたから、その意味を理解している。
「ロネリは、冬樹様と一緒に夜伽をして、そして赤ちゃんを迎えようとしていました」
姫が続けた。
いやだから、姫!
その言い方は、誤解を与えかねない。
っていうか、誤解しか与えない。
ピキピキって、まりなの人工筋肉が数本ぶち切れる音が聞こえた。
「お兄ちゃん。私は、お兄ちゃんに罰を与えなければいけませんね」
まりなが、ポキポキと指を鳴らしながら言う。
そんな動作、誰が教えたんだ。
「私は、妹として、お兄ちゃんが人の道を外れるようなことをしたら、戒めるようにプログラムされてるから」
まりなの目が完全に据わっている。
アンドロイドとして、人間を遙かに上回る身体能力がある上に、内蔵火器まで装備しているまりな。
そのまりなが与える罰って……
「待てまりな! 話せば分かる!」
俺は、思いっきり丁寧に説明した。
ロネリ姫がこの部屋に入ってきた経緯と、そして、姫が「夜伽」の正確な意味を理解していないこと。
姫は、赤ちゃんがこうのとりに運ばれてくると思っていること。
姫が信じられないくらい無垢なこと。
説明しながら、なぜか俺はベッドの上で正座していた。
腕組みでベッドの上に立つまりなを見上げて、すがるように説明している。
妹って、可愛いけど怖いんだなって、実感した。
「ふうん、そういうことですか」
俺の必死の説明が功を奏して、まりなが納得してくれる。
まだ、俺のことジト目で見てるけど。
「それでは妹君も一緒に夜伽をしましょう」
ロネリ姫が無邪気に言った。
姫は、自分のせいで俺が死線をさまよったことを理解していない。
「まあ、してくれるなら、私もしてもらうのに、やぶさかではないけれど」
まりなが言った。
俺はロネリ姫とまりなの両方を交互になでなでする。
するとまりなも、ふにゃーって力を抜いた。
かわいい。
親父の妹型アンドロイド造りの腕は、正直、褒めるしかない。
「ドアの外にいるメイドのリタさんも、部屋の中に入れてあげたらどうですか?」
まりなが言った。
「彼女、部屋の外にいるのか?」
「うん、サーモグラフィーで、ドアの外に立ってるのが見えるけど」
まりなの両目のカメラは、俺達人間が見えないモノが見える。
「サーモグラフィーって、なんですか?」
ロネリ姫が訊く。
「いえ、こっちの話です」
俺は、ベッドを下りてドアを開けた。
「申し訳ありません!」
そこにいた紺色のメイド服のリタさんが、頭を下げる。
「立ち聞きなどしたくはなかったのですが、姫様のことが心配で心配で……」
おでこが膝につくくらい頭を下げるリタさん。
「頭を上げてください」
俺は頼んだ。
それでもリタさんは「申し訳ありません」と繰り返す。
彼女を見ていると、ロネリ姫がどれだけ大切にされているか分かった。
そして、リタさんの姫への忠誠心も。
「リタもここに来て、冬樹様に一緒に夜伽してもらってはどうか」
ベッドの上のロネリ姫が言う。
「いえ、私など、滅相もございません」
リタさんが慌てて頭を振った。
「冬樹様は、心の広い方だから大丈夫」
ロネリ姫がベッドの上でおいでおいでをする。
姫と俺は出会ったばかりだし、そんなふうに信頼されても困る。
俺は、オオカミのような男かもしれないし(本当はチワワ並だけど)。
「それでは、お言葉に甘えて……」
結局、俺は、ベッドの上でリタさんとも夜伽(頭なでなで)をした。
なでなでしながら、どうしてもリタさんのふくよかな胸に目が行ってしまう。
リタさんの紺のメイド服は、胸元が別の布で乳袋みたいになっていた。
それも、ぱっつんぱっつんだ。
ってか、メイド服のデザインをこんなふうにした国王のセンス……
むしろ、リタさんとは、本当の意味での夜伽をお願いしたいくらいだとか、そんなことを考えていたら、まりなが俺をジト目で見た。
まさか、まりなに俺の心の中が読めるセンサーとかは……ないとは思うけど。
ベッドの上で、お姫様と、スクール水着(旧型)の妹と、巨乳のメイドさんと、頭をなでなでしあう俺。
「夜伽は、頭がぽかぽかして、本当に気持ちのいいものですね」
ロネリ姫が言う。
その純粋な言葉に、前の世界で溜まった俺の心の汚れが、洗い流されるような気がした。