晩餐会
俺を歓迎するための晩餐会は、城の中の一番広いホールで開かれた。
三階部分まで吹き抜けになっている高い天井。
飾り彫刻が施された石造りの重厚な柱。
壁は、精巧なモザイク画で埋め尽くされている。
モチーフはこの国の歴史みたいで、ドラゴンと戦う戦士の姿が、たくさん描かれていた。
会場には、1000人規模の出席者が集まって、長テーブルに着いている。
男性は皆、金糸で縁取りした燕尾服に似た服を着ていて、女性は色とりどりのイブニングドレス姿だった。
服の肩の部分から色とりどりのリボンを垂らしている出席者を見かけるけど、それはこちらの世界における勲章のような飾りなのかもしれない。
仕事着のくたびれたスーツにネクタイっていう、俺の服装は明らかに場違いだった。
着飾った出席者の中で、みすぼらしく見える。
そんな俺の席は、王と王妃の席の隣に用意された。
俺は、国賓並の扱いってことなのだ。
それだから、余計に恐縮してしまう。
王の横に座る王妃は、どう見ても俺と同年代くらいで、王とは親子以上の年の差があった。
もちろん、綺麗でスタイルも良かった。
顔が整いすぎていて、冷たい感じがする美人だ。
目の前の席には、さっき俺を部屋まで案内してくれたロネリ姫がいるけど、少しも似てないし、年齢的に、この王妃の子供ではないのかもしれない。
ロネリ姫はこっちを見て、さっきはどうも、みたいに小首を傾げた。
まりなは、ここには同席しなかった。
向こうがまりなのことを俺の従者って理解してたし、同席しても、まりなは食事が出来ないから、アンドロイドだってことがバレてややこしいことになっただろう。
ランドセル型バッテリーパックの残量もあるし、まりなは一旦、一八式に戻って、そのコックピットの中にいる。
「昆虫型ドローンを出してお兄ちゃんのことを見張ってるから、何かあったらこの城ぶち壊して助けに行くね」
まりなは別れるときそう言って微笑んだ。
なんという武闘派……
きっと今も、コクピットから俺を見守ってるんだと思う。
給仕によってグラスに飲み物が注がれたところで、王が立ち上がって、皆、それに倣った。
俺も一呼吸遅れて立ち上がる。
「遠い異界から、最高の戦士がこの地に舞い降りた。戦士はさっそくドラゴンを屠ってその力を見せつけた。我らの期待に答えた。今宵、この宴は、長らく続いたドラゴンとの戦いの終わりを祝う、前祝いである。よく食べ、よく飲んで、これからの戦に備えようぞ!」
ホールに響く威厳に満ちた声で言って、王がグラスを掲げた。
皆、それに続いてグラスを掲げる。
俺もそれに従った。
グラスに注がれた紫色の液体は、ワインのような葡萄の香りがする酒だった。
うん、確かにワインだ。
ただし、俺が元の世界で飲んでいた安物ワインとは違う高級品だ。
乾杯のあとで運ばれてくる料理は、どれも見たことがないものばかりだった。
ナイフやフォーク、皿やグラスは、元いた世界と大体同じだったけど、料理の見た目は明らかに違う。
でも、口に運んでみると、鶏肉だったり、牛肉だったり、魚だったり、ジャガイモやニンジン、タマネギ、オレンジ、などなど、味に覚えがあった。
小麦から作られたパンは地球で食べたのと変わらないし、料理の仕方や盛り付けが違うだけで、二つの世界で人間は同じようなものを食べているのかもしれない。
この世界の食事のマナーなんて知らないから、俺は目の前のロネリ姫の仕草を見ながら、それを真似してどうにか食事を終えた。
食事を終えてダンスホールに移ると、俺は、たくさんの女性に囲まれる。
「結婚していますか?」
「恋人はいるのですか?」
「この服は、そちらの世界の正装なのですか?」
「そちらの世界で、女性はどんな服を着ているんですか?」
「どんな髪型が流行っていますか?」
「ダンスは踊れますか?」
「音楽はありますか?」
「あなたがいた世界のことを、なんでもいいから、お聞かせください」
俺は、女性たちから質問攻めにされた。
ドレスで着飾った麗しい女性に囲まれることなんてなかったから、俺は、はっきりしない声でぼそぼそと一言二言答えるしかなかった。
女性達が付けているむせ返るような香水で、酔いそうになる。
やがて、ホールに音楽が流れると、皆、パートナーを見付けてダンスを始めた。
男女が向かい合って手を取り合う。
すると俺の前に、あのロネリ姫が現れた。
「冬樹様、踊って頂けますか?」
姫が俺に手を差し出す。
「ダンスなんて、踊ったことがないので」
俺は頭を振った。
「私に合わせて頂ければいいのです。リードして差し上げます」
姫はにっこりと笑う。
小学校高学年くらいの姫に言われる俺は、我ながら情けない。
仕方なくロネリ姫に導かれるまま、俺は踊った。
踊ったっていうか、ただ、姫に合わせてダンスホールの中をうろうろと回っていただけだ。
周りの目が気になったけど、ロネリ姫のおかげで、どうにか最低限の動きは出来ているみたいだった。
さすが、ロネリ姫は小さくても、お姫様として、相応の教養を持っている。
俺のような庶民とは、大違いだった。
アイスブルーのドレスの裾を膨らませて、優雅に踊るロネリ姫。
金色の髪がさらさらと揺れる。
「冬樹様、もう少ししたらここを抜け出しませんか?」
踊りながら姫がそんなことを言った。
「抜け出すって、どういう?」
「大勢に囲まれてお疲れになったでしょう? 私、いい場所を知っています」
姫はそう言って俺にウインクする。
少しして、俺がトイレに立ったタイミングで、ロネリ姫も席を外した。
トイレから出て来た俺の手を、ロネリ姫が引っ張る。
俺は、姫に半ば強引に連れて行かれた。
姫に手を引かれて、城の中の迷路のような通路を歩く。
しばらく歩くと、姫は辺りを見回して周りに誰もいないことを確認すると、壁に掛かっている一枚のタペストリーをめくった。
そこには隠し扉があって、二つの塔に挟まれた狭いバルコニーのような場所に出る。
中庭に面したバルコニーで、火照った体に夜風が気持ちよかった。
「ここは、母の庭がよく見える、秘密の場所なのです」
ロネリ姫が言う。
庭は、回廊を照らすランプやかがり火で、淡く照らされていた。
昼間見た庭も綺麗だったけど、夜の庭も雰囲気がある。
確かに、ここなら一息つけそうだ。
俺とロネリ姫は、バルコニーの手すりに手をついて庭を眺めた。
「お姉様方の質問攻めで、疲れたでしょ?」
ロネリ姫が訊く。
「はい、華やかな場所は慣れないもので」
俺は、頭を掻きながら答えた。
「あれ、でも、お姉様方って?」
「はい、晩餐会に出ていた女性は皆、私の姉様です」
「えっ?」
思わず変な声が出た。
「父王様には37人の妃がいて、私のような姫は、56人います。私は、第55王女のロネリです」
はっ?
あの国王、偉そうな顔してそんなことになってたのか。
ここは、とんでもないハーレムじゃないか。
「でも、お姉様方が冬樹様に興味津々なのも仕方ないのです。私達は、このお城の中から殆ど出たことがありません。だから、外の世界のことが知りたいのです。冬樹様のように、異世界からいらっしゃったとなれば、なおさらです。だから、姉様達を許してあげてください」
姫はそう言って頭を下げた。
「ロネリ姫も、お城の外に出たことはないのですか?」
「はい、ありません。お外はドラゴンがいて、危険ですので」
姫が表情を曇らせる。
優雅だけど、ここは彼女達にとって鳥かごのような場所なのかもしれない。
人々はドラゴンに怯えて、この城の中に籠もっている。
「少し冷えました。お部屋に帰りましょう」
姫が俺の手を取った。
「舞踏会に戻らなくていいのですか?」
「はい、冬樹様もお疲れでしょう。父王様には、私から言っておきます」
俺は、姫に手を引かれてそのまま部屋に戻った。
「ありがとうございました。助かりました」
部屋の入り口で、そう言って別れようとしたら、ロネリ姫が部屋の中に入ってきて、そして、後ろ手にドアの鍵を閉めた。
「姫、どういう……」
俺は言葉を失う。
「だ、だ、だ、大丈夫です。私も、メイドのリタから聞いて、夜伽のことなど、よく知っておりますので」
姫が、少し震えながら言った。