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姫君

「我が自慢の娘だ。どうだ、美人であろう」

 国王が臆面おくめんもなく言った。


わたくし、ロネリ・ベルフェミナ・マゴルードと申します」

 小学校高学年くらいの少女がそう言って微笑む。


 深い青の瞳に、金色の髪の少女。

 くりっとした目が人懐ひとなつこそうでいて、悪戯っぽい雰囲気もある。


「小野寺冬樹と申します」

 俺は頭を下げた。


「素敵な響きのお名前なのですね」

 ロネリという少女が俺を見上げる。


 白磁はくじのように真っ白な肌で、頬を少し赤らめていた。

 フリルがたくさんついたアイスブルーの華やかなドレスが似合っている。


 お姫様っていうけど、本当に、お人形さんみたいだ。


「妹のまりなです!」

 まりなが、俺とロネリ姫の間に割って入るように立った。

 まりなは焼き餅焼いているのか、それとも、俺を守ろうとしてるんだろうか?


 アンドロイドなんだし、後者なんだと思うけど。


「ああ、妹君であられますか」

 ロネリ姫は、まりなにも微笑みかけた。


「いえ、あの、確かに妹なんですが、色々と事情がありまして……」

 俺は語尾をにごす。


 まりながアンドロイドだとか、この世界の人達に説明するには、一晩かかるかもしれない。



「それでは、お部屋まで案内しましょう」

 ロネリ姫が言って、俺は国王に頭を下げて謁見えっけんの間を退室する。


「ロネリや、異国の戦士殿を、くれぐれもよろしくな」

 王の言葉が背中を追った。



 廊下に出ると、

「冬樹様、手をえてもよろしいですか?」

 姫がそんなふうに訊く。


「はっ、はい、構いませんが」

 俺は不意を突かれて戸惑いながら返した。

 小学生高学年くらいの女の子に、なにを戸惑ってんだ。


 すると、ロネリ姫は俺の体と腕の間に手を入れた。

 そして腕をそっとつかむ。


 手をえられて、なんだか緊張した。


 小さな手から、王族の気品というか、オーラ、のようなものが伝わってくる気がする。

 幼くても、にじみ出るものが他とは違う気がした。



 まりなが俺をジト目で見ている。


 いや、俺は小学生くらいの女の子に興味はないし。

 うん、ないと思う。



 俺達の様子を見て、ロネリ姫付きのメイド、リタという女性が表情を緩めていた。

 本当は、彼女とこうやって並んで歩きたかったとか言ったら、怒られるかもしれない。




 小さな姫君と並んで、城の中庭に面した回廊を歩いた。


 中庭には、薔薇ばらのような花が咲き乱れている。

 真ん中に噴水があって、青いタイルを貼った池にたっぷりと水がたたえてあった。

 池の周りを、見たことのない模様のちょうが、優雅ゆうがに飛んでいる。


 ここは、城門の外のほこりっぽい風景とは明らかに違っていた。



「冬樹様のいた世界にも、このような花はありますか?」

 歩きながらロネリ姫が訊いた。


「ええ、薔薇という、この花に似た花があります」

 俺は答えた。

 でも、こんなふうに花を眺めるのは久しぶりのことだ。

 考えてみれば、しばらく花を愛でる余裕よゆうなんてなかった。


「この庭園は、父王様が私の母のために造らせた庭園なのです。父王様は、私の母にこの庭園ごと花を贈ったのです。だからこの庭は、私の大好きな庭です。そちらの世界にも、愛する人に花を贈る習慣はありますか?」


「ええ、あります」

 答えてはみたものの、俺は女性に花を贈ったことなんて一度もなかった。


「冬樹様に花を贈られる女性は、幸せなかたですね」

 このロネリという姫、ませたことを言う。




 そうして二人並んで歩いていたら、

「はあ」

 突然、ロネリ姫の足がふらついた。

 俺は反射的に動いて彼女の体を支える。


「すみません、少し、貧血気味で」

 姫が完全に体を俺に預けた。


「大丈夫ですか?」

「ええ、ごめんなさい。このまま、ロネリを抱いて運んでくださいますか?」

 姫が言う。


「もちろん」

「部屋まで案内するはずが、逆にお世話になって申し訳ありません」

「いえ」

 俺は、ロネリ姫を抱き上げた。


 ふわふわのドレスに包まれた体は軽くて、片手で持ち上がりそうなくらいだった。

 軽くて、そして彼女の体は冷たかった。


 なんか、はかない感じがした。

 この手の中にある命を守りたいって、そんな感情が浮かんでくる。

 いや俺は別にロリコンとか、そういうんじゃないけど。

 うん、ないと思う。

 これは親が子を思うような感情だ。


 だけどよく考えてみたら、お姫様を抱っこしているっていうこの状況、これが本当のお姫様抱っこだ。




 姫を抱いたまましばらく歩いて、合図された部屋の前で足を止めた。

「ここが、冬樹様のお部屋です」

 ロネリ姫が言って、メイドのリタという女性が両開きの重々しいドアを開ける。


 部屋の中には、中庭からの涼しい風が吹き抜けていた。


 俺の住んでいたマンションのワンフロアが丸々入るくらいの広さがある。


 ふかふかの絨毯に、細かい彫刻が施された椅子やテーブル。

 テーブルの上には瑞々しい果物が山盛りになっている。

 見える範囲だけで、ソファーが3セットも並んでいた。


 壁際には天涯てんがいが付いた巨大なベッドもある。



「ベッドに寝かせてもらっていいですか?」

 姫が言った。


 俺は、彼女を慎重にベッドに下ろした。

 ロネリ姫は、ベッドに横たわって目を閉じる。


 目を閉じると、人形のように整った顔つきが強調された。

 いつか見た、球体関節人形みたいだ。



「冬樹殿も、お休みになったらいかがでしょう? 私は、一緒のベッドでも構いません」

 姫は、目を瞑ったまま、口だけ動かしてそんなことを言った。


「いえ、私は……」

 おいおい、何を言い出すんだ!



 この姫、ホントに俺をどうしようっていうんだろう?

 分かって言ってるんだろうか?


 もしかしたら、さっきの貧血というのも嘘なのかもしれない。

 俺にお姫様抱っこさせるために、わざと倒れそうなふりをしたとか……


 この世界の女の子は、こんなに積極的なものなんだろうか。

 それとも、このお姫様が、気まぐれに俺みたいなおっさんをからかって遊んでるのか。


 それに、このお姫様付きのメイドのリタという女性が、にこにこ笑っているだけで何も言わないのが不思議だった。

 普通、俺みたいなおっさんが主人の近くにいたら、ちょっとは警戒するものだろう。


 

 そのまま俺が固まっていると、ロネリ姫がベッドから上半身を起こした。

「冬樹様、晩餐会ばんさんかいの後の舞踏会で、私とダンスを踊っていただけますか?」



 いや俺、ダンスとか1㎜も踊れないし。


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