謁見
「異界の戦士よ、よくぞ参られた」
城の中で案内された謁見の間という部屋で待っていると、国王だという老人が出てきた。
銀髪に、金色の王冠を乗せた国王。
シャンプーハットみたいな襞襟に、ちょうちんズボン、ぴっちりとした白いタイツを穿いている。
頬の肉がたるんでいて、お腹周りにもたっぷりと肉がついていた。
身長は160くらいで、刺繍でまばゆいマントを、ずるずると引きずって歩く。
服装は違うけど、どことなく、うちの社長に似ているような気がした。
「来て早々、ドラゴンを倒したと聞いた。まことに大義であった」
国王はそう言って、金の玉座に腰を下ろす。
俺とまりな、そして、俺をここまで案内したルシアネという騎士が、玉座の前に並んでいた。
ルシアネという騎士は、王の前に膝をついて頭を垂れている。
「我が魔術師の見立てに、間違いはなかったようだな」
言いながら、王が俺とまりなに素早く目を走らせた。
「さすがは異界からの来訪者、我々とは違った服装をしておられる。特にその、従者の衣装は面白い」
王がスクール水着(旧型)のまりなを見ながら言った。
まずい、これがこっちの普通と誤解されたかもしれない。
「なにか褒美を取らそう。望むものはあるか?」
王は肘掛けに肘を置いて、顔の前で手を組む。
「望むものというなら、まず、聞かせて頂きたいことがあります」
俺は言った。
「私はなぜ、ここにいるのですか? 召喚とはなんですか? そして、ここはどこです?」
俺が続けると、隣にいる騎士が横目で俺を見る。
王に対して失礼だぞ、って、目で訴えているようだ。
「うむ、当然だな。そなたには、それを訊く権利がある」
ところが、王は頷きながら言った。
「そなたも、城外に立つ無数の塔を見たであろう」
「はい」
城外には、天辺に尖った木の杭を四方八方に組み付けた、「ねぎ坊主」みたいな塔がたくさん立っていた。
この城に近づくに連れてそれは数を増した。
ここが異世界だと、実感した光景だ。
「あれだけの塔が立ている光景は、そなた達異界の者の目には、奇異に映ったであろう。無理もない、我らにとっても、あれは奇妙な光景なのだから」
王はそう言って目を瞑る。
「あれを竜戦塔と呼ぶ」
「あれは、ドラゴンと戦うために作られた構造物だ。空飛ぶドラゴンに、あの塔から槍や矢を放つ。或いは、勇敢な戦士が塔からドラゴンの背に飛び乗って戦う。あの塔は、我ら祖先が古来からドラゴンと戦いを続けて来た証なのだ」
王が、重々しく言った。
まさか、さっき俺達が遭遇したあんなドラゴンに、人間がその肉体だけで立ち向かっているっていうのか。
それも、槍や弓のような、原始的な兵器を使って……
「我ら人類は、度重なるドラゴンとの戦いよって疲弊している。ドラゴンは、我らの畑を焼き、家を壊し、橋を落として、治水のための堰を流す。我らが再興した頃を狙って現れては、またそれを灰にする。我が勇敢なる兵、英知を結集した魔術師、全てをドラゴン退治に注ぎ込んでも、我らは、藁束のように弄ばれるだけだ」
「そのドラゴンと戦うために呼ばれたのが、俺達ってことですか?」
「然様」
「ドラゴンを鎮め、この地に安寧をもたらすために、国中の魔術師を集め、七日間、夜を徹した降臨魔術の儀式が行われた。この世からドラゴンを駆逐するためなら、神でも、悪魔でも構わない。この世で最強の戦士を与えてくれと、我らは祈った。その儀式は、過酷を極め、七日間の間に何人もの魔術師を失ったが、どうやら成功したようだ」
王が俺の目を見た。
「我はここに最強の戦士を得たのだ!」
王の言葉に力が入る。
いや、最強の戦士っていうか、俺は冴えないサラリーマンだし、まりなはスクール水着(旧型)を着ているアンドロイドだし、一八式は、俺の父親が作った未知のロボットだ。
「そなたの意思など確認せず、強引にこちらに呼び寄せたことに言い訳はない。しかし、これも一国を預かる者としてやむを得ぬ選択だったのだ。領民を守る王の役目、余を許して欲しい。どうか、ドラゴンとの戦いに、その力を貸してくれないだろうか」
王はそう言って、首を5度くらい前に傾けた。
王としては最大限の仕草なのかもしれない。
王が頭を下げたことに、隣の騎士が目を丸くして驚いていた。
「ええと、突然のことで……なんて返事をしたらいいのか……」
俺が答えられないでいると、
「もちろん、憎きドラゴンを駆逐した暁には、そなたを元の場所に帰すことを約束しよう」
王が付け加える。
「えっ? 帰れるんですか?」
俺は訊き返した。
「もちろんだ。そなたを召喚した魔術師達が、責任を持って元いた場所に帰そう」
「お兄ちゃん、良かったね! 帰れるね!」
まりなが声を弾ませる。
「ああ、そうだな」
俺は答えた。
しかし、そう答えてはみたものの、それほど嬉しいという感情が湧き上がってこない。
帰ったとして、休日もなく、仕事漬けで寝るだけの毎日が続くのだ。
あの無感動な日常が続く。
それに、俺が帰るまでに、地球は宇宙人の侵略に耐えていられるだろうか。
その頃地球に、まだ人類はいるのか。
「返事は後で構わぬ。今宵は、そなたの歓迎の晩餐会だ。部屋を用意したから、それまで長旅の疲れを癒やすがよかろう。部屋までは、我が姫に案内させる」
国王はそう言うと、パンパンと手を叩いた。
「ロネリや、ロネリ」
王が呼ぶ。
すると、一人の女性が、目を伏せながら静々と歩いて来た。
栗色の長い髪に、目尻が下がった優しい顔つきの女性。
上品な紺色のドレスで、歩き方も優雅だった。
そしてなりより、その胸に目がいってしまう。
ドレスの上からでも、その大きな胸の形が分かった。
さすが、異世界のお姫様。
抜群の美貌と、完璧なスタイルを兼ね備えている。
俺が彼女に見とれているのに気付いたまりなが、俺の脇腹を肘で突く。
「ロネリや、異界の戦士殿とその従者を部屋に案内して差し上げなさい。くれぐれも、無礼のないようにな」
国王が言った。
「初めまして、よろしくお願いします」
俺は、ニヤけないように気を付けながら頭を下げる。
「いえ、私はロネリ様付きのメイド、リタでございます。ロネリ様は、こちらの麗しき姫にございます」
その女性が隣を手で指し示す。
えっ?
俺は、視線を下げる。
そこには、小学校高学年くらいの少女がいる。
目がくりっとした、金色の髪の少女。
「戦士殿、さあ、参りましょう」
その少女が、キラキラした目で俺を見上げていた。