⑤ 村雨 著
――作戦説明。
霊媒師と名乗ったこの伊佐間リョウの言葉を、私は真剣に聞くことに決めた。
ここへ来てしまった以上、腹を括るしかない。
横に置いた松葉杖に指を触れさせ、あの恐怖を脳裏に蘇らせる。
左半身の感覚を奪われたあの怪異。フラッシュバックした瞬間、私の心はそれだけに囚われ、耐え難い精神的な苦痛に再悩まされる。
「大丈夫かい? 表情が硬くなっているよ。確かに、それ相応の覚悟は必要だが、それで体が固まってしまうのならば本末転倒だ」
体中が固まってしまった私だったが、伊佐間からのデコピンをくらいその緊張が解ける。
「痛い……すみません。それで、作戦ってどう言ったものなんですか?」
「ああ、作戦はさっき君に試した通りのことだ。怪異とは、人の心の弱さにつけ込む。それは霊媒師も同等のことだが、怪異はそれよりさらにタチが悪い」
例えば、と伊佐間はそう言って私を指さす。
「ーー怪異は最終的に、対象の人間を死に至らす」
その言葉を聞き、私は唾と一緒に何かおどろおどろしいものを飲み込んだ気がした。
冷や汗が流れ、焦点が時々不鮮明に重なり合わなくなる。
「ただ」
そんな恐怖に駆り立てられていた私の心に、伊佐間の言葉が介入する。
「対処法は、ある」
「え!?」
私は左半身が使えないにもかかわらずちゃぶ台に腕を置き身を乗り出す。
体のバランスが崩れて倒れそうになったところは伊佐間のフォローによって建て直される。
「あ……ありがとうございます……そ、それでその話は本当なんですか!?」
「ああ、本当だ。怪異はさっき言った通り精神的な問題でもある。君の体も、本来は動くのだが脳がそう考えることを停止し、それによって左半身の感覚がなくなったように感じているだけなんだ」
「そんな……」
私は絶句する。左半身が動かせないのは怪異のせいで、もう永久に動かせないと思っていた。望みは生まれたが、それとは別に絶望にも打ちひしがれる。
私が必死で動かしたいと思っていたのも、ただの思い込み。本来なら動かせるのに私の心が弱いせいで動かせないのだ。
「気落ちすることは無い。怪異による精神攻撃は霊媒師のソレと同様だ。並の人間が打ち破るなんてことは奇跡にも近い」
私の表情を見てか、伊佐間は不器用なフォローを入れる。彼の今までの表情からは想像がつかないほど優しい顔に、私の心は軽くなる。
「す……すみません見苦しいところを……」
「いいや、霊媒師としてこういった事例は見慣れている。それで、作戦説明に移行しようか」
最後まで下手なフォローを入れ、伊佐間は本題に入る。
私はわかりましたと頷き、話に耳を傾けた。
「まず、左半身だけに怪異がかけられるということは、怪異の本体はもう一度君を狙うだろう。君の全身の機能を停止させ、死に至らす。怪異が起こればここまでは予想の範疇だ」
しかし、と伊佐間は言葉を続ける。
「怪異が人を殺すならば、そのタイムリミットは残り二時間しかない」
「二、二時間!?」
あまりにも早い時間に、私はたまらず声を上げる。
「落ち着いてくれ。そう、残り時間は刻一刻と迫ってきている。だからこそ、君には少々危険な目にあってもらうことになるんだ。それでもいいかい?」
ちゃぶ台の上に肘を起き、指を絡ませ顎をのせる。その瞳に射抜かれ、私は一瞬悲鳴のように喉を鳴らした。
「わ……私は……」
視線を宙にさまよわせ、やがて決心して拳を握る。
「やります。やらせてください。それで私の左半身が治るなら」
「ああ、任された。これは君が決めた判断だ。流されて決めたことではない。君自身で掴んだ結果だ。その事こそが、怪異に打ち勝つ力となるだろう」
互いの視線を合わせ、答えを決める。これが私の答えだ。私には、これしか方法がない。だけど、これを伊佐間から言われて引き受ける形になるのか、自分から進言するのかでは訳が違う。
つまり伊佐間は私を試したのだ。本当に怪異に打ち勝てる心を持つのかを。「心」に巣食う怪異に打ち勝つ「心」を持っているのかを。
「では、天野理沙君。君には私の霊媒師としての力ーー先程言った魔術で怪異と対抗するから、その際の囮になってもらいたい」
「囮……ですか?」
名前を呼ばれ、真剣な話に私は背筋を正される。囮というのはどういう事なのだろうか。
「君が一人でいる瞬間、怪異は君に襲いかかるだろう。しかし、怪異も一瞬で君の全身の機能を停止させることは出来ない。だからこそ、君を襲う間に僕が魔術を使って怪異を撃退する寸法だ。かなりの賭けだが、時間が無い以上これしか方法は無い」
つまり、時間が遅ければ私はそのまま死。伊佐間の存在も知られれば、それも私の死に繋がるということだ。
「今回の件は別件に繋がっている可能性も高い。慎重かつ迅速な行動が求められる」
「関西弁にならないといけなかったっていう……件ですか?」
「あぁ、なるべく関係がない方が望ましいのだがね。必要になれば関西弁を使う可能性もある。以上だ。辛いとは思うが、分かってくれ」
念を押すように、伊佐間は声をかける。私だって、頼れる人が彼しかいないのだから、反論はできない。
「……わかりました」
「ありがとう。では定刻までは精神力増強や、さらに詳しい作戦を練ろう」
そう言って、伊佐間は立ち上がる。私も松葉杖を使い立ち上がった。
――作戦を完全に頭に叩き込んだ時、時間は既に三十分を切っていた。
著者(敬称略):村雨
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