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忘却と妄執~ふたつの怪異~  作者: リレー小説マン
4/6

④ フクロウ 著

 後日、松葉杖をついた私は扉の前にいた。

 人の寄り付くことのない、まだ太陽が昇っているというのに薄暗い裏路地に、一つだけポツンと設置された薄汚い扉。

 正直まともに歩けもしないのに、こんなところには来たくもないし、もし今の私と同じ様な人を見かけたら、近寄ろうとはしないだろう。

 しかし、今私が立っているこの場所が、昨日伊佐間に貰った名刺に書かれた住所なのだから仕方がない。


「後日伺います」


 病室で確かに伊佐間はそう言った。

 だが、いつになっても私の前に伊佐間は現れることはなく、しびれを切らした私は遂にここまで来てしまったのである。

 正直なところ、まだ私は伊佐間を完全に信用したわけではない。

 私は怪異に出会い、左半身の感覚を奪われた。

 だが、アレに出会った私だからこそ分かる感覚というものを代わりに手に入れた。

 アレは⋯⋯あの怪異は私たち人間にはどうすることもできない存在であるという感覚を。

 伊佐間は自分のことを霊媒師と言っていたが、一人の人間であることに変わりはない。

 たかが霊媒師に、アレがどうにかできるとは、到底思えたのだ。

 だがそれは同時に、伊佐間はアレを相手にどう対処するかというのも興味も私に湧かせた。

 伊佐間が難なくアレを退治してくれたとするならば、私は彼を心から信用することができるだろう。

 だから私は、この扉を開ける。

 どうしても信用しきれない伊佐間を、信用するために。


 ーーー


 扉を開けると、中は大量の酒が並ぶバーだった。

 そして、カウンターの奥には、数日前に病室で見たあの男が、シワだらけのスーツ姿でこちらを見つめていた。


「来たね」


 伊佐間は怪しげな笑みを浮かべながら私にそう言った。

 私は重たい扉を閉じ、カウンターにゆっくりと歩み寄る。


「何か飲むかい?」


「⋯⋯未成年です」


「はは、それは失礼したね」


 伊佐間の話し方は、先日の悠長な関西弁ではなく、標準語に変わっていた。

 そして、声のトーンも心なしか低くなっている様に感じる。


「僕の話し方のことを気にかけている様だね」


「分かるんですか?」


「うん、なんとなくね。僕は基本的に標準語で話すよ。病室の時は別の仕事が入っててね、あの話し方じゃないといけない理由があったんだ」


「それって⋯⋯」


「ごめんね、言えないんだ。深くは聞かないでくれるかい?」


 私が伊佐間の言う『別の仕事』の真相を聞こうとすると、質問の内容がが分かっていたかの様に伊佐間は口を挟んだ。

 私は伊佐間の不気味な笑顔から、聞いたらマズいと言うことを察し、「分かりました」と一言だけ返した。


「助かるよ」


 伊佐間はそう言うと、「それじゃ本題に入ろうか」と言って私の顔を見据えた。


「君はなぜここに来た?僕が君に会いに行くと言ったのが聞こえなかったのかい?」


「⋯⋯!」


 これまでになく、真剣な口調。

 私の頭の中を見透かした様な目。

 この一言だけで、伊佐間は私を戦慄させた。


「さぁ、答えなよ。君はどうしてここに来たんだい?」


「わ⋯⋯私は⋯⋯あなたが、全然会いに来てくれないので⋯⋯その⋯⋯」


 だめだ⋯⋯口がうまく回らない。

 私はもしかして⋯⋯伊佐間に恐怖を感じているのか⋯⋯?

 でも⋯⋯どうして⋯⋯?

 ダメ⋯⋯頭が回らない⋯⋯!


「この程度の術にかかっている様じゃダメだね。それ、目を覚ますんだ」


 そう言いながら指を鳴らす伊佐間。

 すると、先程から私の中で渦巻いていた伊佐間への恐怖心は、どんどん薄れていった。


「こ、これは⋯⋯!」


「ちょっとした魔術⋯⋯とでも言っておこうかな。君の脳内に存在する感情をいじくって、異常なまでの『恐怖』を植え付けたのさ。詳しいことは面倒だから話さないけど、自我をしっかり保ってれば、こんな術にはかかるはずがないんだ」


「そんな⋯⋯私はしっかり⋯⋯!」


「君には迷いがあるんだね」


 またもや私の言葉を遮る伊佐間。


「そして、恐怖の矛先が僕に向けられたってことは、その迷いはきっと、この僕に対するものだね」


「⋯⋯当たりです」


 私は、静かにそう答えるしかなかった。

 恐怖がなくなっても、伊佐間から放たれる異常な威圧感に変化はない。


「僕に対して君が抱く迷い⋯⋯それは僕を信用してもいいのかという素朴な疑問だろう。大丈夫。君がそんな感情を抱くのは、必然であり、当然だ。でも、今のところ君の心の拠り所は僕しかない。なぜなら君達を襲った怪異の対処法を知っているのが君の知る中では僕だけだからだ。だから君は、ここにやって来た。自分では「後日伺う」と言ったはずの僕がなかなか会いに来ないから、とでも思っているのかもしれないが、それは君の本心じゃない。君は左半身の感覚を失ったトラウマから、怪異に対して心のどこかで恐怖を抱いてるんだ」


 確かにそうかもしれない。

 私は素直にそう思ってしまった。

 今でも、ここに来た理由は伊佐間が会いに来てくれないから、と思ってはいる。

 思ってはいるのだが、私の心の中に、怪異に対する恐怖が存在するのも、紛れもない事実だ。

 私はただ、怯えているだけなのかもしれない⋯⋯。


「ふ⋯⋯さて、これで君がここに来た理由は明確になったワケだし、心も落ち着いてきただろう?怪異に立ち向かうと宣言した以上、このくらいのことで心を動かされていてはいけないね。ついてきなさい。あとは上に行ってから話そう」


「上?店はいいんですか?」


「あぁ。この店は僕の本職をカモフラージュするためのものさ。君の知っての通り、僕の本職は霊媒師だからね」


 伊佐間はそう言うと、カウンター横にある階段を登っていき、私も後に続く。

 階段を登りきると、古そうな畳が敷かれた狭い和室へと辿り着いた。

 そこにはちゃぶ台が一台と、その上にパソコンが一台設置されているだけだった。


「ようこそ、僕の事務所へ。ちなみにここに客人が来たのは君が初めてだよ」


 事務所⋯⋯と言えるのだろうか。

 こんな汚らしい部屋で、現代機器はパソコン一台で。


「さぁ、どこにでも好きに座るといい」


 伊佐間はそう言うと、畳にそのまま腰を下ろす。

 私はギシギシ音を鳴らしながら部屋を少し歩き、ちゃぶ台の前に座った。


「さーて、まずは自己紹介と行こうか。僕は伊佐間。伊佐間リョウだ。これでも一応、霊媒師だよ。よろしくね」


「天野理沙です⋯⋯。高校生で、左半身不随です」


 私は伊佐間から差し出された手を取り、握手をする。

 そして、手を離してしばらくすると、伊佐間が深く息を吸い込み、ゆっくりと口を開いた。


「さて、作戦説明と行きますか」

著者(敬称略):フクロウ

小説掲載サイトURL:https://mypage.syosetu.com/675511/

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