③ ペリー 著
そうと決まれば行動だ。
だが、今の自分に何が出来るというのだろう?
まともに歩く事も出来ず、腕も片腕しか使えない。
利き腕の右がやられなかった事は不幸中の幸いではあったが、だからといって状況が変わる訳ではない。
はっきり言って、詰んだも同然であった。
「理沙さーん、面会の方がいらっしゃっていますがー?」
誰だろう。
そんな事を考えながらニコリと笑う看護婦をぼうっと眺める。
「彼氏さんだそうです」
……彼氏?
そんな人は私には……
だがその言葉が口に出るよりも先にスッとベッドに影が差す。
思わずそちらの方向を向くと、所謂塩顔、という奴だろうか。
そんな感じの背のやや高い男性が微笑を浮かべつつ立っていた。
「では何かあったら呼んでくださいねー」
そう言い部屋を去っていく看護婦を止める事すら出来ぬまま、男性と目を合わせる。
「……あの」
誰ですか、というよりも先に目の前に名刺が差し出される。
そこに書かれていたのは。
「伊佐間探偵事務所……?」
「まぁこれは表の顔や。ほんまの顔はこっちやねん」
間髪入れずに2枚目の名刺が差し出された。
「霊媒師、伊佐間。まどろっこしいんは嫌いやから単刀直入に聞くで。理沙さん、あんた……“怪異”におうたやろ?」
理沙は思わず息を呑んだ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーーーー
「なるほどなぁ」
理沙は伊佐間にその怪異の全てを話した。
その物体の、ペタン、、、チリンという足音。
その物体はおそらく有菜の身体、そして田沢さんの視力、そして私の左半身の感覚を奪ったという事。
そして……有菜を救いたい、という事。
「あの……あの物体はなんだったんですか……?こういう事って頻繁にあるものなんですか!?」
「落ち着きぃや、理沙さん。……そうやなぁ、怪異っちゅーもんは実はそない珍しいもんやないねん」
そう言うと伊佐間の目がすっと細められる。
「あんなぁ、理沙さん。世の中っちゅうんは軸に寄り添って出来とるもんやねん。簡単に言えば」
そこで伊佐間は病室に置かれた戸棚を指差す。
「ああいう感じに、縦軸、横軸、高さ軸。立体を形成する軸やな」
「それだけじゃないんですか?」
「そうやなぁ……後は……時間軸だってあるやろ?他にも探せば軸はいくらでもある。ただな、理沙さん。世の中には通常認知される筈のない軸っちゅーもんがあんねん」
そこで伊佐間の目がグッと開く。
「軸が増えれば世界が変わる。認識が変わる。常識が変わる。……その一本の軸だけで日常は容易く怪異へと引き摺り込まれる。理沙さん、あんた有菜っちゅー友人助けたい言うとりましたな?」
その問いかけにコクリと頷く。
「そりゃあ無理な話でっしゃろ。もう住む世界が違うんでっせ。その有菜っちゅー人は」
薄々分かってはいた。
だが、その伊佐間の答えには、思わず絶望せずには居られなかった。
「…なら、なら何で、私なんかに会いに……」
「こうやって釘を差す為でっせ。ああ言う怪異と会うと、目に見えぬ糸……厄介な縁が出来る。それに引き摺られんよう、被害者に釘を差しとくんですわ。まぁ情報収集ついでのボランティアみたいなもんや」
「……本当に、助からないんですか?」
その私の瞳に何か感じるものがあったのか、顎をさすりながら何やら考え込む伊佐間。
「……そうでんなぁ……理沙さん、あんた……怪異の世界に足ぃ踏み入れる覚悟はありまっか?」
「……はい」
そう私が答えると、伊佐間は私の顔に顔をぐっと近付ける。
「……そうでっか。ほんなら、また後日伺わせて貰いますわ。それまで、余計な事したらあかんで」
スッと顔を離すと、伊佐間は名刺を枕元に置き、部屋を去っていった。
著者(敬称略):ペリー
小説掲載サイトURL:http://ncode.syosetu.com/n2716di/