鳳凰
さっきの怪物から予想して、きっと伝説の生き物だろう。
しかも麒麟が出てきた、ということは四霊の中から出ると推測できる。
すなわち、俺達はあと30分間生死を彷徨わなければならないということになる。
また、開いて欲しくない扉が、開く。
開いた途端、その扉の向こうから飛び出し、中を舞う鳥。
ただの鳥ではない。
五色絢爛な色彩をもつ羽。
優に1メートルを超える背丈。
前は麟、後は鹿、頸は蛇、背は亀、頷は燕、嘴は鶏の容姿。
予想通り。
これは――鳳凰!!
「ギャーーーーーーオーー――!!!」
「う……」
耳を劈くかと思うほど大きな鳴き声。
なおも空を飛び続けている鳳凰。
しかし、安心できることが1つあった。
鳳凰は平安を表すと言われている。
攻撃はしてこな――
「ギャーー――!!!」
とてつもない鳴き声の大きさに耳を塞いでいると、地上にいた1人が嘴にくわえられ、空高く舞い上がった。
あんなところから落とされては一巻の終わりだ。
(伝記とか、伝説とかはすべて滅茶苦茶じゃないか!)
鳳凰のどこが平安を表してるのか。
空高く連れ去られた男は悲鳴を上げている。
しかし、どうしようもない。
信用のない伝説によると、鳳凰は梧桐の木にしか止まらないらしい。
こんな干乾びた闘技場にそんなものあるはずもない。
見ていることしか出来ない自分。
と、突然鳳凰が嘴から男を放した。
落ちる――
「ゴォォォォ――!!!」
(何――!?)
鳳凰の口から恐ろしい業火が噴出した。
闘技場は一瞬にして火の海となった。
しかも器用に、火を吐いたらすぐに落下途中の男を加えて上昇していく。
危険なのはあの男だけではない、と言うことだ。
あいかわらず非常識極まりないことに、この火は地面で燃えている。
燃えるようなものは何もないが、メラメラと燃える炎は勢いを止めない。
空を見上げると、本性とは裏腹に美しい鳥が飛んでいる。
(あの男をどうにかしないと……)
とはいえ、何もいい手が思いつかな――
「ギャア――!!!」
鳳凰が大きく翼を羽ばたかせると、絶対に常識ではあり得ない風が巻き起こり、竜巻が発生した。
(考える暇さえ与えてくれないのか!!)
竜巻は徐々に大きさを増し、風力も増していく。
闘技場の中心に出来たそれは、周りにある岩をも削り取りとり、吸収する。
おまけに炎の勢いも強まる。
今、吹き飛ばされまいと必死にしがみ付いている岩も、あと少しで削られ、飲み込まれるだろう。
手がない。
(いや、ある)
それは原始的なことだが、今はこれしか方法がない。
投石。
それしかない。
近くにあった石を拾って投げるのだが、もう竜巻は目の前だった。
どれだけ力いっぱい投げても、石は竜巻の風に乗って回ってしまう。
そのとき向こう20メートルほど先に目に入ったのが、さっき俺を助けてくれた男。
「おい――!!石をあいつにぶつけてくれ――!!!!」
有らん限りの声を張り上げる。
鳳凰は空中で、俺達の死を待つかのように翼を羽ばたかせている。
今なら当たると思う。
距離は何とか届くはずだ。
竜巻の風に押し戻されるが、それでも彼の肩力は負けていなかった。
当たった!
「ギャーーーーオーーー――!!!」
口からこちらに向けて噴出す火炎。
闘技場がさらに熱を帯びる。
(急激な温度の上昇で上昇気流が発生する)
上昇気流の上向きの風の力で、竜巻と相殺できないか……
神以外のものに祈っていると、竜巻が消えた。
普通、竜巻は上昇気流で消えるようなものではないと思うのだが……
きっと神は試している。
どれだけ的確に動き、判断し、今出来る最善の行動をするか。
そして、もっとも最善の行動を行ったとき、成功する。
そうやって神への試練をこなしたものが次の神となる。
ゴンッ
何かが、降ってきた。
落下したところが真っ赤に染まる。
これは、人――!?
「っ……!!!」
案の定、鳳凰を見ると加えていた人はいなくなっていた。
さっきの火炎放射で怒りに我を忘れ、落としてしまったのだろう。
自分達が助かるために、人1人の命が犠牲となった……
こんなので、いいのだろうか?
誰かが助かるために誰かが死んで、いいのだろうか?
そうだ、そもそもこの神の選出はおかしい。
たとえ世界のためとはいえ、ここに集められた687人に、1人でも死んでもいい人はいただろうか?
そんなもの、いない!!!
「ギャオオオオオオ――!!!!」
さっきよりも大きな鳴き声で骨が軋む。
頭が、くらくらする。
平衡感覚が狂って立ち上がることすらできない。
「アハ♪もうみんな死にかけじゃないですカww」
神は、やはりどこか楽しげに言う。
「でも、もう覚醒しそうなコもいますネ★」
なぜ、謙は死んだ?
なぜ、俺達は助かった?
なぜ、行く宛ての無かった俺達に与えてくれた道が、こんな悲惨な道でなければならない。
怒りを顕にし、涙を流し、呆然と立ちすくす男。
その男の拳は、煮えたぎるような紅をし、回りに陽炎を作り出している。
紅の色が濃く、熱くなり、
そして、覚醒した。
(な、なんだ?)
鳳凰の鳴き声が止んだ。
尋常ではない暑さを感じ、熱気のする方へと目をうつす。
そこには周りで燃えている炎を黙らせるほどの、それ以上の何かがあった。
原因となっている男の手は燃え滾っている。
徐々にその拳に纏っている炎が全身を覆い、飛んだ。
「ギャォ……」
見えなかった。
彼が飛んだ、と思えたのは土が跳ね上がったのと同時に、彼が消えたから。
そして声のした方を見ると、彼の拳が鳳凰の腹に食い込んでいた。
何が起こったかまったくわからない。
しかし彩斗達にとって有利になったのは確かだった。
「……ギャーーーーーオ――!!!」
腹に喰らった一撃を思わせない鳴き声とともに、体勢を整える。
しかし、先ほどのように耳を塞ぐ必要はないくらいの大きさだった。
とはいえ、さっき飛んだ男は至近距離で聞いたため、音圧で吹き飛ばされた。
すかさず受け止めようと(どうせ無駄だろうが)、彼の落ちると思われるところへ走りこむ。
が、行動も虚しく、空中で1回転し、空中で止まった。
理屈はまったく分からない。
空中での彼と鳳凰の戦いを見ることしかできない。
戦闘は、目で追うことが出来ず、出来ることといえば、時々見える人の姿を人と認識することくらい。
必死に目を凝らしていると、片方が吹っ飛んだ。
吹っ飛んだのは……鳳凰。
そこにすかさず渾身の一撃を喰らわせる。
はずだった。
「そんなの喰らったら、ワタクシのペットが死んじゃうじゃありませんカww」
出てきた神が指一本で拳を受け止めていた。
「まァ、あなた方の勝ちってことでいいデス♪じゃあ次行ってみましょう☆」
あざ笑うかのように指をはじき、次のペットが出てきた。