神
体が急に浮いたのに、不思議と怖くない。
それどころか、ワクワクしている自分が腹立たしい。
高く飛ぶにつれて、徐々に小さくなっていく緑市。
自分が生まれ、育ってきたところ。
心残りが無い、と言ったら嘘になるのは当然のこと。
「さて、見るのは最後になるかもしれない自分の故郷を、しっかりと心に刻み付けられましたか?」
まだ、実感が沸かない。
浮いているのも、人がみんないなくなったのも、事実。
そんな事実を突きつけられているにもかかわらず、こんなことはありえないと、自分の中で否定の念を唱えている。
今見ている緑市だって、世界とは切り離されたただの模型でしかないと言われた。
そんなところを見て心に刻み付けるものなど、あるとでも思うのか?
この男が言っていること、すべてを受け入れることが出来ない。
「無言、と言うことは『もういい』と捉えますね。では――」
空中で止まった。
と思ったら、誰もいない(いるはずがない)ところに手を差し出し、理解不能な言葉を発し始めた。
「我が主にてこの世の創造者よ、天と地の狭間に我が歩むべき道を示し、光あるところに導きを」
こんな恥ずかしいクサイ台詞を抵抗も無しに言ってのけるとは、誰が見たって頭がおかしい人にしか見えない。
何か言ったことに意味あるのだろうか?
「あの、大丈夫ですか?」
「キミは僕がおかしくなったとでも思ったのかい?」
頷くが、やはり不気味な笑顔を絶やさない。
相当気の長い人(?)だ。
「ほら」
彼の指差した方向には、空間を無理矢理引きちぎって出来たかのような大きな穴が開いていた。
その穴に吸い込まれるかのように体は勝手に動き出す。
怖い……
この向こうには行ってはいけない気がする。
しかし体は自由が利かない。
抵抗することも出来ないまま穴へ入った途端、入り口は消えた。
眩い光が収まり、周りを見渡す。
そこは闘技場とでも言うのだろうか?
今自分のいるところが、観客の席によって円の形に囲まれている。
すなわち、自分のいるところと言うのは猛獣達と戦うようなところだ。
出口(入口かもしれない)は閉ざされていた。
自分1人がいるわけではない。
周りには俺と同じように集まったと思われる人たちがいた。
みな年は同じくらいで、高校生くらいだと思う。
ざっと500人はいるだろう。
それほどの人数が入っても、まったく狭いと感じさせない広さを誇る闘技場。
(しかし、何なんだこの服は)
皆、黄一色、青一色、赤一色の服を着ている。
俺は青一色の服をいつの間にか着せられていた。
こんなところに、こんな格好で連れてきて何をするつもりなのか。
ふと疑問に思って尋ねようとしたが、いない。
さっきまで俺の前を飛んでいた白一色の男がいない……
「ハイハ〜イ♪皆さんお静かにネ★」
上からの声にびっくりして、ざわめきが消え去る。
特に大きな声でもないのに、この広い空間に響き渡る。
その声の主は白い仮面と白い服装で包まれ、王座のような椅子に腰掛けていた。
「ワタクシは手紙の送り主の神デスww」
どこかふざけた口調に、ふざけた台詞。
神、そんなものは存在しない。
両親を亡くしたときに抱いた感情。
「ここに呼び出したのは言うまでもありまセン。ワタクシは神の仕事に疲れたのデス。だから今、ここにいる選ばれた人タチの中から神を選出しよう!と言うわけデス♪」
どこからか出てきた紙芝居を手に持ち、ぱらぱらとめくりながら説明を続ける。
「神サマがいなくなっては世界が破滅してしまいマスからネ★」
世界のために戦え、とはそういう意味だったのか。
ふざけている。
「評価はワタクシがしマス。キミ達の服は信号機なのデスww。アオからキになりアカとなる。意味、分かりマスか??」
察しのいい俺はすぐに理解した。
理解したくないことまで理解する、と言うことは嫌なことだ。
神を選出するためには、神が評価をする。
その評価がもっとも高いものが次の神となる。
しかし、神の仕事が嫌になってやめたあいつを見て、神になりたいと思うものはここに集まっている人の半分をきっているだろう。
だから赤の服をずっと着続けるかも知れない。
目の前に神がいる、ということも忘れて。
そんなことでは神が決まらない。
それでは本末転倒。
だから、神はこうするだろう。
信号機に赤の次は無い。
赤を無視して渡るということは、すなわち……
「アカの次は死なのですヨ♪」
そういうのと同時に、手袋をはめた手で中指と親指を合わせ、ピンとはじいた瞬間……
ドゴォン
後ろですごい爆発が起こった。
集まった全員が息を呑んで爆発したところを見ている。
嫌な予感がする。
「ここに集まってくださった人たちは687人デシタ。ワタクシ、奇数は嫌いなもので。アハハ★」
これが……神のすることか――!?
俺の両親を殺した神の卑劣さは、想像をはるかに超えていた。
「ま、見せしめということにしておいてくだサイww。ちなみに着ている服は適当に振り分けたものですヨ。『運も実力のうち』ってやつですかネ♪」
俺は青の服を着ている。
これは運がいいと思っていいのだろうか?
他に死を目の前にして悲しんでいる人たちがいるのに、喜んでいいものだろうか?
「ふざけんな!!俺はこんなことをするためにここに来たんじゃねぇ!!もといた世界に帰せよぉ!!」
突然の罵声。
俺のとなりにいた男だった。
彼は赤の服を着ている。
「よ、よせ!」
無駄な死は出来るだけ見たくない。
俺はすかさず声をかけた。
「うるせぇよ!青着てるてめぇに俺の何がわかるんだよ!俺は死の目の前なんだよぉ!!」
言われた言葉に愕然とした。
赤は死を恐れる。
黄は戸惑う。
青はねたまれ、怒りをぶつけられる。
結局どの服を着たって悪魔が纏わりつく。
「言葉遣いの悪い人は神サマにはなれませんヨ★」
凄まじい音とともに、血を見せることもなく、跡形も無く、吹き飛ばされた名も知らない男。
自然と涙が頬を伝った。
どうしてだか分からない。
地面に突っ伏し、拳をつくり、大地を何度も叩く。
誰だかまったく知らない人なのに、悲しい。
怖いのか?死が……
違う、そんなものではない。
「アララ、奇数になっちゃいましタ……」
笑っているのに、悲しそうな声を出して俺の気持ちを踏みにじる神。
絶対にアイツは許さない。
「アト1人消さないとww」
だれにしようかな、神様の言うとおり、と指で順番に人を指していく。
あいつにとっては人だと思っていないかもしれないが。
「アレ?神サマの言うとおりって……ワタクシ神じゃありませんカ!!」
笑えないジョークを言って、1人で笑っている。
「じゃあ……何ですか、その目ワ?」
誰かを指差そうとして、俺に目が留まった。
土を握り、アイツをにらみつける。
絶対に殺されることは分かっている。
それでも、許せなかった。
「ンー。まぁ、青信号渡っても死ぬときってありマスからネ♪」
屁理屈を言いながら、今度は人差し指と親指で鉄砲のような形を作り、俺に向けて引き金と思われる中指を引いた。
……何も起きない。
「オォーー!!忘れてましタ……1日に消せるの2人まででしタ。命拾いしましたネェ〜」
死んでもよかったのに。
そう思った。
「じゃあ今日の説明はココまで〜また明日☆」
そういうと出口が開き、神は消えていた。