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9話 全ては手のひらの上

「はあ、やれやれ」

 俺はため息が漏れるのを抑えられない。

「どうしてこう、クラス代表たちは俺と接点を持とうとするのか」

 そこら辺を飛んでいるハエを捕まえて解剖したところで誰も褒めてくれないし得るものもない。

 互いに不幸だから詮索は止めて欲しいなと思った。

「けど、華鳳院に滝山、雲道に光莉そして米満かぁ」

 読み上げた自分でも驚くほどネームバリュー。

 この人脈だけで凡人達は俺に跪きそうだな。

「これで彼らから一目置かれなかったら楽しい三年間を送れたのに」

 彼らが俺のことを何とも思ってなければ俺は彼らの目の届かない場所で虎の威を借る狐の如く素晴らしい日々が待っていたのに。

 残念ながら注目を集めてしまった今、当初の予定通りにコソコソと生きることになりそうだ。

「ふむ……クラス代表が六人いて、そして俺は五人知っている状況か」

 もし凡人が俺の思考を読めたのなら、最後の一人からも一目置かれろと急かしているだろう。

 完成したところで自己満意外何も得られないのに、どうして凡人は完成を求めるのだろう。

 凡人が新しい何かを求める限り時代は動いている。

 完成させた瞬間にそれはほとんど役に立たない過去の遺物になり果ててしまうのさ。

「けど、もう一人かぁ」

 俺は最後の一人を思い出す。

 名を大山源一郎。

 高校一年生ながら身長は二メートルを越え、体重は百を超える巨漢。

 俺の情報網をもってしても大山が何かをしたという情報は入ってこない。

 何せ彼は『不動』の代名詞。

 大山自身が動かなくとも、周囲の凡人が大山が望むよう動き回っていた。

「あいつは嫌いだ」

 裏で動く必要も、策を弄する必要もなく凡人を動かす大山。

 普通は凡人が主役のはずなのに、大山はまるで己が主役のように振る舞い、そして凡人もそれを許容している。

 世界の理に反している。

 断じて許すわけにはいかず、俺としてはいつか鉄槌を下したいと密かに思っていた。

「思い出したら気分が悪くなってきた」

 あいつのことは記憶に留めておくだけで良い。

 変に深入りすると大山にちょっかいをかけ、そして取り巻きの凡人に反撃されるのがオチだ。

「さてと、勉強勉強」

 逆恨みするエネルギーと時間があるくらいなら勉強に向けた方がまだマシだ。

「英語の過去形と過去分詞形の違いは何だったかな?」

 俺の苦手な英語を脳内に浮かべることで大山のことを意識から追い出した。


 虫の知らせというやつだろう。

 何故今日に限って大山のことを思い出したのはこれがあると予感していたからなのかもしれない。

 その日の放課後。

 俺は大山の取り巻きの一人に呼び止められる。

「君が時宮君か、少し時間はある?」

 そんな時間などない、という趣旨を婉曲に伝えたのだが奴も中々の強者。

「無理矢理連行されて注目を集めるか、それとも穏便に済ませたいか、好きな方を選べ」

 こいつ、虎の威を借りての威嚇が得意だな。

 そこはかとなく狐に似ている容姿をしているから、今日からこいつの名前は狐男だ。

 と、心の中でレッテル貼りしておいた。

 狐男の案内で招待された部屋にはこいつ含めて五人。

 大山は含まれていないのか。

「大山とやらは意外と無礼なんだな」

 俺は五人を挑発するつもりでそう言い放つ。

 もちろん俺は大山がこうするつもりで呼びつけたなど露ほどにも思っていない。

 恐らく取り巻きの暴走であり、肝心の大山は何も知らないだろうな。

 大山のことを少しでも知る者であれば俺の安っぽい挑発は受け流す。

 しかし、俺の言葉に狐男を除く四人はいきり立った。

「冗談だって、そう本気にしないでよ」

 少しでも大山の人となりを知っていれば受け流すのに、所詮凡人は凡人か。

 これで大山の側近と誇っているから呆れて溜息も出ない。

 何時だって天才や偉人の足を引っ張るのは凡人さ。

 救い難いのは、その凡人を倒したところで徒労に終わることだな。

 スライムを倒したところで誰も褒めてくれないのと同じさ。

「どうして呼ばれたのかな?」

「すでに知っているだろう?」

 打てば響く、鐘のようにノータイムでの返事。

 ま、呼ばれた理由はおおよそ察しがついているけどね。

 伊達に赤子並みの思考である凡人の空気を読んではいないよ。

「大山のことを嗅ぎまわっていたことかい?」

 凡人は他人のことなら知りたがるのに、自分に関わることになるとプライベートなことだと言って拒否する。

「そうだ、どうもネズミがうろちょろしているようでね。少し駆除しようと思ったところさ」

 ネズミねえ。

 残念だが凡人はネズミほど俺を注目していないよ。

 いることすらどうでも良い存在に俺はなりたいんだけどね。

「俺達のクラス、特に大山には一切関わるな、知ろうとするな。でないとお前のクラスは敵と認定する」

 決定事項のようにそう突きつけてくる狐男。

 ふむ、彼には残念だがその要求を受け入れることはできない。

 大山のいるクラスの凡人は彼の一挙一動に注目し、彼の決定が全てを決める。

 大山のことを知らなければ彼のいるクラスの凡人の動向が掴めなくなるだろう。

「おいおい、有名人のことを知りたいのと思うのは人の性だろう?」

 俺は両手をあげて無罪を主張する。

「大山は紛れもなく実力者だ。彼を無視するのはよほどの馬鹿だ」

 こうやって大山のことを持ち上げると、狐男以外の凡人の空気が柔らかくなる。

 ふむ、狐男以外はどうにでもなりそうだ。

 要するにこの集まりはこの狐男が発揮人というわけか。

 こいつ、馬鹿だなあ。

 俺を陥れたいなら凡人を連れてくるなよ。

 確かに俺は知恵もカリスマもないが、凡人に関しては右に出るものはいないと自負しているんだぞ?

「大山は素晴らしい人物だ。その彼を頂くことが出来る君たちが羨ましいよ」

 凡人を手ごまにするうえで最も手っ取り早いのは褒めること。

 特に尊敬している人物や熱中している趣味を褒められた凡人は大抵気分が良くなる。

「知ってるか? 大山ってこういったエピソードがあるんだ」

 俺は情報収集していた大山の武勇伝の一つを紹介する。

 彼らは初めて聞くのか、興味津々な様子で聞き入っている。

「おい時宮。話を逸らせるな」

 この流れは不味いと感じたのか、単にのけ者にされたのが癪に障ったのか話をぶった切ってくる。

「おいおい……えーと」

 そういえば狐男の名前は何だっけ?

「……平沢」

「平沢君か」

 取り巻きの一人がボソリと呟いて答えを教える。

「おい」

 その予定外の行動に狐男もとい平沢がその取り巻きを一睨み。

「どうして彼が怒られるのだか。もし俺が平沢君の名前を知っていればこんなトラブルは起きなかった……初対面ではまず名乗るのが当然だと思うけどね」

 凡人でなく、俺でもなく単にお前が悪い。

 そういったニュアンスを込めての言葉は問題なく平沢に伝わったようだ。

 細い眼がピクピクと動く。

「直接会ってもいいかな?」

 主導権を握るタイミングとしては今がベストだろう。

「どうせなら大山と僕が顔を合わせる場を設ければ万事解決すると思うけど」

「おい時宮。お前は人を笑わせる才能が絶望的にないな」

「笑われる才能はあると思うけどね」

 道化師として。

 表面上の口や態度はともかく、腹の底では凡人は俺のことを軽蔑している。

 その証拠に俺一人が何をやっても現実は何一つ変わらない。

 俺では何も変わらないんだよ。

「ハハハ! その通りだ。悪かった、笑わせてもらったよ」

「そっか、それは良かった」

 多分平沢は愛想笑いを返すのだと思っていたのだろう。

 俺が肩を竦めた瞬間不快気な表情が浮かんだ。

 おいおい、俺は平沢が望むような反応をやってやる義理などないぞ。

「その提案は却下だ、時宮に大山と会わせるメリットは何一つない」

「意図的な省略や止めようよ平沢君。『時宮と大山と会わせるメリットは〝平沢にとって”何一つない』だろう?」

 クスクスと俺は挑発の意味を込めて笑う。

「二度と大山のことは嗅ぎ回るな」

 けど、平沢は俺の挑発に乗ってくれなかった。

 凡人の手前、感情的になるのは不味いと理性が働いたのだろう。

 その選択は正しいね。

 世界の主たる凡人に見苦しい真似などするものじゃない。

「別に僕は大山と会うのに平沢君の仲介が必要なわけじゃないんだよ」

 凡人によくある傲慢に、誰彼のことを知っているのは自分一人、だからまず自分には話を通せと威張ることがある。

 愚かなのは凡人の特性の一つだから仕方ないとはいえ、その視野の狭さには笑ってしまうね。

「滝山君、光莉さん、雲道さん……誰に通してもらおうかな?」

 リーダー同士、同じステージにいる彼らを介してなら大山も会わざるを得ない。

 どうだ、平沢。

 これが日頃の努力のたまものだ。

 お前が虎の皮を借りて威張っている時、俺は排除される危険を冒してまで人脈作りに勤しんできた。

 俺とお前は同じ穴の狢、強者に寄生しなければ生きていけない存在。

「……少し待て」

 平沢は妥協案として猶予を求めてくる。

 平沢の感情も理解できるが、俺としては『はい、そうですか』と頷けない。

「何時まで?」

 期限はきっちり区切ってもらわないとね。

 でないと政治家や官僚の確約のようにズルズルと先延ばしにされてしまう。

 それだと結局平沢の思い通りになってしまう。

「分からん、大山の都合があるからおいそれと返事が出来ない」

「じゃあその間は現状維持ということで」

「それも駄目だ」

「……」

「……」

 期せずして膠着状態に陥った。

 俺としてはこれ以上大山に時間と労力をかけたくないんだけどなあ。

 平沢は大山一人だけを見ていればいいのに対し、俺は他の五人の動向も注視しなければならない。

 俺のキャパが無限大なら問題なかったんだけどね。

 限られているから、要所要所を抑えるしかない。

 やれやれ、滝山や大山はこんな苦労とは無縁なのだろうな。

 キャパが足りないのなら誰か一声をかければその不足分を補ってくれる。

 全部自分自身でやらなければならない身からすれば羨ましいことこの上なかった。

「ねえ、平沢君。一つ聞いていいかな?」

 行き詰ったら『離』に限る。

 兵法の基本だよ。

「米満蓮--彼は僕のことをどう嘯いていた?」

 ある程度確信を込めて問う。

 こういった虎の威を借る狐は非常に操りやすい。

 自分は他人を操っているように思えるが、その実他人に操られている。

 平沢よ、お前も十分人に笑われる才能があるぞ。

「っ」

 ビンゴ。

 俺の口から出て来た名前に平沢の眼が瞬間的に大きくなった。

「何故米満の名前が出てくる?」

「いやあ、ちょっと考えてね。僕と平沢君……滝山のクラスと大山のクラスが反目した場合、どこが得するのかなぁって」

 大山のクラスと滝山のクラスが争って得するのは他の四クラス。

 その中でこういった奸計を好む人物といえば米満が当てはまる。

 まあ、雲道の可能性も捨てきれないが、先日米満と会った際の意味深な笑いからヤマを張ってみた。

「オーケー、理解した」

 俺は平沢から見て得心がいったような表情を作ってみる。

「ちょっと待て時宮。お前は俺が米満の思い通りに動いていると言いたいのか?」

「……」

 俺は否定も肯定もせずただ微笑む。

 これで言質を取られると後々面倒なことになる。

 さあ平沢よ、その無駄に賢い知能で俺の微笑みの意図を想像するんだな。

「くそっ、ふざけるなよ!」

 いい具合に理解した平沢は顔を真っ赤にして吼える。

 このようなタイプは人に操られることを酷く嫌うので当然の反応だろう。

 ……まあ、俺からすれば己が人を操っても、人が己を操ることは許さないっていうのは滑稽でしかないけどね。

「平沢の仮定通りに話を進めると」

 あくまで平沢の話に乗っかった場合と前置き。

「米満にとって一番嫌なのは大山のクラスと滝山のクラスが親密になることだと思う」

 建前はそうだろう。

 しかし、俺の予想とは違う。

 米満にとって二クラスの友好関係などほとんど眼中にない。

 真の目的は俺への嫌がらせ。

 この状況を俺がどう打開するのか、俺の脳裏に裏でほくそ笑んでいる奴の笑顔が浮かび上がる。

「だから僕から提案すると、大山との面会をセッティングして欲しいな。可能ならば定期的なものをね」

 恐らくそれが米満にって最悪の一手になる。

 二クラスの友好はともかく、『何もしない方が良かった』という結果は策を講じる人間にとって許しがたいこと。

 あいつにとっては面白くもない出来事だろう。

 けど、物事はそう思い通りに進まないんだよなぁ。

「大山と滝山との面会なら許す」

 平沢がそう絞り出す。

 米満の思惑はともかく、俺が大山の周辺を探っているのは気持ちの良いことではない。

 米満はあくまできっかけを与えただけであり、俺を呼び出す素地は十分に出来上がっていた。

「分かった、そのことを滝山に伝えておくよ」

 俺は手をひらひらと振って踵を返した。

「……」

 校舎の窓から外の風景が見える。

 夕日に照らされ、真っ赤に染まった高校には多くの生徒がいた。

 俺から生徒--凡人達を見ながら思う。

 理解していることだが、俺にはカリスマがない。

 平沢を始めとした達凡人に信用される何かを持ち合わせていない。

 米満達の思惑を越えるには凡人達の協力が必須。

 だが、肝心の俺は凡人達から信用されていない、動いてくれない。

 だから結局は米満を倒すことはできないだろう。

 数え切れないほど俺はその現実を突きつけられてきたが、何度経験しても痛みは消えず慣れることはない。

「悔しいなぁ」

 その言葉は自然に俺の口をついて出て来た。



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