6話 ひねくれ者の策略
と、まあ中々濃い一日を過ごしたが、世間的には入学式の初日が終わったに過ぎない。
滝山達リーダー陣はともかく凡人達は来月初めの定期テストより目下の部活勧誘に興味があった。
二日目、三日目と時が過ぎるごとに現れてくる勧誘目的の上級生達。
特にスポーツ系の勧誘が熱いな。
ガタイの良い男子や運動神経が良さそうな女子にはかなり多くの上級生が訪れていた。
で、肝心の俺はというと、休み時間は人気のない踊り場で時間を潰し、放課後は一目散に図書室へ逃避していたので巻き込まれることはなかった。
部活などしている時間はない。
常に学年十位以内を取り続けなければ退学になる自分に悠長に遊んでいる暇はない。
いや、それは後付けの理由だな。
部活なんて冗談じゃない。
どうして貴重な時間を使って大嫌いな凡人達と一緒に過ごさなければならないのか。
ストレス性の胃潰瘍を発症させないためにも俺は一人で勉強していた。
そしてさらに数日が過ぎる。
部活勧誘もひと段落し、下火になるこの頃。
滝山がサッカー部に入部したので、滝山目的で部員やマネージャー志望が増える一幕があったが概ね平和。
俺も休み時間のたびに姿を消す必要がなくなり、教室にいる時間が増え始める。
「さて、今日も図書室に行くか」
鞄を肩にひっかけ、目的地へ向かう途中であった。
「またか」
俺はげんなりする。
この先にいる女子生徒。
背は立花と同じぐらい小さいが性格と見た目が正反対なほど違う。
目が見えなくなるほど前髪を伸ばし、背を丸めて不安そうに肩を揺らしている様。
勧誘している以上、上級生だろうが全然そんな風に見えなかった。
「あの……受け取ってくれませんか?」
そんな言葉と共におずおずと差し出されたのは部活の勧誘チラシ。
無視しても良かったのだが、それをするには良心が痛む。
何せこの女子は勧誘期間中、ずっと一人でチラシを配っていたのだが、その弱気さから受け取ってもらえる率は低い。
そして。受け取った後の結果も推して知るべし。
もし現実にマッチ売りの少女がいたらこんな感じなのだろうなと思わせるほど薄幸具合が半端なかった。
「慣れないことは止めておけば?」
人には適材適所がある。
勧誘チラシにはキャラクターがいたり、可愛い見出しがあったりと工夫されてある様子から、この薄幸少女はこういった細々した作業が得意なのだろう。
表に出るような役割は完全に向いていない。
「けど、私しかいませんから」
まあ、そうだろうな。
凡人と接するのが大嫌いな俺でさえ、代わってあげようかと思う程だ。
なのに続行させるというのは良心の欠片もない悪魔か真正のサディストだろうな。
「入ってくれませんか?」
文芸部という全く面白みもない部活動。
書かれている活動内容も、名作小説の紹介や作者の生い立ちといった、凡人にとってはどうでもいいような代物ばかり。
なるほど、これでは凡人が入ろうとは思わないな。
「うーん」
俺には無視するという選択肢があった。
愛想笑いを浮かべながらやんわりと断っても凡人達は何も思わないだろう。
けど、俺にも良心の一片がある。
彼女の状況を何とか出来る手段を思いついた以上、実行しないわけにはいかなかった。
「ええと、名前は何でしたっけ?」
「あ、はい。二年の雨添真紀といいます文芸部に所属しているのですが、部員は私一人です」
やはり一人だったのか。
僕の名前は時宮悟。と、自己紹介しながら予想が当たっていたことを知る。
「お願いします。形だけでも良いので入部してください。でないと廃部になってしまいます」
ちょこんと頭を下げる雨添先輩。
これを無視できるほど俺の心は擦れていないし、サディストでもない。
「僕も少し協力するけど、適任者がいるよ。紹介するから一度会ってみてはいかがかな」
この庇護欲溢れる雨添先輩を救うピッタリな人物を知っている。
何を隠そう、俺が入学式の時にピックアップした六人のうちの一人。
「光莉陽葵という人を紹介しよう」
彼女なら雨添先輩の窮地を救えるだろうと俺には確信があった。
光莉陽葵を一言で表現するなら『お母さん』
本当に同学年なのか? 光莉だけ別の時間を過ごしてきたのではないかと真剣に考えるほど大人びている。
淡く光る髪を軽く波立たせ、十六歳とは思えない成長した身体。
声に出したらセクハラなので絶対に言えないが、胸の大きさは学年でずば抜け、学校全体で見ても北村クラスはそういないだろう。
余談になるが、光莉の胸を三秒以上見た男子はコードネーム『13』に狙撃されるという都市伝説がある。
凡人は中身よりも外見を重視する。
能力や性格を加味すると華鳳院や雲道さんとそう引けを取らないが、光莉は六人の中でも一、二を争うほど影響力が高かった。
「急ごう、出ないと帰ってしまう」
光莉を含める六人の行動パターンは頭に入っている。
本来ならゆっくり歩いても間に合うかもしれないが、俺の隣にいるのは薄幸少女。
間の悪さを発揮して会えない可能性もあった。
「ま、待って……」
緊張と背の小ささのせいか息を上がらせてしまったのは多少の罪悪感を覚えたことを付け足しておこう。
「ああ、良かった」
急いだかいがあった。
光莉はもう校舎を出る直前で、数人の凡人の取り巻きと談笑しながら上履きを履き替えようとしていた。
「おーい、光莉さーん」
凡人達の注目を集めることは不本意だが、今はそんなことを言ってられない。
彼女の取り巻きから敵意と不機嫌が混じった視線を受けてしまったが、代償として我慢しよう。
「あら、貴方は確か時宮君でしたわね?」
「え? 覚えていたの?」
クラスも違うからほとんど接触したことはなかったんだけどな。
「ええ、入学式の時に挨拶しに来たでしょ?」
へえ、その一回を覚えているとか。
どこぞの高飛車姫とはえらい違うな。
「それで、可愛い彼女を連れているようですけど、その自慢かしら?」
「アハハ、それは雨添先輩に対して失礼だよ」
光莉の冗談に対し、俺は遜った返しをする。
光莉も雨添先輩も二人の株を下げるわけにはいかないからな。
「え? 先輩なの?」
光莉の優しそうな目が開く。
どうやら同学年と思っていたようだ。
「ん、そう。文芸部所属の二年雨添先輩。光莉さんに用があるってさ」
俺は一歩下がり雨添先輩の背を軽く押す。
「あ、あの光莉さん。幽霊部員でも良いので文芸部に入ってくれませんか?」
ちょこんと頭を下げ、名刺交換の様に勧誘チラシを出す。
中学生にしか見えない雨添先輩の、その健気な様子は凡人達の心に来るらしい。
取り巻き達の敵意が薄れた。
さて、ここで俺がどうして数ある生徒の中から光莉を推薦したのかを教えよう。
女子というのは可愛いものが好きだという傾向がある。
そして、その中でも光莉はその傾向が相当強い。
「まあ! 何と健気なのでしょう!」
先ほどの淑女然とした姿は何処へやら。
熱烈な抱擁をしたくてうずうずしているように見えた。
「コホン……ありがとうございます、雨添先輩」
漫画ならともかく、現実ではありえないんだよね。
スキンシップが得意な欧米人ならともかく、慎み深いアジア人はそんなことはしないよ。
「非常に興味深い話です。けど、私の立場は安易に頷ける位置にいないのです」
まあ、それはそうだろう。
他クラスの代表を務めている光莉に残された容量はそう多くない。
ここら辺がクラスの中心者になれる由縁だな。
理想と現実の線引きを明確にさせ、出来ないものは出来ないと拒絶する。
対して、凡人達はキャパ以上の成果を出すことを有能な証拠と考え、無謀な計画を立てて失敗する。
計画の段階で無理だと思うのなら止めて欲しいよね。
しわ寄せは全て現場に行くんだよ。
「いやいや大丈夫。僕も協力するから」
確かに光莉一人なら無理だろう。
だから俺も手伝う。
三人寄れば文殊の知恵。
文芸部存続という難題に対し、三人いれば消化できるというのが俺の目論見だった。
「貴方が?」
警戒心を向けてくる光莉。
まあ、逆の立場なら俺もそうしただろうから何も思わんな。
「もちろん主役は雨添先輩さ。僕と光莉さんはサブだよ」
文芸部を残したいのは雨添先輩なのだから、一番頑張ってもらわないと。
組織のリーダーはその組織に対して最も忠誠心があり、献身的な人物がなるべきだ。
「うーん、それでも」
まだ渋る光莉。
やれやれ、意外と頑固だな。
だったら背中を押してやろう。
俺はごく自然な動作で、本人どころか取り巻きすら動けない中、光莉に近づいて耳打ちする。
「断わりたいのなら断ればいいさ。けど、その時は光莉さんの立場はこれまでだ」
光莉と雨添先輩だけならば断わっても問題なかった。
しかし、ここで俺という存在が加わることで実現が可能になったことを彼女は無意識レベルで直感してしまう。
俺の囁きによってはっきりとそれを自覚した光莉。
ここで従来の立場を取ってしまうと小さな傷が生まれた。
本当に小さな、誰も気にしない程度の傷だが、それは毒蛇の如く光莉を蝕んでいく。
凡人はね、自分を信じられなくなった偉人の成れの果てだよ。
「って、光莉さんに一体何をしているの!」
取り巻きの一人がそう叫んだ時には、俺はすでに元の位置に戻っている。
惜しいね、もう少し早く反応しないと君たちの愛する光莉を守れないよ。
仮定の話になるけど、君達が俺を光莉のすぐそばまで行かせなければ彼女は凡人へと貶す毒を入れられなかったのに。
もう少し護衛としての自覚を持ってほしいと考えた俺だが、それを高校生に求めるというのは酷と考えて自重する。
「じゃあ雨添先輩、行こうか」
「え? あ、あの。光莉さん以外の生徒にまだ配っていない」
「いいから、いいから。気にしなくていいよ」
これ以上の長居は無用。
俺は戸惑う雨添先輩の肩を叩き、この場から逃げ出した。
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