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5話 趣味より仕事

「あー、いたいた時宮君」

「うん?」

 幼い声が俺の名前を呼んだので顔を上げてみる。

「滝山君って凄いね。ほんとにいたよ」

「ああ、立花さんか。どうしたの?」

 小さな顔をウンウンと動かしながら納得する表情をする立花に俺は視線を向けた。

「いやいや、先ほどクラス委員会の説明が終わってね」

 終わらなきゃここにいないだろうと突っ込むのは野暮だな。

「で、親睦を深めるために五人でカラオケに行くことになったんだ。と、そこで私が時宮君もついでにどうかな言ったらオッケーされたんだよ」

 立花は事もなげにそう言うが、それを実行するためにどれだけのハードルを越えなくてはならないのか。

 少なくとも警戒される俺では無理だな。

 誰に対しても気安く、皆から愛される立花の提案だからこそ成功したと俺は思う。

「やはり侮れないねえ」

 もしこれを計算でやっていたのだとしたら、どれほど恐ろしいのか。

 滝山や雲道を越え、あの華鳳院すら張り合えるかもしれない。

「そうそう、滝山君は侮れないんだよ。ここに時宮君がいることを推測し、当てたんだから」

 どうやら俺が考え事をしている間に話が先に進んでいたようだ。

 俺の呟きは滝山を称賛したことになっている。

「うん、滝山君も凄いよ」

 正直な話、滝山の推理はどうでも良い。

 俺のカバンに大量の教科書が入っていることを知れば、十中八九図書館にもしくは市営の図書館に行くことは容易に想像できる。

 簡単な推測なのに、それを鬼の首を取ったように囃し立てられれば失笑もいいところだろう。

「迷惑にならないかな?」

 念には念を。

 これが立花の独断なら断るという手もあるが。

「ん~、それはやめておいた方が良いかも。滝山君も他の人も時宮君のことを知りたいみたいだから」

 分かっていたが逃げ場なし。

「分かった。片付けるからちょっと待ってて」

 俺は一つ肩を竦めた後、広げた教科書を仕舞い始めた。


「そうだ、時宮君。お金は大丈夫?」

「全員の分を奢らない限り大丈夫だよ」

「アハハ、じゃあ問題はないね」

 面白い冗談だと立花は笑う。

 ……冗談だと良いんだけどな。

 巷にそういったカツアゲが実在するだけあって笑い飛ばすわけにはいかないだよなぁ。

「でねでね、こういった都市伝説があるんだよ」

 立花は噂好きの話好きのようだ。

 俺が聞いてもいないのに色々なことをしゃべり始める。

 おかげでカラオケ店に着くまで気まずい思いをしなくて良かったと安堵した。

 そして到着。

 立花は慣れた様子でカウンターに近づいて用件を述べる。

「ほら、時宮君も生徒証を出して」

 立花に急かされた俺はぎこちない手つきで生徒証を出す。

「はい、光洋高校の生徒と確認できました。半額の値段でご利用でき、一人一品お好きなものを頼めます」

「おお、それはそれは」

 この生徒証にそれだけの意味があるのか。

「ふっふーん、凄いでしょ。他にも学校指定の場所なら特別料金で大丈夫なんだよ」

 立花さんは薄い胸を張る。

 パンが安くなったり映画が値引きされたりするのか。

 この生徒証にそれだけの意味があると知って目を見張る俺。

「そうそう。地元の人がこぞってこの高校を目指す理由が分かるでしょ?」

 なるほど、良く分かった。

 時間だけは持てあます小中学生が、光洋高校の特別待遇を傍で見ていたら誰だって欲しくなるよ。

 で、入学するために地元の人は競って勉強するとか。

 地元を発展させる素晴らしいシステムだなと俺は感心した。

「よし、じゃあいこっか」

 ちょいちょいと手招きする立花に俺は付き従う。

「おお、来たか時宮」

「どうも滝山君」

 ドアを開けると、見慣れた滝山とあまり接点のない三人。

 彼らが各委員会に選ばれたクラスメイトだろう。

「滝山君と立花さんに呼ばれた時宮悟です、これからよろしく」

 まずは無難に挨拶をし、俺は自分の立場を明確にする。

 凡人は何事にもレッテル貼りを行わないと安心しない。

 それが好評であれ悪評であれ、行ってようやく警戒心を解いてくる。

 物事を一面的にとらえるなど危険でしかないが、凡人はそれをやってしまうんだな。

 ほら、見てみろ。

 残る三人の顔が若干柔らかくなった。

 これが凡人なのだよ。

 自分へのレッテル貼りは烈火のごとく怒り、否定するのに相手へのレッテル貼りはごく自然に行う。

 自分が相手に対してどれだけ失礼なことをしているのかを棚に上げ、相手のみる目のなさを批判する。

 やれやれ、本当に凡人は度し難いよ。

 けど、本当に度し難いのは自分自身かな?

 そんな凡人がいなければ存在できない俺は一体何なのだろう?

「さて、皆が集まってもらったのは他でも何でもない--来月初めの中間テストのことだ」

 光洋高校の中間テストはゴールデンウィーク前に実地される。

 俺にとっては一つの関門。

 そこで五位以内、最低十位以内に入らなければ退学せざるを得なくなるのだ。

「俺達の学年は六クラスある。是非とも勝ち抜き、一番を狙いたい」

 けど、それは俺の事情であり滝山たちの事情は少し違う。

 滝山たちの目標はクラスのアベレージを上げること。

 一人が百点を取るのではなく、百人が一点以上取る道を選ばなければならないのだ。

「そこで学年首席の時宮に聞きたい。時宮はどうやって勉強している?」

「勉強方法を聞かれても……」

 俺はどう答えればいいのか分からず口ごもる。

 学問に王道なしと昔から言われているように、簡単な道などありはしない。

「教科書の内容を完全に理解し、そして文章を丸暗記すれば満点を取れるとしか言えないけど」

 テストの範囲は高校指定の教科書のある部分だけと決まっている。

 つまりそこを暗記すれば、よほどのひねくれ教師に当たらなければ九割九分取れる。

「下手な参考書を何冊も買って解くよりかは一冊の教科書を熟読した方が確実としか言いようがない」

 いや、これはマジだって。

 凡人よ、そんな冷たい目で見られてもそれが唯一の確実な方法なんだよ。

「ハハハ、さすがは優等生の時宮だ」

 この微妙な空気を吹き飛ばすかのように滝山は笑い飛ばした後、真面目な顔を作る。

「で、時宮。教科書すら読まないクラスメイトの点数はどうやれば上がる?」

 おいおい、教科書を読むというのは絶対条件であり、そこを外すというのは論外だぞ。

 滝山を含め、ここにいる皆は他の方法で代用できると思っているが、断言しよう。

 教科書を読む以上の有効なテスト対策など存在しない。

 そんなことを考えている俺をよそに五人は教科書以外の方法を模索する。

 要点を纏めて皆に配布するとか、成績優秀者の勉強法を発表するとかそういった方法ばかり。

 ……この流れは不味い、どんどん不毛な議論に傾いていく。

「危機感を持たせたらどうかな?」

 なので俺は一つ提案する。

「他のクラスはどれだけ勉強しているかとか、もし下位に陥ったらどれだけ特権がはく奪されるかを軽い嘘を交えて噂を流せば皆は信じるよ」

 凡人は愚かだ。

 確かな情報源よりも根拠の不確かな噂の方を信じる傾向にある。

「クラスメイトが『このままでは不味い』と思い始めたら占めたもの。滝山達の思い通りに勉強し始める思うけどなぁ」

「へえ、それは中々良いアイディアだな」

 滝山が大きく頷く。

「時宮の言う通り、俺達に出来るのは水場にロバを連れて行くことであり、実際に飲むのはロバ自身--クラスメイトがやる気にならなければ百計も何の意味もない」

 俺的には、クラスメイトはロバでなく空を飛んでいる鳥なんだけどなあ。

 クラスメイトら、鳥が怒って暴れ出したら俺達は空中に放り出され、最後には墜落する哀れな乗り人だと思っているのは内緒だ。

「うんうん、それじゃあどんな噂を流す?」

 立花の言葉によって大勢はそちらの方に流れた。

 前から思っていたが、滝山達は一定の方向性さえ与えれば中々の働きをするんだな。

 全員を巻き込み、喧々諤々の議論を行う。

 カラオケルームのフリータイムは二時間。

 その間、滝山達は一曲も歌うことなく定期テストに向けて話し合っていた。

次の投稿は3/30です。

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