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4話 不遇の天才

「本日はこれにて終了です。けど、委員会に選ばれた生徒は残ってください」

 給金やら待遇やらを説明しなければならないので滝山達は居残り。

「さて、図書室にでも向かうか」

 役職なしの俺は一つ伸びをして立ち上がる。

 来月のゴールデンウイークが明ければ定期テストが待ち構えている。

 そこで俺は学年十位以内に入らなければ転校決定。

 ようやく見つけたこの場所を守るため、俺は勉強しに行った。

 図書室の大きさは学校の学力に比例するらしいが、実際はどうなのだろうな。

 ワンフロア丸々図書室。

 古今東西、あらゆる資料、英語中国語韓国語に対応した書籍の数々。

 なるほど、県内で一、二を争う程充実した図書室だとパンフレットで謳っていたが、誇張ではなかったようだ。

 ただ、それを凡人が喜ぶかどうかは別問題だよな。

 図書室に入った俺はあまりに少ない人数に寒気を感じる。

「どんなに立派な施設だろうが、大多数の凡人が見向きしなかったら学校の自己満で終わるだけだ」

 お固い本よりも青少年向けの文学作品やライトノベルを置いてくれればなぁと思う。

 そうすればこの寂しい風景も少しはマシになるのにと俺は残念に感じた。

「さて、と」

 十人用テーブルを俺一人で占拠し、教科書を広げる俺。

 教科書というのは高尚な知識を凡人にでも理解できるようかみ砕いた代物。

 ある出来事や公式を、物覚えが悪いのに一読しかしない凡人に理解させようかと苦悩している作者の様子が目に浮かぶ。

 あるページは鼻歌を歌いながら、あるページは七転八倒しながら一ページ一ページ作り上げていく。

「クックック……」

 作者の苦労を想像していると知らず笑いが込み上げてきた。

「ねえ、君」

「うん?」

 肩を叩かれたので顔を上げる俺。

 横には見知らぬ女子生徒が俺を気味悪そうに見つめていた。

 ……やってしまった。

 そりゃあ、図書室で何の面白みもない教科書を笑いながら見ていたら誰だって引くだろう。

「アハハ、忘れてくれるとありがたいなぁ」

 虚ろな笑い声を出したのは仕方ないと自己弁護してみる。

「あれ?」

 声をかけてきた女子生徒に見覚えがある。

 ストレートロングな黒髪に機械のような無表情。

 人間味を感じさせない造形美を持った女子生徒。

「雲道理恵子さんだよね?」

 時刻が正確ならば、まだ委員会の説明会が開催されている時間のはずだ。

 ここにいるはずがない。

「ええ、よく知っているわね」

 俺が予測した、この学年の中心に立つ六人の内の一人が俺の隣にいた。


 少し話をしたいから場所を変えようと提案すると、難なく了承してくれる。

 時間を取らせたのは俺だから飲み物を御馳走すると言ったのだが、それはすげなく断られた。

「貸し借りはあまりしたくないの」

「なるほど。けど、もう少しオブラードに包んだ方が良いよ?」

 凡人は行為を無碍にされたと感じると敵意を覚えるからね。

 必要な敵ならともかく、不必要な敵は作らないに越した方が限る。

「意外だったんだよ」

 微糖コーヒーを一口後、俺はそう切り出す。

「俺の予想ではクラス代表、最低でもどれかの委員会に属していると思っていたから」

「どうして一目会っただけそんなことが分かるの?」

 雲道さんは俺のことを警戒しているようだ。

 まあ、教科書を笑いながら読んでいた人からそう呼ばれたら誰だって一歩引くよね。

 何とも言えない悲しい気持ちになったのは脇に置こう。

「オーラかな」

 俺はジョークを言ったつもりはない。

「俺はこう見えて人を見る目があってね。雲道さんのようなタイプは早々に頭角を現すんだよ」

「貴方、口が上手いわね。さぞかしクラスでは人気者なのでしょう」

「教科書を読んでにやける変人に褒められて嬉しいか?」

「いいえ、全く」

 ここでようやく雲道さんは興味を持ったようだ。

 薄い唇を軽く吊り上げる。

「貴方の言葉が正しければ、どうして私が委員会にいなかったの?」

 どうやら雲道さんは戯言遊戯をご所望らしい。

 お付き合いしますよ、お姫様。

「まあ、愚かなのが凡人だからねぇ」

 組織として見るなら、優秀な人間を上に置いた方が万人にとって幸せだ。

 が、凡人はその当たり前の理屈をすんなりと受け入れない。

 嫉妬や我見、偏見や付き合いがどうしても邪魔をする。

 間違った人選を行ってしまうのは往々にしてあることだ。

「けれど、愚かだが素直なのも確か。そう遠くない未来、雲道さんがクラス代表になる日が必ず来るよ」

 愚にして賢なのが凡人の特性。

 今のクラス代表よりも雲道さんの方が何倍も優れていることが徐々に表れてくる。

 その時、凡人は手のひら返しをするかのように雲道さんを押し上げるだろう。

 しかし、問題が一つ。

「トップ交代を上がすんなりと受け入れられるかねぇ」

 凡人は地位にしがみつき、脅かす者を徹底的に排除する。

 今はともかく、近い将来トップ交代が現実味を帯びてきたらどうなるか。

 陰に陽に、苛めや迫害が起こるだろう。

 果たして雲道さんがそれに耐えきる覚悟があるのか。

「私がならないと言っても?」

「いやいや、凡人を甘く見てはいけないよ。ならないのならあらゆる手段をもって雲道さんがならざるを得ない状況を作り出すよ、どんな犠牲を払っても」

 学年最下位になろうとも、学級崩壊の危機に陥ろうとも構わない。

「雲道さんがならないというなら構わない。そのクラスメイトと一緒に心中すればいいさ」

 立つべき人物が立つべき時に立たなければどうなるか。

 答える必要もないね。

「ふうん、それが貴方の見解ね」

 遊女のような淫蕩を放つ笑みを雲道さんは浮かべる。

「私が拒否すればするほど私と周囲の状況はより悪くなっていくと」

「そゆこと。雲道さんは一つの時を逃した。なっていれば苦難を受けずに済んだのに」

 今のクラス代表がどんな謀略や根回しをしたのか知らないが、それを乗り越えていれば問題はなかった。

 この失敗は後々尾を引くだろう。

「なら、一つ賭けをしない?」

「賭け?」

「そう、賭け。一か月以内に私のいるクラスがどうなっていくか。良くなれば私の勝ち、悪くなれば貴方の勝ち」

「勝算のない賭けはしない方が良いよ」

 華鳳院や滝山レベルがいるならともかく、どんぐりの背比べなのが実情だ。

 最高で現状維持、悪くなっていくのが普通だろう。

「俺が勝てば?」

「そうね。貴方の希望通り、私がクラス代表になってあげましょうかね」

「何それ?」

 それは賭けというのだろうか?

「だってそうでしょう? 貴方の言葉を見る限り、私にクラス代表をやってほしいみたいじゃない?」

 相応のメリットはあるのでしょう?

 と、言外に訴える雲道さん。

「まあ、あるといえばあるな」

 隠してもしょうがないので俺は肩を竦めて白状する。

「ライバルは一人でも少ない方が良い」

 俺は自分の鞄を小突く。

 恐らく雲道さんは相当頭が良い。

「成績優秀者であることを維持するため、雲道さんは委員会の雑務に追われて欲しかったんだよ」

 四百人中、十個の椅子を取り合う壮絶な戦争。

 有力なプレイヤーは一人でも脱落して欲しい。

 中途退学という汚名はご免被るよ。

「アハハ、それは大層な理由ね」

 ジョークを言ったつもりはないのだが、雲道さんは初めて満面の笑みを浮かべる。

「そう。確かにね。五番以内に入った私は確かに強力なライバルだわ」

 まあ、雲道さんならそれぐらい上に行くだろう。

 一目見ても相当な切れ者で、図書室の住人と来れば賢いのは明白。

 潰せてよかったな。

 俺は内心安堵する。

「そして、私が勝ったらだけど」

「何かな?」

「貴方の知っていることを全て話してちょうだい。過去に何があってそんな考えを持つようになったのか興味があるわ」

 俺自身に興味を持つとか。

 凡人に寄生している輩を調べても時間と情熱の無駄だと思うけどね。

「はいはい、分かりましたよ」

 お姫様が決めたことに文句を言っても時間の無駄だ。

 それ以前に、俺が絶対勝つから意味はないんだけどな。

「そうそう、時宮君?」

「うん?」

 貴方、ではなく苗字を呼ばれたことに俺は現実に戻される。

「時宮君は私を誤解しているわ。クラス代表になったからって、成績が下がるわけではないのよ」

 見てなさい、学年首位も取って見せるわ。

 カツカツ、と。

 小気味のいい、自信の溢れた靴音を鳴らしながら雲道は俺の前から去っていく。

「……ふむ」

 その背中を見た俺は無意識的に頭をかく。

「失敗したかなぁ」

 これなら、何も知らせない方が俺にとって良い結果になったと後悔するが、すぐに意味のないことだと気付く。

「まあ、俺が何を思おうと、どう行動しようと凡人の前には無力さ」

 この世界の主役は凡人。

 凡人が世界のルールを決めているのであり、俺達は従う側。

 凡人が本気で雲道をクラス代表に推し、さらに学年トップまで望むのなら俺に止める術はない。

「頑張るといいさ」

 その無力さは俺だけでなく雲道にも当てはまる。

 彼女がどう思おうと、結局は凡人の前に屈する。

「さあて、勉強勉強」

 干渉するだけ損だと考えた俺は勉強に戻ろうと足を動かした。

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