3話 クラス内での駆け引き
「皆さん初めまして。私の名前は神楽文子です。これから一年間よろしくお願いします」
担任となる神楽先生が頭を下げる。
新人教師なのか年は二十代前半。
眼鏡の奥から理知的な光が瞬いているが、経験が浅いのか不安が隠れていない。
大学時代は秀才として、単位を取ることに必死な同級生を後目に見ていたのだろうなと思う。
ま、未知なる凡人達に対して恐怖心を持っているということだ。
気を付けてね神楽先生。
愚かなのに、無駄に嗅覚が鋭い凡人はその隙を見逃したりしないよ。
「おお、いいねぇ」
「先生って彼氏いるの?」
案の定、数人の生徒が囃し立てる。
先生は本来なら注意すべきだが、尻込みしているせいか今一つ反応が鈍い。
ふむ……ここで一つ先生に貸しを作っておくか。
こういった些細な貸しは後日思わぬところで役立ったりする。
俺はごく自然な動作で手を上げる。
「神楽先生、滝山君が何か言いたいようですよ」
「え? ああ、神楽先生、もっとしっかりしてください。でないと佐々木と内田は調子に乗りますよ」
突然の指名に滝山は眼を見開いたものの、すぐに動揺を打ち消して笑みを浮かべ、そう忠告する。
「ご安心を、こいつらはただ騒ぐのが好きなだけです。根に持つことはありませんから」
「ちょ、滝山?」
「それを言うなよ~」
声を上げた二人が甲高い声でそう叫ぶ。
その様子に先生はおろかクラスも笑いに包まれる。
「あら、そうなの。だったら二人には厳しくいこうかしら」
もう神楽先生には恐れがない。
ハキハキと話し始めた。
(サンキュ、滝山君)
俺はそういった意味を込めて親指を立てると。
(どういたしまして、死ね)
と、いう意味で微笑みながら中指を立ててきた。
「さて、各委員会を決めたいと思います」
クラス全員の自己紹介を終えた後、神楽先生は艶のある唇を動かしてそう宣言する。
各委員会。
通常ならあってもなくても関係なく、学校によっては存在すらない委員会。
しかし、この高校は違う。
学校独自の制度の一つとして、各委員には給金が支給され待遇が保証されていた。
成績優秀者といい、委員会といい、この制度を生み出した人物は凡人のことをよく理解しているな。
名誉や正義感よりも具体的な報酬に目を引かれるのは凡人の性。
そこを上手くついた良い案だと思う。
その証拠に、クラスメイトの雰囲気が大きく変わった。
「上から順に学級委員に風紀委員、図書委員に体育委員そして美化委員。一番下の美化委員であっても高校から月一万円が支給されるでしょう」
神楽先生の顔は笑っているものの、目が光っている。
誇張でもなんでもなく、真実のようだ。
「まず初めに美化委員、立候補者は」
「「「はい」」」
クラスの大半が即座に手を上げた。
手を挙げた生徒の特長は少しだけ野心のある能力のない凡人。
自分は無能に近いけどお零れに預かりたいのでとりあえず美化委員ならなれるかなという凡人。
手を上げていない生徒は俺のように最初から諦めている者や、滝山のように自信がある者だけである。
「大分上がりましたね。けど、委員会はクラスに各一名ですので、投票で決めましょうか」
神楽先生は分厚い紙の束を取り出す。
「この用紙に推薦人と自分の名前を記入して下さい。なお、推薦者の名前は公表しませんが、得票数は記しますね」
「「「えー!」」」
完全な勝負に生徒から不満の声が上がる。
それは当然だろう。
これは一種の実力開示。
得票数が少ないほど今後の立場が変わってしまう。
凡人は群れることを好むがゆえ、少数派に置かれることが耐え切れないのさ。
「うーん、これは不味いかな」
そうこうしている間に神楽先生は用紙を配ろうとしている。
配る前に行動を起こしておかなければ面倒なことになりそうだ。
正確には弱い者苛めが勃発。
恐らくこの中でぼっちの部類に入るであろう俺が標的になる可能性が高いので、ちょっとばかし細工をさせてもらうか。
「おーい、滝山君。僕は立花さんに入れるつもりだけど、君はどうする?」
俺はわざと全員が聞こえる音量で滝山に聞く。
立花は美化委員に立候補していたのでおかしなところはない。
「え? 俺? どうしようかな」
滝山は困ったように微笑むが誰に投票するかは答えない。
ベストは立花さんの名前を挙げてもらうことだったが仕方ない。
俺の立場がクラスの皆に知れ渡ることが大事。
これで弱い者苛めの標的になることはないな。
と、安堵した俺の視線の先に偶然立花さんの姿が映る。
「……イエイ」
感謝のつもりなのか、満面の笑みでピースする彼女の姿があった。
……ものすごくどうでも良いが、やはり立花さんは小動物っぽいな。
サラサラの髪をとても撫でたくなる。
そして投票の結果、めでたく立花さんが美化委員に就任することになった。
「はい、それでは次の委員会を決めます」
残る委員会に入ったメンバーの顔ぶれを見て面白いと思う俺。
四十人も集まればそれなりに派閥が出来る。
滝山を除く、派閥の上位三つに所属するメンバーがクラス代表以外の三委員会に就任していた。
そして、クラス内トップの地位を持つ代表に満場一致で選ばれたのが。
「ええと、二回目になるが俺の名前は滝山雅也。皆の期待を裏切らないよう頑張るかな?」
我らがヒーロー、滝山である。
五つの椅子のうち、滝山派閥が二、それ以外が一という結果。
過半数は取れていないが、他より有利という中々の立場。
クラス内の方針はこの五人が決めるそうだから、かなりの確率で滝山有利に進むだろう。
「これで俺も一安心」
苛めにある確率がグッと減ったことに俺は内心安堵した。
次回は16日に投稿します。