最終話 凡人に平伏す者は
時を少し遡る。
最下位という結果になったが、凡人の感性によって見た目は何も変わっていない。
本格的な変化はまだまだ先だろうなと思いつつ、俺は席に着いた。
「ねえねえ、時宮君」
「うわ!?」
俺は思わずオーバーリアクションを取る。
クラスメイトからの壁ができて以来、表立って声をかける人がいなくなったからだ。
「わわ、びっくりした」
「ああ、ごめん立花さん」
俺に声をかけてきたのはクラスのマスコットこと立花さん。
クラスメイトの中で最も信頼している生徒だ。
いつも天真爛漫な立花さんが頭を重たそうに振りかぶりながら呟く。
「私達、最下位なんだよね」
「まあ、結果を見ればそうなるね」
どれだけ言い繕っても結果は覆せない。
凡人が本気になればその限りではないが、少なくともクラスメイトは従うようだった。
「これって避けられなかったのかな?」
「いやあ、どうだろ」
俺は思い詰めている立花さんを放っておくことが出来ず、口を開ける。
「適切な手段を取っていればここまでの大負けはなかった。例え僕が排除されても」
手段はいくらでもあった。
孤立した俺を、滝山はそれでも信用するんだと宣言し、重用し続ければ。
もしくは俺を徹底的に叩き、俺なしでもやっていけるとクラスメイトに焚き付ければ。
表面上口を利かなくとも、裏で俺と接触を続けていれば。
「まだマシな結果だっただろう」
己惚れるつもりはないが、勉強に関してはクラスメイトの誰よりも出来る自信があった。
「滝山君が悪いとでも言うの?」
「まさか、立花さん」
立花さんの眼が吊り上がる。
言い過ぎたか。
俺は謝罪の意味を込めて頭を下げる。
「何の行動もとらなかった僕にも非がある。けれど立花さん、クラスからここまでの仕打ちを受けておきながらもなお献身的行動を取れるほど僕は人間が出来ていないよ」
傍観すれば俺にも被害が及ぶというのならともかく、大嫌いな凡人のために積極的に俺は動かんよ。
俺はそこまでの愛と正義を持っていな--。
「……滝山君なら取っただろうね」
ポツリとした呟きにも満たない言葉だが、俺にとっては耳元で怒鳴られたぐらいの衝撃が走る。
「華鳳院さんも、雲道さんも、光莉さんも、米満君も、大山君もきっと取っていたよ」
「……それは素晴らしい献身だ」
俺は笑顔を維持しながらそう答えるのが精一杯。
そこか?
そこが選ばれた者と俺との違いなのか?
利害や打算を抜きにした言動を取るがゆえに凡人から選ばれる。
否定したいが、俺の口から何も出てこない。
誰よりも俺自身が彼らならそうすると断言できてしまう。
もちろん献身とか正義感とかそんなちゃちな理由からじゃない。
全てを敵に回してでも成し遂げたい野望・目標が凡人を敵に回すことを厭わさせない。
果たして俺にそんな気概を持てるのだろうか。
立花さんから突きつけられた言葉に俺は硬直する。
「ところで時宮君。貴方は私達の上に立ちたいの?」
「……分からない」
本音を言えばご免被る。
上に立ちたいがあまり、凡人に尻尾を振る愚か者になり果てたくない。
けれど、しかし。
世界の主人公たる凡人の上に立ち、従えられるという誘惑は。
魔性の美女の如く、俺の心に絡みつき、言葉を濁らせる。
「全てはクラスメイトが決めることだ」
辛うじてその言葉をひねり出す。
俺がどう熱願しようとも、クラスメイトが認めなければ唖人の妄言に過ぎない。
「僕はそれに従おう」
「ふーん、分かった。ありがとう」
その答えを聞いた立花さんは一歩後ろに下がる。
いつもの俺であればその不自然さを心に留めていただろう。
しかし、心を千々に乱されて今の俺は、立花さんが下がったことの安堵で一杯だった。
そして、俺は回想を終える。
今思えばあれが最終確認だったのだろう。
俺がクラス代表に相応しいか。
正確に言えば、このクラスをまた成績上位に引き上げる力を持っているか。
立花を始めとしたクラスメイトは厳密に協議をした結果、許可が出た。
最下位という屈辱を跳ね除けられるのなら、一度拒絶した俺を担ぎ上げるという厚顔無恥な真似をクラスメイトはしてきた。
これが凡人の強みだな。
散々非難してきた者に頭を下げる、こんな恥知らずな真似、俺にはとてもできそうにない。
「それが、クラスの総意ですか?」
俺は立花さんに確認を取る。
本音は様々なことを聞きたい。
何故こんな真似をするのか、滝山をなぜ裏切ったのか、そこまでして特典が欲しいのか、等々……
しかし、全ては凡人クラスメイトの意志という答えになるだろう。
それほど凡人は強い。
「うん、そうだよ。だから時宮君--」
「私は納得していない!」
立花さんの言葉を遮るように一人の女子生徒が立ち上がって叫ぶ。
確かあの人は滝山ファンクラブの一人だったな。
滝山のグループに憧れているが、能力に見合っていないので外部サポーターに落ち着いた凡人。
彼ら彼女は滝山ラブなので、滝山関係はすべてに優先されると考えている。さて、どうしよう。
クラス全体を確認。
ほとんどが中立派で態度を決めあぐねているといったところか。
ふむ、場合によっては俺はこの場から引き摺り下ろされる可能性もある。
その理由も面白いが、そうなると俺だけでなく立花さんの立場も危うくなる。
それは不味いだろう。
俺はこの場をやり込めるため口を開く、が。
「伊笹木さん、これは俺も認めているんだ」
制止したのは他でもない滝山だった。
彼は端正な顔を沈痛な表情を浮かべて続ける。
「クラス最下位、これが一回だけなら俺も認めない。けどな、どう足掻いても浮上する未来が見えないんだ。このままクラスを最下位の汚名を被り続けることは俺自身が許せない」
滝山よ、それは俺を用いない限りという言葉が抜けているぞ。
けど、無理なんだろうな。
それが出来るならば交代などならなかっただろう。
「だから頼む。伊笹木さん、そして皆」
滝山は立ち上がって頭を下げる。
「時宮を一度信じてくれ。彼ならこの状態から引き揚げてくれる」
まあ、成績面だけという条件ならそうなるだろうな。
滝山が作り出してきた和気あいあいの空気は消え去ると思うけど。
俺がそんなことを考えている横で、クラスメイト達は腹を決めたようだ。
皆が俺に信任の眼差しを向けている。
お膳立ては整った。
俺には進むしか選択肢がない。
俺は意を決して息を吸う。
「新たなクラス代表に立候補する時宮悟です。もし僕がクラス代表になったのならクラスの成績を最低三位以内に上げて見せましょう」
成績の向上、それが俺が選ばれた理由。
凡人の意に沿うのは癪だが、否定すればそれ以上の苦難が待ち受けている以上、従わざるを得ない。
「時宮君を新たなクラス代表とすることに賛成な生徒は挙手を」
先生が最後に決を採る。
答えは--見るまでもなかった。
凡人だ、世界は凡人が回している。
神も、制度も、国家も何もかも凡人には敵わない。
一時には抑えつけることも出来るだろう。
しかし、いずれは上から引き摺り下ろされてきたのは歴史が証明している。
俺の父もそうだった。
父には誰も敵わない。
一国の主である総理大臣でさえ父の意向を無碍にできなかった。
幼い俺は何度もそんな父に反抗し、そして消えない傷と共に屈服させられてきた。
母を追い出そうとした父に歯向かうも、あえなく撃沈。
もう父には敵いそうにない。
俺の中で父が絶対に逆らってはならない人物になった時、父が失脚した。
その原因と経過、止めは誰が差したか。
それは一山いくらの凡人だ。
どこにでもいる凡人を父が無碍に扱ったのがきっかけとなり、炎上。
地位も力も才もない凡人が父を追い出すために結託した結果、呆気ないほど簡単に父は負けた。
もう父はいない。
凡人は二度と立ち上がらないように命まで奪った。
その光景を見た俺は心に決めた。
凡人だ、世界は凡人が回している。
何故なら、あれだけ強大だった父をいとも簡単に葬ったのだからな。
後はあとがきで終了です。
ここまでお読みいただき、誠にありがとうございました。




