21話 やはり凡人だ
時の流れ早いもので、あっという間に期末テスト前。
すでに他のクラスが勉強モードに入っているのに俺達のクラスは何処か気が抜けている。
恐らくクラスメイトはどうにかなると思っているのだろうな。
中間テスト二位という結果が悪い意味での確信を与えている。
これは本当に愉快なことになる。
その事実に気づいている者は滝山を始め、数人いるが彼らは何の役にも立っていない。
このクラスは和気あいあいとした良い雰囲気である反面、その流れに変える者がいないという欠点を持つ。
その欠点が最悪の場面で発揮されていた。
「まあ、頑張ってね」
俺は誰にも聞こえない音量で、誰に向けてもいない励ましを送る。
凡人に嫌われた俺がどう足掻いたところで徒労に終わる現状、何もしない方がましだ。
「さてと、勉強勉強」
俺は俺のやるべきことをやろう。
すなわち学年一位という結果を得るために。
テスト前になると当然部活動も中止になる。
それは我が文芸部も例外でないのだが、俺を含めた部員達は全員部室に集まっていた。
その理由はというと。
「ほら、雨添先輩。ここの公式を使うんですよ」
理数系が超絶ピンチの雨添先輩のため特訓だった。
……一年が二年に勉強を教えているという矛盾は横に置いておく。
「ひ~ん」
俺の指摘に情けない声をあげる雨添先輩。
「時宮君」
「ああ、光莉さん。分かっている」
何も言う必要はない。
頭を抱えて懊悩する雨添先輩の姿で共に悶えよう。
何故か俺と光莉は好みが合うんだよな。
特に雨添先輩については前世が一緒だったのではと錯覚するほどである。
「薄々気づいていたけど、雨添先輩って理数系がてんで駄目なのね」
華鳳院がペンを回しながらつぶやき。
「こんなもの、適当に公式を当てはめるだけでしょうが」
雲道もそれに続く。
おい天才ども、それは出来る者の考え方だ。
鳥に飛び方を聞いてもうまく説明できないのと一緒。
そんな不思議そうな顔をすると余計に雨添先輩が傷つくぞ。
「うう……」
「よしよし、雨添先輩。大丈夫ですよ」
泣く寸前の顔になった雨添先輩は光莉の胸に抱かれ、頭を撫でられる。
その様子はまるでお母さんと子供だ……実際は雨添先輩の方が年上なのに。
雨添先輩のことは光莉に任せよう。
なので俺のするべきことといえば。
「華鳳院に雲道、何度も言うように先輩を敬え」
どうも華鳳院と雲道は凡人の雨添先輩を下に見ている節があるので注意しておく。
「この中では雨添先輩が一番偉いんだぞ」
年齢だけでなく多数決な意味でも。
雨添先輩に喧嘩を売るということは俺と光莉にも喧嘩を売ることと同義。
いくらお前らが組んでも三対二で負けるんだぞ。
「分かりましたわよ」
「ええ」
二人とも不服そうな表情だが、事実を事実と認められるほどの度量を持っているので従ってくれた。
集中勉強という名の雨添先輩の成績向上隊の活動を行っている内に期末テスト日を迎え、結果発表の瞬間が来る。
「期末テスト、学年一位--五百点、時宮悟」
「ほ」
今回も満点で学年一位を勝ち取れた。
知らず胸をなでおろす。
個人順位で意外だったのが雲道の躍進。
あいつ、華鳳院を抑えて二位だった。
「うぐぐ……次は負けませんわよ!」
貴族を連想させる美貌を憤怒に歪ませながら華鳳院は歯ぎしりする。
華鳳院、頑張れ。
でないと永遠の三位という不名誉な称号がついてしまうぞ。
「次は学年一位ね」
「へえ」
そして雲道は至極当然という風に宣言する。
その怜悧な顔に自信という名の微笑を貼り付け、傲岸不遜なその言葉。
「面白い」
俺にとって最大の娯楽は何か。
それは勘違いした天才どもの顔を屈辱に歪ませることだ。
しばらく味わっていなかったその感触を思い起こさせてほしいね。
と、個人順位はそうした少しの変化で済んだのだが、問題はクラス間順位である。
上から順に--大山、華鳳院、米満、雲道、光莉、そして……滝山。
前回は二位までいった俺達のクラスが最下位という結果が待ち構えていた。
「まあ、それでも影響は軽微だが」
クラスは驚くものの、滝山降ろしをするまでに至っていない。
今回は何かの事故、次は大丈夫と自己保身の考えに走っているのだろう。
「頑張れ、頑張れ」
クラスから孤立していた俺には何の関係もない。
だから俺は嘲笑を含めた激励を口の中で転がした。
「……時宮」
「なに、心配する必要はないよ」
俺は滝山の肩を叩く。
「クラスメイトは滝山のことを認めている、これぐらいで変えたりはしない」
ぶっちゃけ大半のクラスメイトはこれまでの優遇を失ったことにそれほど悲しんでいない。
それよりも安定。
滝山の最大の長所はクラスの安定を最優先に考え、そのビジョンを共有させることにある。
「ほら、現実はこう」
教室の前にまで来た俺は滝山の背中を押す。
するとクラスメイトから生暖かい歓迎で迎え入れられた。
「ドンマイ、ドンマイ」
「気にする必要はないぜ」
「私達は私達よ、だから大丈夫」
滝山の責任を追及する凡人はいない。
当然だ、そんなことをしたら自分たちの未来が不安定になる。
凡人は変化よりも安定を求める--例え徐々に衰退していく安定だとしても。
「だからさ、問題はないんだ」
今の俺達のクラスは徐々に温度が上がっていく水に入れられたカエルのよう。
死ぬ寸前まで自分達の危うさが分からない。
そして気づいた時にはもう手遅れ。
「好きなようにやるといいさ」
俺には関係がない。
例えクラスが万年最下位であろうと俺は学年トップを取り続けるのであれば問題はない。
「付き合うさ、最期の最期までね」
この位置から俺はこのクラスを看取ろう。
滝山に慰めの言葉をかけているクラスメイト達という凡人が望む光景を見ながらおれはそんなことを考えた。
凡人は神と一緒で、その言動を完璧に先読みすることは不可能に等しい。
その事実を俺は失念していた。
確かに大多数の凡人は滝山の続投を求めている。
しかし、少数派ながらそれに不服と感じている凡人もいる。
その凡人グループの特徴は学年二位という恩恵を享受していたクラスメイト達。
カラオケやカフェといった放課後の楽しみを謳歌していた凡人達。
今日から突然値段が二倍になったんだ、単純計算で遊ぶ回数は半分に減る。
俺や滝山達なら自制し、受け入れただろう。
けどな、大多数の凡人は違うんだ。
減ったことを受け入れられず、死に物狂いで奪還しようと考える凡人達。
その筆頭が--
「て、ことで私達は滝山君を罷免し、時宮君をクラス代表に推薦するね」
クラスのマスコットこと立花明日香。
大きな頭をゆらゆら揺らしながら、彼女は満面の笑みを浮かべていた。
恐らく次かそのまた次でラストです。




