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20話 時宮悟という人物

 米満との食事はその話題で終わる。

 俺自身、敵である米満にこれ以上情報を与えるのは嫌だったし、そこも米満は了承していたのだろう。

「また一緒に食べようね」

「それはご免被る」

 苦渋たっぷりの表情でそう言い切ったのだが、米満には何のダメージもなかったことを追記しておこう。


 勉強、部活、勉強、部活の繰り返し。

 辛くは感じない。

 何故ならすでに予想されていたことだったから。

 遅かれ早かれ父のことがばれ、友人を含めたクラスメイト全員が俺と距離を取り、孤立無援の高校生活を送る未来。

 しかし、その予想とは少し違っていた。

 それは部活の面々。

 雨添先輩の存在や、オマケとして光莉や華鳳院、雲道達の存在。

 俺がどう振る舞おうとも受け止め、時には忠告してくれる彼女達がこれほど救いになることは思っていなかった。

「凡人が群れるのを好むわけだよな」

 廊下を歩きながら俺は喉を鳴らす。

 ありのままの自分を認めてくれる存在というのは本当にありがたい。

 特に弱っている時はその恩恵を強く感じる。

「いけないと頭では分かっているのだが」

 どうしても拒否できない自分がいる。

 クラスでは壁が出来てしまった以上、凡人達クラスメイトに媚びる必要はなくなった。

 まあ、拒否されない様最低限の愛想は振りまくが、以前よりずっと楽だ。

 そして授業が終われば部活内で盛大な嫌味合戦。

 時にはリアルファイト寸前までいってしまうこともあるが、そこは雨添先輩と光莉のフォローで最後の一線は越えずに済んだ。

「このまま時が過ぎれば良い」

 愚かな凡人達と一定の距離を保つ半面、気の合う仲間たちと馬鹿をやる高校生活。

 悪くはない。

 と、俺は思い始めていた。

 しかし--

「時宮、話がある」

 思い詰めた表情の滝山を見た俺は、ぬるま湯から引きずり出された感覚に陥った。


「今のクラス状況をどう思う?」

「共通認識が、僕と接触するなということ」

 開口一番俺がそう告げる。

 それが滝山の望む答えでないことは知っているが、どうしても言わずにいられなかった。

 どうも俺は滝山や米満といった凡人に認められた人には嫌味を言ってしまう性格なんだよね。

 人はそれをひがみと呼ぶ。

 どや。

「何故そんな誇らしげな顔をする?」

「マジな突込みは止めてほしいな、悲しくなる」

 何で俺って今、どや顔したんだろ?

 今更ながら恥ずかしくなる。

「時宮……」

「はいはい、真面目に答えますよ」

 俺は肩を竦めて降参のポーズ。

「ほとんど緊張感が感じられないね。次の期末テストが面白そうだ」

 理由は分かっている。

 クラスメイトのほぼ全員が俺の作った要約ノートを忌避したためだ。

 坊主憎けりゃ袈裟まで憎い。

 しかもそれが勉強という凡人にとって嫌なものであることが拍車をかけていた。

 俺と父には一定の関係があるにしろ、父と俺が作ったノートとの間には何もないだろうに。

 どこまで凡人は父を叩くつもりなのか。

 すでに父はこの世におらず、仮にいたとしても何の後悔も抱かないというのが滑稽だ。

「どうしたら良い?」

「ん~、まあ次善案として別の人のノートを使うとか?」

 クラス代表である滝山もなかなか頭が良い。

 彼のノートならばまだ見てもらえると俺は思う。

「それは無理だ。時宮並のノートを作るには何もかも足りない」

 まあ、そうだろうな。

 学年トップという学力に加え、凡人が理解しやすいことを念頭に置いて作ったノート、そして満足できるまで時間をかけられるという俺のノートが、クラス代表かつサッカー部のエースの滝山に劣るはずがない。

「けど、それしか手段がない」

 滝山でさえその状況、他のクラスメイトのノートは語るべくもなかった。

「やはり時宮の存在をクラスメイトが認めるしか」

「出来ないことを言うのは止めようよ、滝山君」

 滝山の言葉を俺は遮る。

「君には絶対に出来ない、クラスメイトはそんなことをするために滝山君を代表に認めたわけじゃないだろう?」

 滝山が代表に選ばれたのは自分達クラスメイトを悪いようにしないから。

 自分達が悪と決めた俺を肯定する働きなんて求めちゃいない。

「心配しなくともクラスメイト達は順位が下がったから滝山君を降ろすことなんて考えないよ」

 クラスメイトが滝山に託した理由--それは安定。

 例え下り坂であろうとも滝山降ろしは考えられない。

「クラスメイトも馬鹿じゃない。ちゃんと見ている」

 このままいけば悪い未来が待っていることも、それを滝山が変える力がないこともクラスメイトは全て知っている、それでも変えようとしない。

 クラスメイトがそうであるならば、何もすることはないだろう。

 何せ凡人達クラスメイトが世界の中心なのだから。

「僕のことは気にしなくて良い。何せもう居場所を見つけたから」

 クラスで認められなくても、俺には文芸部という場所がある。

 針の筵状態である俺をどうにかしたいという思いは、余計なおせっかいにしか思えなかった。

「……時宮、お前は何も思わないんだな。クラスメイトが誤解や偏見で攻撃してこようと、弁解も釈明も、反撃もしない」

「それはもう、凡人達クラスメイトに逆らう愚かさを知っているから」

 俺は両手を広げる。

「この世界を回しているのは正義でも、理屈でも、国でもリーダーでもない大多数の愚かな凡人達、俺なんていう小さな存在はちょっとの気まぐれで吹き飛ばされるハエのような存在さ」

 だから俺は何も思わない。

 思うだけ、反撃するだけ徒労に終わり、無意味なのだから。

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