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2話 クラスのボスとマスコット

 後はトントンと進み、担任が来るまで教室内で待機。

 どうしてだろう。

 心なしか皆が俺を避けているようだ。

 考えられる原因としては--。

「あれだよなぁ」

 先ほどあった華鳳院さんの件。

 ああいう態度が許されるからには相当上位ヒエルラキーに位置しているのだろう。

 睨まれたらごめんだから様子見と。

「はぁ……」

 やれやれ、どうして凡人は必要以上に華鳳院を恐れるのか。

 君達が本気を出せば学内程度のヒエルラキーなどすぐに変えられるのに。

 歴史を紐解けばすぐにわかる。

 王、皇帝、神、科学……

 過去には凡人達の上に立つあらゆる存在がいた。

 しかし、それらは全て凡人達の手によって引き摺り下ろされた。

 それらに比べればたかが一高校のヒエルラキーなど比べるまでもない。

「まあ、俺は華鳳院など気にしないさ」

 彼女にどう思われようが俺は一向にかまわない。

 構うべきはただ一点、凡人達の動向。

 彼らの敵意が俺に集まらないように立ち回れるならそれで良い。

「ねえねえ、時宮君?」

「……はい!?」

 と、そんなことを考えていたせいか、俺を呼ぶ声に気づかなかった。

 なので声が裏返ってしまう。

「わわ! ビックリしたよ」

 俺が大声を出すとは思わなかったのか、声をかけてきた生徒も一歩下がった。

「ええっと、君は?」

 ブレザーにスカートという服装だから女子生徒だ。

 身長は結構小さい、恐らくクラスで一番前になるだろう。

 愛らしい顔立ちに大きな瞳、これは可愛がられるタイプだろうな。

「そっか、自己紹介がまだだっけ?」

 小柄な女子生徒はポンと叩く。

 こういうアクション一つ一つが可愛さを引き立ててくる。

 狙ってやっているのか、それとも天然か。

 多分天然だろうな。

 狙っていたのなら俺は確実に覚えておくべき人物リストに加えている。

 凡人達をある程度とはいえ、動かせられる人物は頭角を現すのが常だからな。

「私の名は立花明日香、生まれも育ちもここ光洋台だよ」

 ビシッと敬礼のポーズ。

 俺は軽く敬礼を返しながら応答する。

「僕の名前は時宮誠、これからよろしく」

 まあ、無難な返答だろう。

 しかし、それに納得しないのか立花さんは不満顔を浮かべる。

「うん、よろしく。ところで時宮君の出身は?」

 ……そこか。

 そこを聞いてくるか。

 思わず引き攣りそうになった顔を俺は全力をもって抑える。

 聞かないでほしい、知らないでほしい。

 絶対に教えるわけにはいかない。

 そう、俺の父の存在とその所業を知られたらここにはいられないから。

「どうでも良い中学と出身だよ」

 立花さんの評価が下がってでも答えるわけにはいかないんだ。

「まあ、とにかく」

 この手の話題は不味いので関心を逸らそう。

「これからよろしく、立花さん」

 俺を微笑みながら軽く頭を下げる。

 これが同性なら手を差し出したのだけど、立花さんは異性だからね。

 馴れ馴れしい態度は慎んでおこう。

「んもう、水臭いなぁ。はい」

 ただ、立花さんはお辞儀が不満だったようだ。

 軽く唇を尖らせ、そして右手を差し出す。

「友好のサインは握手。これ、基本だよ」

 そう説教されてしまった。

「ああ、ごめんごめん」

 情報が少なかったとはいえ、立花さんから堅苦しい人間と思われたのは失点だ。

 とはいえ、もし手を差し出して気味悪がられたら場合によっては高校生活が終了してしまう。

 一対多数なら容易に反応が予想できるけど……やはり一対一の人間関係は難しいな。

 俺は内心で溜息を吐いた。

「でねでね、時宮君」

 挨拶も終わったし、このまま去るかと思いきや、更に話題を繋げようとする。

「実は会って欲しい人がいるんだ」

 立花さんの視線の先。

 そこには男三人と女二人のグループがあった。

「……」

 ざっと視線を走らせる。

 クラス全体を見渡してもあれ以上の何かを持つグループはないな。

 加えてあのグループの中央にいる人物--滝山雅也。

 俺の中で覚えておくべき人物の一人。

「うん、分かった」

 遅かれ早かれもう一度接触しなければならなかったし。

「ありがとう、立花さん」

 その機会を作ってくれた立花さんに礼を述べた。

「ほい、滝山君、連れてきたよ」

 立花さんは真っ直ぐに滝山の元へ行って紹介する。

 滝山雅也--クラスヒエルラキーのトップに立ち、学年ヒエルラキーでも上位が確定している生徒。

 百七十台の俺より高いのに痩せている。

 涼やかな容姿に懐にナイフを隠していそうな危険な香り。

 仲間想いの優しそうな雰囲気だが、必要な時は躊躇せずに仲間を切り捨てるタイプだな。

 救いに思えるのは決断を下すのは感情でなく理性である点か。

 合理的な理由がない限り、決断はしないだろうな。

「どうも、滝山君」

 そんな思いを胸に秘め、微笑みながら頭を下げる。

 挨拶のポイントは付かず離れずの距離意識。

 そこを間違うと邪険に扱われるので気を付けなければならない。

 幸いにも俺はそういった社交辞令的な挨拶を何度も経験している。

「うん」

 少なくとも俺の眼には不快そうな印象を与えていなかった。

「こちらこそよろしく、時宮」

 俺は頭を下げたのに滝山は頭を下げない。

 つまり俺よりも滝山の方が立場が上だということがこの場で決まった。

 それで良いと思う。

 凡人の関心が集まる立場など土下座をされたってごめんだ。

 凡人から注目されたくない、具体的には凡人の悪意など二度と受けたくなかった。

「二回目だな」

「ああ、そうなるね」

 入学式の前に挨拶したことを覚えているのだろう。

 普通はこれだよ? 華鳳院さんがおかしいんだ。

 俺が正しかったことを知り、少し安心した。

「時宮、俺は驚いたんだ」

「うん?」

 驚いたのは分かるけど、驚いた事実も教えてほしいよね。

「もしかして華鳳院さんの一件?」

「そう、それそれ」

 ポンと手を打つ滝山君。

「華鳳院さんはこの辺りの地主の一人娘だからな。ああいうふうに面と向かって言い返す人物がいたのは驚きだ」

「え? そうなの?」

 華鳳院さん、光洋台周辺のボスの娘だったのか。

「ちなみに中学まで一番、誰もが首席合格すると思っていたから余計にね」

 才気煥発に加え、強力な後ろ盾があるのか。

 なるほど、ならばあの傲岸不遜な高飛車な性格になっても不思議はあるまい。

 凡人は常に己より下の人間を求める。

 性格は良いが全く能力がない者や、性格は最悪だが突出した能力を持つ者を凡人は好む。

 そんな彼らを見て凡人は己を慰めるんだ。

『ほら、見てみろあいつらを。あんな奴らに比べれば俺はマシな方だ』

 表では如何に取り繕おうとも、裏でそう馬鹿にしていることだろう。

「可哀そうだね」

 華鳳院さんを憐れむ。

 凡人のピエロとして持ち上げられ、そして嘲笑されている彼女に思わずそう口走ってしまった。

「可哀そう? それはどういう意味だ」

 スッと滝山の眼が細くなる。

 不味い、俺は滝山の地雷を踏んでしまったらしい。

「なんでもない、新参者の戯言として流してもらえるとありがたい」

 少し苦しいかな?

 もう少し上手い返しは出来ないのかと俺は嘆く。

「……」

 この沈黙は非常にまずい。

 滝山の眼が段々座っていることから、火消ししないと大変なことになると判断した。

「ところで……どうして滝山君は僕が華鳳院さんの悪口を言うと怒るんだか」

 反感を持つのが普通、庇う意味が分からない。

「ああ、俺の両親は華鳳院家の専属弁護士なんだ、だから麗香を幼い頃から知っている」

 なるほど、幼馴染という関係か。

 それなら馬鹿にされると悔しいよな。

「ごめん、失言だった」

 素直に謝った方が得策だ。

 俺としてはこれで終わりたかったのだが。

「おいおい、それで終わらせるなよ。どうして麗華が可哀そうなのかその理由を教えてくれ」

 どうやら滝山にとっては流せない話題らしい。

 失敗をやらかしている身なので変な受け答えは出来まい。

 俺は観念して述べ始める。

「華鳳院さんのあれ、ああいう態度しかとってこなかったと思う」

 微塵も疑いなく居丈高に詰問する様子。

 恐らく幼少期から対等な人物がいなかったのだろうな。

 自分より上か下か。

 そんな人物に囲まれて育ってきているように思える。

「……」

 沈黙は肯定。

 滝山の態度が正解だと教えてくれる。

「才能は決して低い方じゃないけれど……多分地方のボスで終わるんじゃないかな?」

 正確には凡人のおもちゃ。

 最低な人物として陰口を叩かれ、正義の味方が現れて成敗されたらまた嗤われる悪役として振る舞う未来しか見えないよ。

「なるほど、理解した」

 滝山は理性で物事を判断できるようだ。

 若干納得がいってないような表情だがこれ以上聞かない。

「けどな時宮、気を付けろよ。そこまで言うと俺だからこれで済むが、他の者は引いてくれるとは限らんぞ」

 ご心配なく滝山君。

 君みたいに深く突っ込んでこなければ悪口など言わないよ。

「それじゃあ、席に戻るね」

 もういい時刻、そろそろ教師が来る。

「ああ、呼びつけて済まなかったな」

 滝山の許可が出たので俺は遠慮なく自分の席に戻った。


次回の投稿は3月9日です。

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