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19話 父の所業 中編

「時宮君、私は時宮君の中で風倉史郎がどんな極悪な存在なのか分からないけど」

「吐き気を催す邪悪だ」

 人間、あそこまで鬼畜じみた所業を嬉々とした表情で出来るのかと思ったよ。

「私はその風倉史郎に憧れる」

「……正気か?」

 俺は思わず雲道の顔を凝視する。

 いつもと変わらない澄ました表情と、いつもと違う熱っぽい瞳。

「敵対する者には容赦しない、神だろう悪魔だろうが平気で牙を剥く。そしてそのための方法は問わず、あらゆる手段を以て排除する……素晴らしいと思わない?」

 これ、マジなやつだ。

 どうやら雲道は会ったこともない俺の父に魅了されてしまったらしい。

 まあ、父にはカリスマ性があったからな。

 雲道のように賢いが危険な人物を惹きつけてやまなかった。

 さすが思い出しくもない父なだけある。

「父に惹かれるのは止めておけ」

 だから俺は忠告しよう。

「父を心酔し、幸せになった人などいない。父の代わりに悪事に手を染めるか、それとも身代わりとして警察に捕まるかのどちらかだ」

 自分で自分の人生を壊した者は自己責任で片付けられるが、巻き込まれた何の罪もない友人や家族にはさすがに同情の念を抱かずにはいられない。

「悪魔だよ、父は」

 俺は溜息と共に言葉を紡ぐ。

「本当に、生まれてこなければ良かった存在なんだ」

 世の中には本当に危険で、息の根を止めるしか手段がない極悪人が存在する。

 その生きた見本が父だった。

「時宮君って風倉史郎の息子よね」

「否定したいが出来ない事実だ」

 もし神様が一つだけ何でも叶えてくれるなら俺と父との繋がりを完全に消し去って欲しいと願うほどな。

「つまり時宮君は風倉史郎のように振る舞うこともできるのよね」

「……」

 俺は雲道の眼を見る。

 爛々と輝いた眼が何故か狂信者を彷彿させる。

「ダークヒーローになってみない?」

 雲道は続ける。

「関わり合いたくないほど嫌いなのに何故か目から離せない。恐怖と策略で裏から学園を支配する魔王なんていう存在に憧れたりはしない?」

「……熱はないよな?」

 思わず素で雲道のおでこに手を当てる。

「ちょっと時宮君。いきなり女性の額に触れるなんて失礼じゃない?」

「ああ、ごめん。あまりにとち狂った発言をするからつい、ね」

 雲道の抗議に俺はパタパタと手を振って弁解する。

「とち狂ったって……私は本気よ」

「尚更怖いぞ」

 こいつ、頭のねじが二、三本飛んでしまったのではあるまいな?

 まともな思考と常識を持っているならばあんなあんな発言は出てこないぞ。

「雲道さん。何か不満でもあるの?」

 何かあるのだろう。

 風倉史郎という限りなく猛毒に近い劇薬に手を伸ばす以上、それに頼らざるを得ない状況が雲道にあるのだと俺は推測する。

「そうね。このままだと学年一、二は大山のクラスと米満のクラスに固定されるからよ」

「「「……」」」

 雲道から飛び出した意外な発言に爆発寸前だった華鳳院も、笑みを浮かべ続けていた光莉の動きが止まる。

「大山のように地で王道を歩むクラス、そして米満のように覇道を進むクラス……そう遠くない未来に上位を独占するでしょうね」

「高確率でな」

 クラス代表である六人のそれぞれの力量はそう大差はないだろう。

 しかし、団体戦競争という一点に絞れば大山と米満が相当なアドバンテージを得る。

 クラス間競争は大山と米満のいるクラスで争われる。

 俺と雲道はその点で一致していた。

「だから少し協力して欲しいの」

 雲道は嗤う。

「その二クラスを潰すまではいかなくとも、どのクラスにもチャンスはある状態にまで足を引っ張る……あの風倉史郎を傍で見続けた時宮君なら可能でしょう?」

 固定された未来など、それが面白くもないのであれば全部壊してしまいたいってか。

 まるでおもちゃを取り上げられた子供のような言い分だが、その張本人が秀才の雲道だとはね。

 まあ、雲道の本質については後で考えようか。

 俺は指を組んで自分の考えを述べる。

「全ては凡人が決めることだ」

 上位の争いがその二クラスに固定されることを凡人が望むのであれば俺は何もしない。

 しかし、それを不服と凡人が思うのであれば俺は然るべき手段を取らなければならない。

「頭から否定しないのね」

「凡人の考えなど誰にでも出来ないからね」

 凡人はやろうと思えば禁じ手だろうが暗黙の了解だろうが平気で行使する。

 そうである以上、俺もフリーハンドで臨まなければ状況に対応できなくなる可能性があった。

「凡人が決めたことなら時宮君は従うことを知れて良かったわ」

 雲道は頷く。

 どうやら雲道は俺の信念を再確認したかっただけか。

 だからあんな危険で挑発的な言葉を使ったのだろう。

「あら? 私の顔に何かついている?」

 とぼけた顔でそう聞く雲道に俺は一言。

「ああ、とんでもない悪魔が背後についている」

 雲道はこれから凡人を誘惑する。

 全ては大山と米満の二人が元凶だ。

 自分たちの幸せは彼らに奪われていると吹聴するだろう。

 雲道のような危険人物が俺の父を増長させ、魔王に仕立て上げられたのだと考えた時。

「……そういえば一度だけ父と将棋をうったな」

 数少ない父との日常の一幕が脳裏に浮かんできた。

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