16話 手のひら返し
俺の高校生活は変わらない。
授業を真面目に受け、休み時間は滝山や立花さんと雑談。
放課後は文芸部で活動し、帰宅してから寝るまでの間に勉強する。
二文、いや一文でも説明できそうな何の面白みのない高校生活。
しかし、それで良いと俺は思っている。
凡人が望むような波乱万丈な高校生活など送りたくはない。
理由は、俺の人生はまだまだ先があるから。
高校が終わると同時に人生終了なら考えるが、現実問題として八十近くまで生きる。
八十年だ。
まだ人生の四分の一も生きてはいない。
十七の俺は助走期間にすら入らない準備期間。
準備期間というのはひたすら地味な反復練習を繰り返し、心身を慣れさせる時。
目立つ準備運動など準備運動ではない。
俺はそう言い聞かし、今日もまた変わらない高校生活を送る。
「いやあ、時宮君。おはよう、素晴らしい朝だね」
「そうだね素晴らしい朝だった」
お前に会うまでは。
最後の一言は当然言わない。
批判した言質を取られると後が面倒だ。
特に眼前の人物--米満になると尚更な。
不必要に毒蛇とダンスを踊るほど俺はチャレンジャーではない。
けどなあ。
「? どうかした?」
「……」
わざわざ米満が俺に声をかけてきた理由。
表情は相変わらずの笑顔--しかし、観察してきた賜物か悪巧みであることが読める。
「僕に何か用?」
「あれ? 今回は足を止めるんだ」
「いやだなあ、その言い方だとずっと僕が無視していたみたいじゃないか」
「アハハ」
「ウフフ」
はた目にはにこやかな朝の挨拶だと見えるだろう。
実際は五十代を超えた政治家レベルの腹の探り合いだけどね。
少なくとも高校生がやるような芸当じゃない。
「いやあ、面白い話を聞いたんだよ」
「へえ」
続きを促せと目で合図。
「風倉史郎県会議員って知ってる?」
「……」
そうか。
ついに辿り着いたか。
何時かはこうなると覚悟していたが、実際に来るとキツイな。
「知ってるも何も」
崩壊の音が聞こえる。
これまでこの高校で築き上げてきた評価が崩れていく。
知られたくなかったのに。
一時は死ぬことも覚悟していたはずなのだが。
「風倉史郎は僕の父だよ」
何故か俺は震えることもなく、淡々と答えられていた。
噂というのは広まるのが早い。
米満が積極的に広めなくとも今日のお昼時にはほぼ全ての生徒が知ることになっていた。
「……」
好機と侮蔑の入り混じった目線。
凡人というのはとにかく人を貶めたがる。
誰かを貶めたところで自分が偉くなるわけがないのに、どうしてか他人を貶すのを止めない。
俺を悪者扱いしても期末テストの難易度は変わらないのにな。
「ねえねえ、時宮君」
凡人達は臆病だ。
聞きたいことがあったとしても、その際に己の安全を確保できなければ聞こうとしない。
まあ、それは構わない。
けどな。
その汚れ役を他人に押し付けようとするのは止めて欲しいな。
「ん? どうした立花さん」
その汚れ役を仰せつかったのはクラスの人気者立花さん。
やれやれ、立花さんもこんな俺への尋問なんかしたくないだろうに。
凡人に持ち上げられた凡人は本当に大変だ。
「あの噂って……本当?」
表面上だけ聞くとフレンドリー精神で、あくまで気になったから聞くという雰囲気を醸し出す立花さん。
実際は緊張気味なんだけどね。
目の奥が震えている。
なんというか、この空気を作り出す才能に俺は素直に舌を巻く。
少しでもいいから俺もこれが使えたらもっと楽しい日々を送れただろうな。
「僕が風倉史郎の息子だということ?」
「うん」
コクリと、小動物のような動作に一瞬ほっこりしたのは内緒だ。
「ねえ、嘘だよね。時宮君があの悪名高い風倉元議員と血が繋がっているなんて」
「……」
残念ながら真実だ。
認めたくないが俺の中には確かにあいつの血が混じっている。
人を人とも思わず、自分以外の全ては自分のためにあるのだと信じて疑わず、単に暇だったからという理由で簡単に人間を破滅に追いやってきた人の皮を被った悪魔。
父がいなければどれだけの数の人間が平穏無事に送れたのだろうな。
しかし。
「この街には何の関係もない」
例え父が悪魔であろうと、表の肩書は県会議員。
遠く離れたここまで影響を及ぼすことはなかった。
つまり外国で起こった出来事と変わりないのに。
「否定……して欲しかったなぁ」
立花さんの諦観めいた表情が示す通り、まるで関係者の如く振る舞う。
凡人様お得意の正義ごっこ。
まるで己が正義の代弁者の如く何の関係もない人を叩いて悦に入る。
やられた方は堪らないよ。
通信教育ってこんなに大変だったんだ。
2年で卒業できるかな?




