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15話 一つの禁忌

「僕を孔明の生まれ変わりだとかおもっていないか?」

 俺は頭をぼりぼりとかく。

「僕の答えは変わらない。テスト範囲を完璧に覚え、先生の話を全て記憶すれば九割九分は取れる」

 正攻法が、必勝法があるならそれを選択した方が良い。

 なのに凡人はどうしてか変な選択肢を選びたがる。

 危険だと、不確定にも拘らず、それを選ぶことが勇気だと勘違いし、そして失敗する。

 本当の勇気とは失敗を失敗と認め、一歩踏み出すことだよ。

 全く、凡人は度し難い。

「まあ、時宮の言い分も分かるんだけどな」

 俺の答えを予期していたのか滝山は苦笑気味に俺の背中を叩く。

「誰だって時宮のように勉強の才能があるわけじゃないんだ。時宮のように記憶力が良いわけじゃないんだ」

「……」

 滝山よ、それは違う。

 俺は勉強ができるのではなく、記憶力が良いわけでもない。

 必要だったから、この凡人が主人公の世の中で生き抜くために身に付けざるを得なかった能力だ。

 滝山の言葉は百獣の王であるライオンが鳥に対して『君は空が飛べてすごいな』と褒めるようなものだ。

 そう褒められた鳥はこう返すだろう--『だったら私と君の姿を交換してみるか? 空を飛べなければ地上の誰よりも弱い私を羨ましいと本気で思っているのか?』。

 褒める相手と部分を選ぶのだな。

 必要だったから身に付けた能力を褒められたところで嬉しくとも何ともない。

「まあまあ、そういった話はまた今度にしようじゃないか」

 関と別の委員会、笠山は笑顔で俺と滝山の仲介に入る。

 笠山はクラスのお調子者で、時折考えなしの言動を行うものの、どこが憎めない印象を持つ。

 愛嬌は大事だな。

 もし俺が笠原と同じことをすれば即刻クラスからのけ者にされる。

 凡人は学年一位の俺よりもお騒がせ者の笠山を優遇する、優越感を得たいがために。

 ピエロとしての立ち位置を凡人から要求されているのを果たして笠山は理解しているのか。

 どちらにせよ、ああはなりたくないな。

「せっかくクラスの代表が揃ったんだ。今は祝勝会として前の分も歌おうぜ」

 そういえば以前は一曲も歌わず、ドリンクも飲んでいなかった。

 皆、それほど熱心だったということだろう。

「それじゃあ俺からいくぜ」

 反対意見も出なかったので笠山はタブレットで歌を入力する。

「じゃあ次は俺で」

 場の空気を読み取った滝山は一瞬だけ顔を歪めた後、タブレットを受け取る。

 心の中でどう思おうともリーダーは凡人の期待を裏切ってはならない。

 一見しただけだと、滝山は率先して先ほどまでの固い空気をなかったことにしようとしていた。

「所詮俺達に出来るのはラクダを水辺に連れて行くことだけか」

 水を飲むか否かはラクダ次第。

 乗り手がこれから先、灼熱の砂漠が果てしなく続いているのだと説明しても、愚かなラクダ--凡人は水を飲もうとしなかった。


「すまん、時宮。頼む」

 カラオケ終了後、各自解散した時に滝山は俺に近づいて話し出す。

「時宮の見立て通り、クラスメイトも委員会のメンバーも有頂天に陥ってしまった。

 このままだと次の期末テストは悲惨な結果になるのは火を見るより明らか。

「念のため、二通り作成してくれ」

 滝山の依頼は要約プリント二パターンの作成。

 一パターンは中間テスト二位を取ったモチベーションを保っていると仮定した超ムズの要約内容。

 あれを覚えられたら九十は固い……覚えられたらの話だけど。

 もう一パターンは必要最低限の、だらけ切ったクラスメイトであっても取り組んでもらえるような甘めの要約内容。

 二位は厳しいが三位なら何とかなるという程度の難易度である。

「ん、分かった」

 期末テストまで約二か月。

 それぐらいの期間があれば余裕をもって作成できるので俺は安請け合いした。

「お前には迷惑をかけてばかりだな」

 滝山がポツリとそう零す。

 気にする必要はないんだけどなあ。

 凡人共の無茶な欲求に比べたら滝山のなど鼻歌交じりでこなせる。

 滝山は賢いので行動が予測しやすいし、成否をはっきり口に出してくれる。

 察せ、とばかりに無言の訴えをしてくる凡人より遥かに接しやすいよ。

 畜生、凡人が世界の主人公でなければなあ。

 と、俺はこの世界の不条理について溜息を吐いた。

「別に、僕も美味しい思いをしてるからお相子だよ」

 これは本当だ。

 滝山の友人というネームバリューを俺はフル活用している。

 頭が良く、スポーツも出来てルックスも良い滝山のファンは多く、俺はそのファンと接触するのに滝山の名前を使っていた。

「けど、それはクラスのためなんだろ?」

「まあね」

 集めた情報は取捨選択し、滝山に進呈。

 俺よりも滝山から言った方がクラスメイトは動いてくれた。

「有名税を納めておかないとね」

 凡人は基本自分より上の人物を妬み、引き摺り下ろしてくるのだが、それを避ける方法が存在する。

 一つは何らかの貢献。

『俺だったらこんなに働いてまで目立ちたくないな』と凡人に思わせるほどの献身を行うことで目立つことを黙認してくれる。

「これでクラスメイトの嫉妬と妬みを買わないと思えば安いものだ」

 凡人の妬みほど恐ろしいものはなく、凡人の責め程苛烈なものは存在しない。

「ハハハ、本当に時宮はずれているな」

 滝山は、俺が過剰に凡人を恐れていると笑う。

 滝山よ、それは違う。

 凡人の悪意は想像を絶する。

 何もかも、それこそ人間の尊厳や権利だけでなく生命すら危ぶまれる。

 凡人の怒りを買うということはそういうことだ。

「……まあ、知らなければそれにこしたことはないか」

 小さくなっていく滝山の背中を見ながらそう思う。

 世の中には知らなくて良いこともある。

 凡人の怒りもその一つだ。

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