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13話 一つの結果


 そういったトラブルがありながらも定期テスト前の部活動禁止期間、本番、そして結果発表まで滞りなく行われる。

 この高校の変わったところの一つとしてテストの結果発表は全校集会の最中に行われることだった。

「まず初めに個人発表から行います。一学年。一位、五百点、時宮悟。二位、四百九十八点、米満蓮。三位、四百九十点、華鳳院麗香。四位、四百八十八点、雲道理恵子。五位、四百八十点、滝山雅也--」

 一位を取った俺は一安心。

 これで二か月の猶予が与えられた。

「さて、次は期末テストだな」

 期末テストは今回の中間テストも範囲に入ってくる。

 どこを抑えようかと脳内で算段を付けていた時、右隣の華鳳院が小声で耳打ちしてきた。

「……あの問題を解けましたの?」

 華鳳院が言っているのは五教科テストのうち、最後に設けられた設問。

 生徒に満点を取らさないという、凡人教師の変な意地の塊は確かに難易度が段違いだった。

「偶然だよ、偶然。ちょっと興味があるところを勉強したらたまたま出ただけだ」

「一、二問ならともかく五問全てがたまたまと?」

「うん、そう」

 俺は肯定するが華鳳院は全く信じていない。

 よく見ているじゃないか華鳳院。

 そうだ、真面目一辺倒でとれる点数は四百九十点。

 つまり華鳳院の点が最高。

 それ以上の点数を取ろうと思えば。

 左にいる米満に視線を送ってみる。

「フフフ」

 すると米満は意味深な笑みを浮かべる。

「……まさか君も教師を味方に付けていたとはね」

 問題を出す教師をこちら側に付け、情報を引き出す。

 俺が日頃から担任の神崎先生と親しくしていたのはこの時のためだった。

「碌な情報をくれないポンコツ教師だったけどね」

 仕方ないとはいえ、テストに関する情報をリークするんだ。

 馬鹿正直に教えてしまったら教師のクビが飛ぶゆえ比喩や暗喩を駆使してきた。

 そうった事情を抜きにしても、鼻薬をかがせて教職免許を取ったのではと勘繰るほどのお花畑内容に頭を抱えたのは一度や二度じゃなかったよ。

「まさか君がもう一度トップを取るのは意外だったなぁ」

 米満は全く表情を変えずにそう愚痴る。

「やれやれ、おかげで修正を迫られそうだ」

「……」

 恐らく米満は今回の試験でトップを取り、その実績をもってクラスの更なる掌握を目論んでいたのだろう。

「何もなければトップを米満に譲っていたのに」

 米満が何もしなければな。

 俺は相手が凡人でない限り泣き寝入りはしない。

 大山の件でちょっかいをかけられた俺はお礼参りとして今回の中間試験で勝ちを狙った。

 学年一位ではなく二位という結果は米満にとって面白くないだろう。

「面白半分に首を突っ込むのは止めた方が良い」

 米満が変なことをするからこんな結果を招いたんだ。

 これを教訓にし、慎重な立ち回りを米満に求める。

「……」

 米満の笑みは了解か黙殺か。

 相変わらず表情を読ませない笑みを作るのが上手いなと俺は思った。

「それでは、一学年の時宮君から前に出て下さい」

「はい」

 名前を呼ばれた俺は思考を中断し、一歩進み出る。

 ここに立ったのは入学式以来だなと思うと少し感慨深かった。

「時宮悟殿。貴方は一学期中間考査において優れた成績を残したので称えるとする」

「ありがとうございます」

 まずは一礼。

 賞状はない、というよりあっても困る。

「賞品として学期末まで使える指定商品五十パーセントオフ、そして委員会所属者のみが食べるのを許される学食の注文を許そう」

「はい」

 やはりこのシステムは凡人のやる気を引き起こさせるな。

 情報として知っているのと、実際眼にしたのとでは真実度が違う。

 先ほどまで感じていた視線が一層強くなったのを俺は知った。


 各学年の個人総合が終わると次はクラス順位に入る。

 一部の生徒しか参加できない個人総合と違って身近にある分、校庭内の熱気が高まった。

「説明した通り、クラス順位の判断基準は平均点よりクラスの何人が、そして何点上回っているのかが焦点になります」

 大雑把に説明する。

 例えば平均点が五十点だとする。

 六十点を取るとプラス十で、八十ならプラス三十。

 しかし、四十ならマイナス十で、十点ならマイナス四十も下がってしまう。

 それだけならまだ誤差範囲であり、得意分野のみ集中する戦法も取れなくはない。

 が、それに加え、マイナスを行う前の点数に平均点を上回った生徒数をかけるというのが鬼畜。

 このルール内なら一人でも多く平均点を上回った方が高得点を狙える。

 そのため、クラスの代表者はクラス平均の底上げを行っていた。

「では、クラス発表です。まずは一年--五組、一組、三組、四組そして二組です」

 上から順に大山、滝山、雲道、米満、最下位は華鳳院のクラスか。

 大山のクラスは彼を中心にまとまっているので皆が大山を失望させないよう頑張った結果が一位。

 滝山のクラスは俺の要約ノートに加え、根拠のない危機感を煽ったのが功を奏して二位。

 雲道のクラスはもっといくかと思ったが、まだ掌握しきれてない事実が現れて三位。

 米満のクラスは、いくら相手を貶めたところで自分が偉くなるわけではないので四位。

 華鳳院のクラスは今分裂状態だったからな。

 華鳳院のシンパは成績優秀者が多いので、彼らがボイコットすれば最下位になるのは当然だろう。

「ふむ……」

 クラスが読み上げられる一瞬、俺は各クラスの様子を観察する。

 大山のクラスは一位を取って喜んでいるが狂喜乱舞とまではいかない。

 尊敬している大山の面目を保てられてホッとしているという心境が一番近いか。

「これは次も手強いな」

 慢心の兆しは見られず、次の期末テストも同等以上の結果を出すだろうと俺は予測した。

 次は雲道のクラス。

 三位と読み上げられた瞬間、雲道への視線が集中するのを確認。

 これ、クラスメイトは確実に雲道に一目置いたな。

 雲道を中心にして一丸になった以上、次回は躍進する可能性が高い。

「あ、一瞬俺を見た」

 見間違いではない。

 あれは明らかに俺に照準を合わせてきた視線だった。

 舞台は整った、覚悟しなさい、という意味か。

「俺でなく滝山に向ける視線だろうが」

 クラス代表は俺でなく滝山なんだけどねぇ。

 俺は無意識的に肩を竦めてしまった。

「米満のクラスは……分からんなぁ」

 四位という結果をどう受け止めて良いのか米満のクラスメイトは迷っている。

 これで良いじゃんという意見もあればもっと上を目指そうという意見。

 一人一人がバラバラなので予測が立てにくい。

「だからこそ米満は総合一位を狙ったのだろうが」

 その看板があれば今のクラス内を思うように操れただろう。

 やれやれ、米満も馬鹿なことをしたよね。

 俺のやることを放置していれば今頃は学年トップを取り、クラスの掌握が計画通り進んだのに。

「まだ気にしなくていいな」

 米満のクラスの動向を気にしなくてはならないのは早くても次の次から。

 意思統一がされない限り、様子見で大丈夫だろうと俺は結論付けた。

「華鳳院は……うん」

 最下位という結果に終わった華鳳院のクラス。

 雲道のクラスのように意識がまとまるどころか、さらなる分裂する雰囲気が醸し出されている。

 クラスに返ったら反省会という名の人民裁判が始まるな。

 で、さらにクラス内の雰囲気が険悪になるという未来が容易に想像できた。

「これ、無理だろ」

 少なくとも俺なら匙を投げる。

 今学期はずっと最下位になり続けるのを覚悟しなければならない。

 ゆえに華鳳院のクラスは眼中に置く必要がないのだが。

「……」

 華鳳院の眼が気になる。

 唇を固く引き締め、肩が下がっているが、あれは敗軍の将の姿ではない。

 リベンジに向け、爪をとぐ挑戦者の姿だ。

「要観察……というところかな」

 客観的に見れば歯牙に欠ける必要もない。

 しかし、俺の直感が華鳳院を侮るなと伝えている。

「まさか二位争いに加わるということはないよな?」

 ありえない未来に俺は思わず失笑してしまった。

 と、まあ他のクラスの様子を観察していた俺は肝心の自分のクラスに目を向ける。

「不味いな」

 二位と呼ばれた瞬間、クラスメイト達は異様な浮かれようを見せた。

 それは俺に一抹の不安を抱かせる。

 凡人は降りかかった不幸は他人のせいにするが、幸運は自分の力だと錯覚する癖を持つ。

 今回、二位を取れたのは諸々の幸運が重なった結果。

 次も二位になれる保証はない。

 俺は滝山の姿を目の端で捕えてみる。

「……」

 狂喜していた。

 クラスメイトの誰よりも二位という結果を喜んでいた。

「まあ、仕方ないか」

 滝山の心情も理解できる。

 クラスの代表者たる滝山はその頂上で誰よりも苦難の風を受けてきていた。

 それが最高の形で報われたんだ。

 羽目を外して当然だろう。

 さらに言えば、これで喜ばなければ凡人が滝山を支持しない。

 何時だって凡人は共感してくれる者を持ち上げる。

 今、この瞬間滝山とのそのクラスメイトは天に昇る気持ちだろう。

 しかし--。

「俺は違う」

 俺はその輪の中に入らない、入ってたまるか。

 俺は凡人ではない、あいつらと一緒にするな。

 凡人が足を止め、今を喜ぶのなら俺は一歩先に進み、未来を考えよう。

「この世界の主人公は凡人だ。しかし--」

 俺は主人公になりたいとは思わない。


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