12話 戦略と懸念
この学校の独特なシステムの一つにテスト関連がある。
普通、テストというのは自己責任であり周囲がどうなろうとあまり関係がない。
しかし、この学校は違う。
生徒個人の点数よりクラス全体の点数が重要視される。
極論を言えば、百点の生徒一人とゼロ点の生徒四人よりかは二十点の生徒五人の方が優秀だと判断されるわけ。
一人が百歩歩くよりかは百人を一歩歩かせるのを重要視する流れ。
慣れ合いを好む凡人が好きそうなシステムだなぁと俺は思った。
「さて、皆。そろそろ中間テストの時期が迫ってきた」
クラスのホームルームにて滝山が第一声を発する。
皆がリーダーと認める滝山の言葉に加え、ある理由によってクラスは真剣そのものだ。
「先ほど先生から発表されたとおり、上位のクラスは学校から報償が出る。皆、上を目指して頑張ろう!」
トップに近いほど目に見える形での好待遇。
指定された店の割引や、学校からの一時金といった代物は凡人のやる気の火をつけるに十分である。
「おー!」
滝山のアジテーションにクラスメイトが乗っかり、隣のクラスに響くのではと思うほどの大音声での掛け声。
隣のクラスからの苦情を心配するかもしれないが、今の限りは大丈夫。
何故なら、他のクラスも似たり寄ったりだからだ。
「クラス全体の高得点を狙うにあたっての秘策がある--立花、この冊子を配ってくれ」
「うん、分かったよ」
打ち合わせ通りなのでさしたる混乱もなく数ページの束が全員に行き渡った。
「これは学年トップである時宮が用意したテスト対策プリントだ」
正確には用意させられただけどね。
俺は内心で反論する。
学年トップの俺が授業の要約ノートを皆に配る案は出ていた。が。俺は難色を示していた。
理由は、凡人が早々に楽を覚えると後がめんどくさいから。
要約ノートがもらえるのを当然と凡人が錯覚すると普段の授業に身が入らなくなるだけでなく。自分で勉強しようとする意志がなくなり、餌をねだるひな鳥状態に陥ってしまう危険がある。
だから俺は反対した。
配ることに異論はない、しかし、それは自分達の実力を知ってからの方が良いと主張した。
けど、悲しいかな所詮は凡人。
楽する方法があるなら思わずそっちを選んでしまう性がある。
「うーん、時宮。お前の言うことはもっともなんだけどなぁ……」
滝山は困った顔で茶を濁してきたので俺の言いたいことは理解してくれたのだろう。
しかし、そうであっても滝山は凡人の意図を汲み取らなければならない。
何故なら、真の主役は滝山でなくクラスメイトという名の凡人。
彼らのご機嫌を取り続けるのが滝山の役目なのだから。
「滝山も大変だねぇ」
俺がそう肩を竦めて了承すると。
「すまん、お前の忠告は胸に刻んでおこう」
滝山は両手を合わせて拝みのポーズを取ってきた。
別に滝山が俺に負い目を持つ必要はないんだけどね。
クラスがどんな結果になろうと俺には全く関係がない。
それでも苦言を呈したのは、滝山がひねくれ者の俺をクラスメイトの悪意から守ってくれる代わりの忠告だし。
借りは多いに越したことはないが、少しだけ使わせてもらおう。
「いつか大山との面会を用意してくれればそれで良いよ」
俺一人じゃあ平沢達に妨害されて無理だったから丁度良い。
「ハハハ、本当に時宮は真面目だなぁ。分かった、良い返事を期待してくれ」
滝山は快活な笑い声と共に了承してくれた。
「いやあ、時宮君ってマメだねえ」
休み時間。
俺の傍によって来た立花は要約のコピーを片手にうんうんと頷く。
「何が言いたいのか簡潔に余すことなくまとめられている……これ、すっごい分かりやすいよ」
立花、それはそうだろう。
常に凡人を観察している俺からすれば凡人が理解しやすい要約など朝飯前だ。
「本当にすごいなぁ。私じゃ絶対無理だよ」
「いや、そんなことはないよ」
俺は立花さんの言葉を否定する。
「『誰に』と『何を理解させる』の二点を意識すれば誰だってこの程度はできるんだなこれが」
意味不明な文章を書く凡人の大半は『誰に』と『何を理解させる』の二点があやふやな場合が多い。
ネット小説家に一言言いたい。
お前のそれは小説じゃない、メモ帳だと。
「てい!」
「あたっ」
突然頭に衝撃が走る。
目じりに涙を浮かべながらその元凶を見ると、こぶしを握った立花が首をひねっていた。
「た、立花さん? どうして?」
一瞬視界が真っ白になるほど強い衝撃だったぞ。
「ごめん。何故だか分からないけど時宮君を殴らなきゃいけない気がして」
どうやら立花も何故俺を殴ったのか理解していないようだ。
「……まあ、いい」
この話題を深く掘り下げるのは危険な気がする。
君子危うきに近寄らず。
これ以上の実害はなさそうだからスルーすることにした。
「褒めてくれるのは嬉しいが、ちゃんとそれに見合った結果を出してくれよ?」
ぶっちゃけそこが重要。
俺は自己満のため、滝山に好かれたくて作ったわけではない。
立花達凡人がテストで高得点を取ってもらうのが大目的なんだ。
「分かってる分かってる。任せといてよ」
と、満面の笑みを浮かべた立花は薄い胸をポンと叩く。
「本当か? だったらこれ以上立花に教えなくても良いよな?」
その態度にカチンときた俺は意地悪することを思いつく。
立花は数合わせとはいえ委員会の末端に座っている。
相応の成果を出せなければ、赤点など取ろうものなら即委員会をクビになった。
「わー! ウソウソ! 教えてください時宮様!」
凡人の見本たる立花は先ほどの自信は何処へやら。
土下座せんばかりの勢いで俺の腕にすがりついてくる。
「おい!? 恥ずかしいから離せ!」
クラスの人気者たる立花が騒ぐと目立つだろうが。
「いいや、離さないよ! 教えると言うまで絶対にはーなーさーなーい!」
やはり世界の主たる凡人に変なことをするものではないな。
この後絶対にからかってくるであろう、滝山の意地悪い笑みを見た俺はこの世界の主は凡人だということを再認識した。




