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10話 物事は予定通りに進まない

 この世界は不条理で出来ている。

 まあ、この世界を作っているのが凡人で、その凡人が不条理な存在である以上当然と言えば当然なんだけどな。

 しかし、その事実を飲み込んでもなお納得しがたい現実が目の前にあった。

「……おい」

「なに時宮君?」

 俺は耐えきれなくなって顔を上げる。

 俺がいる場所は雨添先輩が部長を務める文芸部の部室。

 文芸部の部員は俺と雨添先輩、そして光莉の三名だったはずだ。

 しかし、眼前にいる人物は四人目。

「雲道……俺はお前の入部を許可したつもりはないのだが」

「あらあら、時宮君ってつれないことを言うのね」

 米満とは別の意味で危険人物雲道理恵子。

 クールと呼ぶには冷たすぎる相貌に蠱惑的な笑みを浮かべながら戯言を紡ぐ。

「他の二人は構わないと言っているのに」

「残念ながら雲道の入部の件は俺に一任されている。だからお前の入部を俺は認めていない」

 絶対にこいつを入れるものか。

 これまで図書室、廊下でと、俺の姿を見つけようものならちょっかいをかけてくる雲道。

 正直な話、もう止めて欲しい。

 平穏をくれ。

「まあ、雲道については薄々こうなると予測していたからいいとして」

 雲道は別に良い。

 いや、良くはないが、これまでの言動を鑑みれば入部を希望してくるのは感付いていた。

 ただ。

「なぜ彼女が--華鳳院がここにいる?」

 雲道など霞むぐらいの華鳳院が何故かこの部室にいた。

「ふん、私が聞きたいぐらいよ」

 日本人には珍しい、豪奢な縦ロールを持つ女子生徒といえば学年でも、いや学校でも一人しかいない。

 地元の名士の一人娘であり、能力も高い位置で備えた偉人の卵がこの辺鄙な場所にいるのか。

「ここはお前のようなキラキラがいるような場所ではないぞ」

 人の上に立つことを約束された華鳳院がこの文芸部にいるというのは場違いにもほどがあった。

「んな! キラキラって。この私に向かってなんて無礼な」

 華鳳院はそう憤慨するが俺からすればいちゃもんでしかない。

「お前らがこうしてくれと言ったんだろうが」

 人並みに、いや人一倍時と場所、敬語を弁えている俺。

 普段通り尊敬語と謙譲語を駆使した言葉を使っていたら、雨添先輩すら含んだ全員から禁止を喰らった。

「当たり前でしょ。あんな見え透いたお世辞を並び立てられ続ければ私の高貴な脳が腐ってしまいますわ」

「うん、それは私も同感。つまらない男に堕ちた時宮君なんて存在するに値しないわ」

「そうですわよ時宮君。他はともかくここでは哀れな道化である必要はありません」

 上から華鳳院、雲道そして光莉。

 おいお前ら、言いたい放題だな。

 お前らは虚飾やおべっかを厭い、真実を好むだろうが凡人は逆なんだよ。

 ゆえに俺の視線は常に凡人に向けられており、お前ら凡人に担ぎ上げられた神輿など眼中にない。

 そういうわけで無視しても良かったが、文芸部の部長であり唯一の凡人である雨添先輩も「時宮君……私達は仲間なのだからそういうことは止めよう」と言われれば従わざるを得ない。

 俺の意見としては、親しき中にも礼儀ありと言われるようにお世辞は必要なのだと思うが雨添先輩が望むのならそうしよう。

 主役はあくまで雨添先輩なのだから。

「何度も言うように、ここには華鳳院の求めるものはないぞ」

 だからさっさと出ていけ。

 欲を言えば雲道もいらないし、光莉も幽霊部員で構わない。

 俺と雨添先輩だけいれば文芸部を存続できるんだよ。

「時宮君、華鳳院さんを追い出すのは、彼女を誘った私は容認できないわよ」

 ふんわりした微笑みを浮かべながら断固とした拒否を告げるのは光莉。

「クラス内で孤立している華鳳院さんの最後の頼るべき場所はここなのだから」

「わたくしは孤立していないわよ!」

 華鳳院は光莉にそう噛みつくが、顔を真っ赤にしながらだと説得力がない。

「陰険な米満にクラスメイトが騙されただけ! すぐに皆真実に気が付くわ!」

「米満ねぇ……」

 俺は溜息を禁じ得ない。

 米満蓮。

 あいつ、俺だけでなく他クラスにも工作を仕掛けてやがった。

 まあ、工作といっても必勝を期したものではなく、引っかかれば儲けものという嫌がらせ程度。

 だが、その嫌がらせに華鳳院とそのクラスはものの見事に引っかかってしまった。

 現在華鳳院のクラスは分裂中。

 解決の目途は全く立っておらず、しばらくは最下位であるというのが凡人の認識であった。

 状況は絶望的、しかし華鳳院は諦めていない。

「見てなさい、目にものを見せてくれるわ」

 嵐の最中だというのに華鳳院は弱まることはなく、むしろ闘志を湧き立たせていた。

 --これが凡人と偉人を分ける線引きだな。

 凡人は少し状況が悪くなっただけで狼狽える。

 しかし、華鳳院達偉人はめげない。

 むしろ逆境を糧としてさらに強くなるのが偉人が偉人たるゆえんである。

「華鳳院ならやるだろう。まあ、頑張れ」

「あら、激励してくれるなんて珍しい」

 俺の言葉を聞いた華鳳院は澄ました顔に驚きの表情を浮かべる。

「お礼を言っておくわ。ありがと」

「……珍しいな」

 俺が一瞬詰まったのは華鳳院の態度が予想より違ったから。

「てっきり嗤うか、お世辞は止めろと拒絶すると思っていたのだけどな」

「あのねぇ時宮君。おためごかしならともかく、本心から出た言葉を鼻で笑う程私は傲慢じゃないわよ」

「……」

 偉人め。

 そうやって玉石混合の中から真実を探り当ててくるから俺はお前らが嫌いなんだよ。

 この世界は嘘と虚飾を好む凡人の世界だ。

 なのにどうして主役である凡人達は華鳳院を持ち上げるのか。

 本当に不条理だ。


次回の投稿は5/4です。

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