魔剣からの解放
へ、へへっ!お待たせしやした!!
◇
さきに動いたのは意外にもユリカだった。何かしらやられる前に仕留めるつもりなんだろう。
魔剣を地面スレスレで構え、目にも止まらぬ速さでシュラとの距離を詰めたユリカが振るった剣からは離れている俺にも伝わる程の風圧が巻き起こる。
シュラを覆っていた黒い瘴気は瞬間的に吹き消され、視認しづらくなっていた全貌が明らかになる。
「何だあれ…」
瘴気の中から現れたのは今まさにユリカの魔剣を迎え撃たんと黒い剛腕を振り翳すシュラの姿。
しかし、身に着けていたのは以前までの衣装とは違った黒衣だ。正確に言えば限りなく服の形状をした黒い何か。
靡いているようにも見え、炎が燃え盛っているようにも見える。
黒の剛腕も同様、まともに形状を維持していない。
「まだちゃんと力の加減出来てないから、頑張って耐えてね?」
「この、小娘風情がっ!我を侮るな!!」
黒の剛腕と魔剣の接触と同時に衝撃波が周囲へと放たれ、危うく吹き飛ばされそうになる。
正直既に俺が手を出せる次元じゃない事は見て分かった。
「ユリカの中の奴、化けの皮剥がれてきてるな」
「流石にユリカさんを演じられる程、余裕ではないんでしょうねぇ…」
拳と剣。本来ならばどちらが勝つかなんてのは考えるまでもない。
剣は拳を裂き、重傷を負わせるだろう。
しかし、それは一般的な条件であるならばの話だ。今目の前で行われているのは魔王の力により具現した魔人が如く剛腕、そして強大な力を誇る魔剣による生死を賭けた激突であり、即ち一般的ではない条件下における殺し合い。
お互い譲らない鍔競り合いもどきはシュラにより終わりを迎える。戦いの中でこそ驚異的な成長を見せるシュラは今、この状況で経験を積んだのだ。
黒の剛腕の力が不意に緩んだかと思えばシュラが霧散して行方を眩ます。
「何ぃ…!?」
思いもしない出来事に標的を失った魔剣は大きく空を切る事となる。誰から見てもユリカに大きな隙が出来た。
それを見逃す程、シュラも甘くはない。霧散して消えたかと思っていたシュラが何時の間にかユリカの背後に現れ、今度は右手に握られたまたまた不安定な形状をした黒の剣を振るう。
「これしきっ…」
この場にいた誰もがシュラの攻撃は直撃する、そう確信していた。
だからだろう。まるで吸い寄せられるように超加速して黒の剣に対応したユリカの動きには驚きを隠せなかった。
「そっか、これに反応出来るんだぁ」
「そのふざけた態度、一生取れなくしてやろう…!!」
本格的な斬り合いが始まった。何度も交わる剣撃。響き渡る金属音。吹き荒れる風。
凄すぎて俺は声も出せない。目で動きを追うのがやっとだ。剣筋なんて見えたものじゃない。
剣を交える度に激しさを増す戦いをただ呆然と観戦する。
それがこの場違いな俺に許された唯一の行為。
「そろそろ力の扱いにも慣れてきたよ、ありがとね?」
「ありがとう、だと…?まさか、今まで本気を出していなかったとでも……?」
「うん。だってその体は消しちゃいけないんだもん」
「……何処まで、侮辱すれば気が済む小娘っ!!」
「そんなつもりじゃ……まぁ、いっか!どうせあなたと相手するのはこれで最後だしね!」
尚も続いていた剣撃はシュラが力を篭めた一撃でユリカの体勢を崩す事で止まった。
シュラが黒の剣を霧散させるとユリカの足下を中心に闇が広がり始める。話で聞いていた魔王の力を解放した時に現れた周囲を侵食する黒い染みだ。
ユリカはどうやら気付いていないらしいが。
「名付けるなら……何だろ?ツヨシ様ー!なんて名前がいいかな?」
「俺に振るのか!?いや、何するか一切知らないんだが……取り敢えず針千本で!!」
「うん、名付けて針千本!!」
何をする気なのか。果たして俺にネーミングさせる意味があったんだろうか。
もし全然名前に関係ない技とかならどうしよう。
そんな不安は、次の瞬間吹き飛ぶ。
「ぬぐっ…ぅお、くっ!うぬぬぉぉぉっ、な、んだ?これはっ!?」
突如として地面から突き出た黒い針と言うか棘にどんどん体を打ち上げられ、挙げ句に何もない空間から無数に飛び出した棘に全身を宙に縫い付けられたユリカが戸惑いのあまりに声を上げる。
必死に抜け出そうと体を激しく抵抗させたり魔剣をぶんぶん振り回したりしているが、結果は無意味に終わる。確かにユリカに接触して動きを封じている筈なのに、魔剣が触れても実体がないみたいにすり抜けてしまっている。
これではどれだけ藻掻こうが状況は変わらないだろう。
「さあ!躍って、そして舞い散って!」
両手に抱えた何かをばらまくように両腕を広げた瞬間、それは出現する。
「――躍れるならね?」
数、無数。
空間を埋め尽くす程の黒が一瞬にしてシュラの背景と化す。
その1つ1つが黒い球体であり、ユリカを対象としたモノ。これは恐怖せざるを得ない。
「ま、待て、まさかそれを、我に?早まるでないぞ小娘、そんな事をすれば、この女の体は」
「それが最後の言葉でいいの?うーん、まさに小物…だね!」
「やめろ、やめろ、やめろやめろやめろやめろやめろやめろ、やめろおおおおおおおおおおおおお!!」
「いい加減うるさい。茶番もここまで度が過ぎると飽きちゃうよ」
直後、黒の球体が一斉にユリカへと放たれた。外傷を与えないそれは、次々とユリカの体内へ入り込んで黒い靄を追い出す。
恐らくこの黒い靄こそがユリカを乗っ取っていた魔剣の意思だろう。追い出され、宿主へと戻れなくなった黒い靄は行き場を失いやむを得まいと手放された魔剣へと帰る。
だがまだ魔剣は諦めていなかった。本来の姿へと戻った魔剣は懲りずに次の宿主を得るべく気絶して倒れているアエスティーへと飛来したのだ。
「マズイ、アエスティーが…!!」
アキラの必死な声でようやく体が動いた俺はほぼ無意識のうちに練達を手元に召喚し、振りかぶっていた。
さっきは思い切り失敗した。だから今度こそは失敗しない。
否、失敗は許されない。例え腕が落ちていたとしても、あの魔剣にだけは好き勝手させない。
魔剣は俺の大事な仲間を、恩人を、友達を、ましてや少女を傷付けた。
そして今も、また少女に手を出そうとしている。
「――流石に見逃せねえよ、魔剣!!」
魔力を籠め、さらには全力で投擲した練達が投げた俺でも驚く速さで飛び、魔剣の横っ腹に見事に直撃する。
側面からの強烈な一撃に魔剣は強制的に軌道を変えられ、地面に突き刺さった。
間に合ってよかった。俺は安堵の溜め息を吐きながら額を伝う汗を拭う。
すぐさま魔剣はシュラによって回収され、これでもかってくらい厳重に魔王の力で封印されてしまった。何とか魔剣の脅威は去ったのだ。
だが全てが終わったわけではない。まだユリカに倒された二刀の魔剣使い、恐らくはラスタが残っているし、俺とシュラを裏世界に閉じ込めた術者もどうにかしなくてはいけない。
取り敢えずラスタはアキラ達に任せて、俺はユリカの安否を確認するべく、横たわって動かないユリカの下へ行く事にした。
「鏡術」
鏡を使用する事で初めて成り立つ術。術式対象者のみを固定し、その他空間ごと裏世界と取り替えてしまう広域転鏡術の他、色々あるが割愛。




