自我と言う名の狂気
ユリカ視点です。
◇
その光景は、極めて異常なものだった。男が放つ斬撃を触れずして尽くねじ曲げ、反射させ、消滅させる。まるでそこに障壁でもあるかの様に。
「……あいつ、規格外にも程があるんじゃないの?」
脳裏に過ぎるツヨシの顔。手加減し、油断までしてやってやっとの事でしか私に勝てない雰囲気だけ強い男と無意識に比較してしまう。何時も思わせられるけどやっぱりツヨシの知り合いは化け物揃いだ。
目の前で直立不動で敵の猛攻を防ぐアキラも然り、勇者一行やシュラと言う少女、そして謎の存在マシロ。ツヨシは今まで周囲の人に助けられながら生きていたに違いない。だからこそ強くなろうとするのだろうけど。
「私も負けてられない」
たまに斬撃が私やアエスティーを目掛けて飛んでくるがその全てがアキラへと引き寄せられて消滅する。おまけに消滅した斬撃は魔力粒子へと変換され、この場の魔力粒子の密度をどんどん濃くしていく。
この状況は私にとって好ましいものだ。魔剣は魔剣粒子の密度が高い場所であればあるほど強力な力を発揮する。
つまり、魔剣使いでもある私の力の見せ所でもあると言うわけだ。あの出来損ないの魔剣使いとの格差を見せつけてやろう。
私は、未だに知性の感じられない攻撃を延々と繰り返す壊れた魔剣使いを見据えて立ち上がった。
「全く、魔剣に呑まれるなんてメンタル低すぎない?」
支えにしていた何でもない剣を鞘に納めて今度は右の手を、指を、何もない空間に彷徨わせて閉じる。
「本当の魔剣使いの力ってものを、教えてあげるわ。――来なさい、夕闇の魔剣ルクス!!」
呼び出すは漆黒の刀身を持つ夕闇の魔剣。過去に私が魔剣の言い伝えを真に受け、面白半分でダンジョンに潜ってやっとの事で手にした唯一の魔剣だ。
あの日、ダンジョンの最深部で発見した石碑に「己を貫け」と記されていたのを昨日の様に思い出せる。実際に魔剣を手にしてみてその意味を理解する事が出来た。
魔剣は、手にした者の自我に直接接触を図ってくる。そして言うのだ。
――己を明け渡せ、力は与えよう、と。
「試練さえも乗り越えられないアンタには、一生最強なんて名乗れないわよ」
試練。それは魔剣の強制的な精神侵食さえも押し退ける程の精神力を全魔剣に見せつける事であり、決して自我を魔剣に委ねない事。己を貫け、とはそう言う意味だ。
常に自分を貫き通す事こそが、魔剣への証明となる。一種の呪いの様なものだけど、これはこれで面白い。
一瞬でも魔剣の接触に怯めば即終了の背水の陣。逆にゾクゾク来てしまう。
「だから――アンタにはもったいないその魔剣、私がいただいちゃう……!」
見ての通り、私は図々しい。ツヨシに何度も指摘されてるけど直すつもりはさらさらない。
だってこれこそが私だから。図々しいイズ私だから。自我がそれ以外を許さない。魔剣に負ける事を拒んでいる。もっともっと面白い事を望んでいる。最強の先にあるものを待っている。
期待には、応えたい。
「お、おい!?前に出ると攻撃当たるぞ!?」
気付くと私はアキラより前に出ていたらしい。でもそんな事はどうでもいい。今は魔剣欲しさで頭がいっぱいだ。
「あー、アンタはアエスティーを守る事に集中しといていいわよ」
「ユリカは!?」
「必要無い必要無い。今だけは」
アキラの力の範囲外なのか、真っ直ぐ飛び込んできた斬撃をルクスで斬り払う。他愛なく斬撃は霧散した。
「――巻き込まない自信ないから」
久し振りの本気で全力だ。ここは最高に楽しませてもらおう。
私は自分が今までにない程に歪んだ笑みを浮かべている事にも気付かず、自我を研ぎ澄ませた。
「エレストフェレス」
マシロの国、ネイムロストの旧名。
商、武、魔。これら全てがトップを誇る難攻不落の大国で、移住民も大勢いた。
ずば抜けて平和で、海と山に強力な魔物が多く生息している事も平和な事に関係している。




