一方その頃
アキラ視点です。
◇
部屋を飛び出した俺はなるべく速く、迷惑を掛けない程度に階段を駆け下りて宿を出た。現段階では何がなんだか分からないのでここは元探偵らしく情報収集から始める事にした俺は目の前を通り過ぎようとした男性を呼び止める。
「すみません、何かあったんですか?」
「あ、ああ!見た事もねえ剣を二本持った男が突然やって来て、片っ端から人を斬り始めたんだよ!」
「人を、斬り始めた…?そいつは何処にいるんですか!?」
「お、お前さん、もしかしてあいつのところに行くつもりなのか?止めとけって!あんなのに敵うわけねえよ!」
「だからって野放しにはしておけない!お願いです、場所を教えて下さい!」
必死に頼み込む俺の姿に折れたのか、男性は指を港の関所に向けて差す。
「……あっちだ。無理だけはするんじゃないぞ!」
「ありがとうございます!」
再び逃げる為に走り始めた男性の背中へ頭を下げた俺はすぐさま踵を返すと全速力で街道をかけ始めた。今、俺の胸の内を暴れるのはこの状況を引き起こしている元凶に対する怒りと、その元凶からこの港の人達を守らなければと言う正義感だった。
理不尽に殺される人がいる。無造作に殺された人がいる。無意味な人を殺す者がいる。それはあってはならない事であり、もし起こっているのであれば早急に止めるべきである。
故に俺は走った。少しでも被害を最小に収める為に、呼吸が酷く荒れようと心臓が脈打ち暴れようと肉体が悲鳴を上げようと、俺は決して止まらない。
止まるとすれば、それは生命が活動を終える時だけだ。
「見え、た……!!」
俺の視界が元凶を中心とした光景を捉える。禍々しいオーラを身に纏わせた二振りの剣を持って立つ男と、膝を突くユリカ、少し離れた場所で倒れて動かないアエスティーなどと言う目を疑いたくなる程の光景を。
「何だよこれ……何が、起こってる…?」
「アキラ…?駄目、こっちに来たら駄目!こいつは、やばいから…!!」
ユリカにそう言わしめるレベルの実力者に俺は信じられないと思った。そして、それでもやはり許せないと思った。
周囲に無造作に転がる逃げ遅れたであろう人達の死体。傷付いた仲間。これだけの条件が揃っている中で、怒らない者がいるだろうか?
「……お前は、誰だ?」
「…………」
俺の問いに男は無言を貫く。一歩、さらに一歩と男との距離を縮め、やがて対峙する。
「もう一回聞くぞ。お前は誰だ」
「……これカらシヌ者に名乗ル名はナイ」
「っ、駄目!避けて!!」
男がゆっくりと腕を上げ、剣を天目掛けて構える。一度戦ってこれから何をするのか知っていたユリカは俺へ回避するように呼び掛けた。
しかし時は既に遅し。俺が側面へ飛び退こうとした時には男の剣を振り下ろされていた。
回避行動が間に合わない。瞬間的に危機を感じた俺は実体化させた魔力を腕に纏わせ、目の前で交差させた。
同時に俺に襲い掛かったのは男より放たれた斬撃だ。漆黒の斬撃は地面を抉り、俺の交差させた腕と衝突を果たした。骨まで響く衝撃に顔を苦痛に歪めながら、耐える。耐えて耐えて耐えて、やっとの事で斬撃を凌ぐ事が出来た。
「っ――はっ、っべぇな、これ……!!」
膝を突きそうになるのを堪え、改めて正面を見るとそこには二撃目を放とうとしている男の姿があった。ただでさえ数メートルも押されてやっと耐えたと言うのに、連続してあの攻撃を受けてしまえば今度は無事でいられるか分からない。
冷や汗が頬を伝う。けれど、逃げるわけにはいかない。死んだ人達の為にも、ここで男を食い止めて倒す必要がある。
ここが踏ん張りどころだ。気合いを入れろ、意識を保て、目の前の敵から皆を守れ。前世で出来なかった事を、今度こそ成し遂げてみせろ。
自分にそう言い聞かせて、俺は目を閉じた。男が無慈悲にも二撃目の斬撃を放つが、恐れる事はない。俺にはまだ転生した特典とやらが残っている。
「《幸福障壁》――全ての事象は己がままに」
斬撃は、ねじ曲がる。
「魔王の種」
魔王が次世代の魔王を決めるべく様々な生命体に植え付ける種。
植え付けられた種は体内に根を張り、そこから育った魔王の力が肉体を支配せんと内側から侵食していって挙げ句に消滅を引き起こしてしまう。その魔王の力を逆に支配し、耐え切った者こそが次世代の魔王に相応しいとされていて、現在種を克服した者はシュラだけとなっている。実質次世代魔王はシュラである。魔王になると邪悪な力を使用出来るようになるが、精神が弱ければ使えば使う程精神を蝕まれていく。




