間抜けと奇跡は紙一重
無理矢理感(白目)
◇
「よっと」
塔から少し離れた辺りで地面に足を付けた俺はテキストから手を離してシュラを支えた。魔力が不足していてまだ足に力が入らないらしく、シュラは力なく俺に寄り掛ってきた。
「ごめんなさい、ツヨシ様…」
「気にすんなって。シュラが無事でいてくれるだけで十分だからさ」
そう言って俺はシュラを背負う。
恐らくこの世界に徘徊していた異質者の大体は背後にある塔の中に集合している筈だ。今のうちに核を破壊してしまった方がいい。善は急げだ。
「テキスト。他の核は何処にある?」
「えー、次で最後の核になりますね。場所は港の関所付近を指してますね!」
「よし、早速向かうぞ」
「気を付けて下さいね?下手すれば裏世界の指定範囲外で弾け飛ぶなんて事がないように!」
「境界ってのはないのか?」
「基本触って確かめる以外ないですね!」
「当たって砕けろかよ!」
テキストから情報提供を受けつつ、関所へ繋がる一本道を走る。シュラを助けに行く時も通ったが、やはり不気味なくらい静かだ。時折視線を周囲へ向けながら関所へ向かっていると不意に港全体を揺らす地震が起きた。
「うおおっ!?」
「じ、地震…?」
蹌踉ける俺の背中でシュラが不安そうな声を出した瞬間、さらに背後から轟音が鳴り響いた。それはまるで何かが崩壊する音。
慌てて振り向けば吃驚仰天。なんと先程シュラを助け出した展望台が崩壊していくではないか。
「んな馬鹿な…!?」
漫画でもゲームでもあるまいし、あまりにも在り来たりかつ異常な光景に俺は思わず立ち止まったまま、展望台から現れたそれを凝視してしまった。
それはあまりにも巨大で、圧倒的存在感を放つ異常で、信じたくない光景だ。
「――巨大化は想像もしてなかったわ…!」
異質者の巨大化。これが傍観者であれば巨大化は負けフラグだとか言って茶化せただろうが、実際に直面してみると中々馬鹿に出来ない。異質者が異常なだけに、その存在だけで足が竦んでしまう。
「ま、マスター!とにかく急ぎましょう!恐らくあの大きさなら10歩としないうちに追い付かれてしまいますよ!」
「分かってるけどやっぱこえぇよ!」
「ビビってるんですか?ビビってるんですかー!?」
「びびび、ビビってねえし!!」
妙に煽ってくるテキストに説得力のない否定の言葉を上げる。こんな状況でまだこんな余裕があるとは俺自身意外だったが、テキストが恐怖を和らげようとしてくれたのだと察すると突然足の竦みが無くなり、体に自由が戻った。
「よ、よっしゃ!全速力で行くからしっかり掴まっとけよ!」
「うん!」
シュラを担ぎ直すと再び走り始める。巨大異質者はゆっくりとした動作だが、確実に距離を詰めてきていた。
「くそ、駄目だ!追い付かれる!!」
「ファイトー!ファイトー!」
「気楽だなクソ本てめえ!」
俺の苦労を知ってか知らずか応援しつつも俺の周囲を飛び回るテキストに向けて暴言を吐いていると、急に俺の周りだけが暗くなった。
不味い。これは。
「潰されるぅー!!」
人は本当に危ない時は信じられない程の力を発揮すると言う。今の俺は正しくそれを体験していた。
自分でも驚く程に速く走れたのだ。すぐ背後で道を作り上げていたタイルが砕け散る音が聞こえる。同時に揺れも感じられた。
「ぬぅおおおおおおおお!!こんなところでくたばってたまるくぁぁぁぁ!!」
シュラを背負ったまま次々と迫り来る巨大異質者の妨害を避けていく。左右へ動き回り背後から迫る敵の攻撃を避ける姿はさしずめお手軽なゲームでよく見る光景となっている事だろう。
そうしてようやく関所が見え始めた頃、俺はその関所の中央に鏡が浮いている事を確認した。
「見つけたぞおおお!!ぶっ壊してやる!!」
もう叫ばないとやってられないレベルで必死になっている俺は左手を横へ突き出して召喚武器である練達を召喚した。
脳裏に過ぎる前世に当たる光景。フラッシュバックしてアキラの探偵事務所で暇潰し程度に嗜んでいたダーツを思い出し、さらには殺し屋として活動していた時期に身に付けていた投擲を思い出した。
腕が落ちている可能性も十分考えられるが、鉄拳が近距離でないと使えない以上遠距離での攻撃を試みるしかない。魔法でも良かったのだがこの時の俺には余裕がなさ過ぎて咄嗟に思い付いたのがこれだったのだ。
「頼む、これで……!!」
片手でシュラをしっかりと固定したまま、もう片方を振りかぶる。腰を捻り、シュラを通さない様にしながら狙いを定めた。
「壊れてくれええええええええええええええ!!」
しかし運の悪い事に俺の全力の投擲は足を捻った事で失敗に終わった。まず練達は飛ばずにその場に落ちた。痛みのあまりに手放したのが原因だ。
次に俺はシュラを背負ったまま、変な捻り方をしたせいか走っていた途中と言うのもあって地面を転がって民家の壁に衝突した。咄嗟にシュラの頭だけは守った。
「いってぇ!足いってぇ!」
捻った右足を抱えてのたうち回っていると何の偶然か、巨大異質者が突然俺が視界から消えたと勘違いしたのか周囲を確認しようとして民家で転び、関所に頭から突っ込んでいった。
実際は足下にいたわけだが。
「み、見て下さいマスター!関所が、核が!」
「んぁ!?」
テキストに急かされて関所を見てみると、そこには上半身が無くなって動かなくなった巨大異質者がいた。恐らく境界がそこにあったんだろう。周囲には巨大異質者の残骸が飛び散っていた。
しかも核である鏡はその巨大異質者が倒れた際に押し潰されて壊れてしまっている為、徐々に空間に歪みが発生し始めていた。
「こんな、間抜けな終わり方が…!」
「最高にダサいね…」
俺の隣で力無く倒れていたシュラがジト目で俺を見ていた。
「し、仕方ないだろ!?焦ってたんだよ!」
「それでもダサい。あそこはきちんと決める場所だよ?」
「うぐっ」
ぐうの音も出なくなった俺は視界が白で埋め尽くされていく感覚と共に、元の世界へと戻された。最後は偶然と奇跡で終わってしまったが、無事に終わって俺は安心した。
気付くと、俺はベッドに腰を掛けていた。外は夕焼けで染まっている。
ふと隣に気配を感じ、見てみるとそこには同じくベッドに腰を掛けたシュラがいた。
「…何か、大変だったな」
「…そうだね」
「体、大丈夫なのか?」
「平気だよ?異質者が動かなくなった途端に魔力が戻ってきたの」
つまり異質者が倒れた事で吸収された分の魔力が返ってきたと言う事か。
「そっか」
「……ねえ、ツヨシ様」
「ん?」
少しの沈黙の後、名前を呼ばれたので首だけを向けて反応した瞬間だった。
「――っ?」
頬に、柔らかな感触が触れた。それが何か理解するのに一瞬だけ理解が遅れたが、すぐに自分が頬にキスされたのだと分かった。
「シュ、ラ…?」
「助けてくれて、ありがとね」
「え?」
もう何が何だかで状況に頭が追い付いていない俺は呆然として照れ臭そうにするシュラを見つめていると、不意に扉が強く開け放たれた。
「大丈夫か、ツヨシ!シュラ!」
「マジカルウェポンシリーズ」
具現せし魔力の変形。魔法を極めし者がさらに努力して初めて到達する領域。
世界の中でもこれを扱える者は両手といないと言う。現状、マジカルウェポンシリーズを
扱える者として発見されている人数は3人だけ。一人目は魔法の生みの親と呼ばれている大賢者、
二人目は魔法のプロフェッショナル、三人目はユリカとなっている。




