謝罪と和解
これからは後書きで登場した加護の説明をしていこうと思います。
ちなみに国の名前も少し変更されました。
炎が収まると、俺達は洞窟の前にいた。しかも闇国側ではなく、恐らくアレチェスカ王国側だ。
立ち上がって見渡してみると近くには隣に真顔で立つマシロ以外に、テキストやシュラもいた。少し離れたところには無惨に投げ捨てられ山積みとなった勇者一行の姿。
「マシロ。お前が助けてくれたのか?」
尋ねると、マシロは無言で頷いた。やっぱりあの炎はマシロの支配者形態のものだったか。
「ありがとな。シュラ達も大丈夫か?」
「うん!マシロちゃんが守ってくれたよ!」
「炎が迫って来た時はどうしようものかと本気で考えましたけど大丈夫でしたね、はい!」
マシロに感謝を述べ、仲間の安否を確認すると今度は気が付いた勇者一行に視線を向けた。腐っても勇者一行、シュラのあの魔法を受けても尚ピンピンとしている。
「ここは…ってお前達―――いや、この言い方は良くないね」
一人で何やら忙しいセインはそう言うと、考える素振りを見せて俺達の下へ歩み寄ってきた。敵意は…無さそうだ。
「君達が助けてくれたんだよね?」
「俺達って言うか、この子が」
セインの視線がマシロに移った後、再び俺へと戻って来る。そして数歩下がって深く頭を下げた。
「こんなどうしようもない俺達を助けてくれてありがとう。そして、ごめん。突然襲い掛かったりして」
「ほう?」
この勇者様は俺達の知る勇者様とは少し違うみたいだな。もし勇者様ならここでお前達のせいで死にかけたーなんて言って突っ掛かって来るに違いない。
俺は不意な感謝と謝罪を受けて感心し、そして目の前の勇者様の見方を改めた。
「皆」
セインの言葉に申し訳無さそうにしていた勇者一行がビクッと体を震わせ、恐る恐る近付いて来た。そして勇者同様、頭を下げた。中には土下座する者もいる。
「えっと、その…いきなり魔王だなんて変な言い掛かり付けてしまって、すみませんでした…」
「私も、申し訳ないと思っている…あれは完全に私達に非があった」
「全身全霊でごめんなさい!」
それぞれが感謝を述べ、自分に非があると認めている。それだけで俺は満足だった。でも、一人だけ満足していなかった奴がいた。土下座をする女格闘家の前に歩み出たのは紫髪の少女、シュラだった。
「シュラ…?」
「この人、私に攻撃したよ」
「あ、あぁあ…!ご、ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!」
無機質なシュラの言葉を聞いて見る間に絶望の表情に変わった女格闘家は、謝りながら何度も地面に頭を打ち付け、そして擦り付けた。恐らく自分が間違った行為をした挙げ句、ただ一人直に攻撃を与えたと言う責任感と罪悪感が女格闘家の中で渦巻いているんだろう。
この必死さを見れば誰でも分かる。しかしそんな姿を見ても尚、シュラは追い打ちをした。
「痛かったなぁ…」
「ごめんなさい!」
「もし後少しだけ守るのが遅れてたら私は痛みに悶えてる間に真っ二つに、されてただろうなぁ」
「ひぃ!ごめんなさい!ごめんなさい!」
真っ二つのところだけを強調した瞬間にさらに謝罪の勢いを増した女格闘家は血と涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにして地面に倒れ伏した。俯せになって何をするのかと思った瞬間、女格闘家はそのまま背筋の要領で頭を地面に打ち付け始める。
「何だこれ!?おい、止めなくていいのか!」
「彼女、メシアは人一倍責任感が強いから、こうなったら許されるまでずっとあの調子だと思うよ…」
「頭叩き割れるぞあの子…しゃあない。おい、シュラ。そろそろ許してあげたらどうだ?滅茶苦茶反省してると思うぞ」
女格闘家、メシアがあまりにも可哀想に見えてきた俺は止めに入る。反応したシュラは振り返ると笑顔で言った。
「やだ」
「ごめんなざ―――」
「え…?」
まだ許してもらえないと分かった瞬間、メシアは最後に大きく反り返って謝罪の言葉を吐き出そうとした。だが、そうする前に彼女は事が切れた様に脱力して動かなくなる。
誰もが絶句した。まさか、死んでしまったのではないのかと言う疑惑だけが脳内に乱反射して、ジワリと冷たい汗を流す。ただ一人、またもやシュラを除いて。
「お、おい…まさか…」
「…大丈夫。気を失ったみたいだよ」
「嘘だろ!?それ完全に死人のそれじゃねぇか!!」
「離れてだと分からないくらいの動きで口を動かしてるよ。それにずっとごめんなさいって言ってる」
本当かどうか確認する為に恐る恐るメシアに近付き、じっくりと口元を見る。確かに、動いていた。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
「って怖っ!!」
軽いホラーだぞこれ。例えるなら虚ろで濁った目を見開いた死体がただ虚空目掛けてごめんなさいを連呼している様な、そんな感じだ。
とにかく俺はシュラの変貌に戸惑いつつも、セインの手を借りてメシアを立ち上がらせる。
「シュラ」
「…分かった。うん、確かにやり過ぎちゃったね」
その後に続いた許す、の言葉にメシアは解放されたかの様に意識を手放した。相当精神的に来てたんだろうな。
「何はともあれ、誤解が解けて何よりだ」
「迷惑掛けちゃったね…」
「いんや、メシアの件でお互い様って事でどうよ?」
「それで俺達のしでかした事が許されるなら、喜んで」
お互いに握手を組み合わして視線を交わらせる。セインの揺るぎなく正しくあろうと言う志が瞳にも表れていて、俺はその瞳の奥に燃え盛る正義の炎を垣間見た気がした。
「どうかしたのかな、ジッと見られると流石に恥ずかしいかなーって…」
「男にんな反応されてもうれしかねーよ!ったく…」
急にモジモジと視線を逸らしたりし始めるセインにそう怒鳴ると俺は調子が狂うと言わんばかりに頭を掻いた。
しかし、これは良い機会かもしれない。アレチェスカ王国の王都を目指すにしろ、知らない世界の地図を見るより実際にその道を歩いて来た奴らに案内してもらった方が確実だ。
それに、魔王がいなくなった事で目的を失った勇者一行は一度国に帰還しなければいけないだろうからな。
「もし良かったらだけどさ、俺達もアレチェスカの王都まで同行してもいいか?」
「勿論いいよ。どっちにしたって魔王を倒したって言う君達にはすぐ招集が来る筈だからね」
「それもそうか。じゃあ、一石二鳥って事で一つ。俺はツヨシ。王都までしばらくよろしくな!」
今度はさっきとは別の意味を込めた握手を交わして軽く笑い合う。その様子を見ていた勇者一行、そして俺の仲間達が一致団結し始め、場が盛り上がり始める。
「そうと決まれば自己紹介ですね!私はマスター、ツヨシ様の忠実なる魔術本!テキストと申し上げます!」
「シュラだよ!この子はマシロ!」
喋らないマシロの代わりにシュラが紹介すると、変わらずマシロは静かに頷いた。
「私はヒウラです。これからしばらくの間よろしくお願いしますね」
「レキシアだ。戦士を生業としている。隣に同じく、よろしくお願いするぞ」
「次は私だな!もう知ってるかもしれないけどメシアだ!よろしくな!」
何時の間に復活していたのか、メシアが親指をグッと立てて自己紹介をする。そしてシュラと目が合うなり引き攣った笑いを浮かべた。
「よし、皆!目指すはアレチェスカの王都だ!気楽に行こうぜ!」
「「「おー!!」」」
俺の声掛けに皆が気前良く反応を返してくれる。その様子に俺は満足げに深く頷くと、さり気にマシロが回収していた荷物を持って青空の下を歩き出した。目の前に広がる異世界特有の風がそよぐ大草原は闇国とは違い、これからの生活に心躍らせるには十分過ぎた。
そうして草原での一歩一歩を踏み締めて異世界を実感していると、不意に隣を歩いていたセインが聖剣を手にしていない事に気が付いた。
「あれ、お前聖剣はどうしたんだ?」
「洞窟の中だね。取りに行くにも崩れちゃってて探すのも手間だから置いて行くよ。それに、もう必要じゃ無くなったし」
魔王倒す事を前提に手にした武器だから魔王がいない今、持っていてもしょうがない。セインはそう言いたいのだろう。確かにその通りだし、この崩れた洞窟は保管、封印には持って来いの場所だ。
「そっか」
「そう言えばツヨシはどうして魔王討伐を?」
「どうしてってか…まあ一番大きい理由は死んでいった少女の為、だよなぁ…」
「え?」
「いや、そうだな…強いて言えば、己の正義に従ったってところかな」
間違った事は言っていない。俺は傷付く少女がいるのなら迷わずその手を伸ばすだろう。それが、俺と言う男が見出した正義なのだから。誰にも否定はさせないし、されたとしても曲げる事はない。
救えなかった少女がいる。苦しげに、そして微笑みながらそれでも自分の使命を成し遂げようとした少女がいる。救えなかった俺だったからこそ、今度は救おうと藻掻き続ける事が出来る。
思えば、あの頃から目的を持たず縦横無尽に揺れ動いていた俺の正義は固く揺るぎのない正義へと形を変えていた。絶望的で死すらも覚悟していた悪夢の中、舞い降りた天使は助けてとは言わずに自分の運命と戦い続ける事を選んだんだ。だから、俺はそんな運命を背負わされた少女を救うと決めた。
それが、その決意こそが火野鋼に目的を与え続け、そして全ての動力源として動いているんだ。
「俺は、もう取りこぼさない。目に入る少女全て摘み取るんだ」
そう、正真正銘頭の可笑しい俺は一人、内に秘める激情を滾らせていた。
『使役』の加護
女神アルテシアがツヨシに与えた最上級の加護。
加護の所持者がその気になれば魂が現世に残っていれば何者であろうと使役し、支配下に置ける程の力を持っている。
しかも使役された者は絶対服従に束縛され、逆えば心臓に激痛を伴ってしまう。所謂呪いに等しい。
加護の所持者が許可を出せば自由になる事も出来るが、やはり逆らうと上記同様の症状が起きる。
使役された者は何処にいようが呼び掛け一つで主の下まで強制転移させられる。状況によればかなり便利。
主の命を最優先に守らなければならなく、そして自分が死ぬ事さえも許されない。
本編でツヨシが行った様に『召還』の加護の上位互換としても扱う事ができ、それが例え絶対の支配者であろうと『使役』の加護には抗う事は出来ない。しかし上位互換として扱う以前に対象の名前とある程度の知識を持っている必要がある。