一難去ってまた一難
4000字以内で収めると言ったな。あれは嘘だ。
「準備はいいか皆!」
「「おー!!」」
俺は色々お世話になった廃城の前でちょっと武器庫から拝借した真っ赤な剣を掲げてそう叫んだ。整列した二人と一冊の仲間達が元気良く合唱する。ただ一人は無表情かつ無言で、だが。
「念の為確認しとくぞ!俺達の旅の目的は!」
「正義を執行し!」
「全ての少女に幸福をもたらす事!」
「そうだ!俺達は必ずそれを成し遂げなければならない!」
演説もどきを真剣に聞き入る仲間達の顔をそれぞれ見渡し、俺は満足げに深く頷いた。真剣と言ってもシュラ以外の表情は何一つ変わらないが。
「もし間違った道を歩み始めたならばそれぞれの全力を持ってそいつを」
「そろそろ行きません?」
「早く外の世界見てみたい!ね、マシロちゃん!」
コクリと頷くマシロ。…そうだな、もうこの会話五回はしたからな。
俺はコホンと咳払いすると装束を翻して廃城を背に歩き始めた。
「行くぞ、冒険の始まりだ!」
「何だか打ち切り漫画みたいですね!」
「うるさい!」
今日も賑やかな仲間達と共に、俺は今度こそ旅立ちの一歩を踏み出した。
それから歩いて数時間程経った頃だろうか。俺達の目の前には、巨大な洞窟が構えていた。どうも廃城から拝借した地図を見る限り、ここを抜けないといけないらしい。
ちなみに俺達が今いる地域は闇国と言う魔王が支配していた場所だ。そしてこの洞窟を抜けた先にはアレチェスカ王国があり、俺達のそのアレチェスカ王国の王都を目的地としている。
「ここを抜けるのか…」
「また暗いとこですか!早く抜けて明るい空を拝みたいですよ!」
テキストがプンプンと怒りを露わにして宙を飛び回る。頼むから大人しくしといてくれ。
「お化けとか出ない…?」
「お化けはどうかは知らないけど動く死体とかなら出て来そうだな…」
「あえぇ…」
俺にしがみついて怯えるシュラに癒やされながら、俺はその辺に落ちてた木の棒を拾って右手を翳した。
《炎の精よ。我が呼び掛けに応じその力をここに示せ。――闇を払い光を灯さん》
翳した手に光を宿され、魔法の発動準備が整う。俺はただ、唱えた。
「フレアライト」
木の棒に炎の明かりが灯され、松明が完成する。攻撃魔法としても扱われる事の多いフレアライトは、炎の属性魔法の中でも下級で威力も低い。だからこうして明かりとしても使用する事が出来る。
「ジッとしてても埒があかないな。入るぞ」
この洞窟は大分入り組んでいる様で、別れ道が嫌と言う程存在している。ラッキーな事に俺達は廃城から拝借した洞窟の地図も持っているので迷う事はない。
「綺麗な石!」
「ああ、それはシド鉱石ですね!」
「シド鉱石?」
「はい!加工すれば武器から防具まで幅広く使用出来る高値で取り引きされるレアな鉱石ですよ!運が良いですね!」
ふむ。これを沢山回収して売り捌けば金に困らずに済むって認識で良いのか?
売れなかったとしてもレアな鉱石らしいから取り敢えず俺は巨大なバッグを背負っているマシロに回収していく様に命令しておいた。
「結構色々落ちてるんだな、この洞窟」
「まあラストダンジョンの手前みたいなとこもありますし、当然と言えば当然なんでしょうね!」
「マシロちゃん凄い!凄い力持ち!」
「そう言うシュラも大概だと思うけどな」
マシロには劣るとしても、シュラはその半分くらいの量の鉱石やらが入ったバッグを気軽に背負っている。改造し過ぎたのか、それとも潜在能力による驚異な成長性の仕業なのかは知らないが恐らくシュラも相当強くなっている筈だ。
「あ、広い場所に出ますよ!」
「そこで一旦休憩するか。狭いとことか足場悪いとことか歩きっぱなしで疲れただろ」
「うん、疲れたー」
荷物を降ろして近場の岩に腰を下ろす。大分歩いたし疲れていた事もあって、俺は深い溜め息を吐いた。シュラも同様だ。
テキストとマシロ?テキストは本で空飛んでるしマシロに限っては超人みたいな奴だから疲れのつの字も見せていない。畜生、羨ましいな。
休憩を取る事十分。俺達はそろそろ先に進もうかと重たい腰を上げて出発の準備をしていた。そこで、シュラとマシロが何かに反応して進路先の暗闇をジッと見つめ始めた。
「どうした?」
「何か来るよ。複数いる!」
「何!魔物か!?」
「違います。この気配は、人です!」
暗闇から姿を現したのはシュラとテキストの報告通り、複数人の人だった。それもそれぞれ派手な格好をして如何にも勇者一行とでも言いたげな集団だ。
「誰だお前達!ここで何をしている!?」
「誰って、俺達は」
「セイン様!あの者達の格好、私の村を襲った魔王とその配下にそっくりです!」
言葉を遮られてイラッと来る。その上魔王とその配下にそっくりと来た。いやまあ俺とシュラは廃城で拝借した服だから言われてもしょうがないのだが。
セインと呼ばれた金と銀の鎧に身を包み、長い甘栗色の髪を後ろで縛り、やや女の子よりの中性的な顔を曝け出している少年は背負った険の柄を掴んで警戒し始める。その他、余計な事を言った杖を持ったローブの女魔法使いや露出の高いビキニアーマーなる防具をした明らか女戦士、武器を持たない女格闘家達がそれぞれの武器を構える。見た目は少女なのに、実に残念だ。
つーか女垂らし過ぎだろこいつ。俺も言えた口じゃないけど。
「本当か!?まさか、お前達が魔王軍なのか!」
「違う」
「嘘を吐くな!ヒウラが言っているんだから間違い無いんだ!」
出た。滅茶苦茶ウザいパターンの奴。どうせこいつが勇者とか言うんだろう。頭痛くなってきたぞ。
「ふっ。勇者の力を最大限に引き出す聖剣を手に入れて強くなったセインに恐れをなし、他人を装って逃げようと言う魂胆だろう!ゲスめ!」
ゲスめ!じゃねぇよ。どの辺がゲスなんだよ。
俺は呆然と確定された勇者一行を見つめる仲間達を尻目に口を開いた。
「いや、そもそも魔王は昨日俺達が倒したし」
「言い逃れか?呆れて言葉も出ないぜ!」
女格闘家がそう吐き捨てて嫌悪の顔を向ける。呆れて言葉が出ないのはこっちの方なんだけどな、可笑しいな。
「戯れ言は大概にしろ。俺達は先を急いでるんだ」
「そう言って遠くに逃げて、力を蓄えるつもりだろ!そうはさせない!お前達に殺された仲間の為にも、ここで逃す訳にはいかないんだ!!」
とうとうセインが聖剣を抜き取り、切っ先を俺達に向けてしまった。戦いからは逃れられないようだ。
「マシロ、適当にあしらってやれ」
「待って、ツヨシ様」
「シュラ?」
「私がやる。何か頭に来た!ツヨシ様は魔王なんかじゃないのに!」
そう言って激怒するシュラを見て涙する。俺の為に怒ってくれるなんて良い子過ぎるぞ。
シュラが一歩前に出て、勇者一行と対峙する。本当なら危ないしなるべく戦わせたくはないけど、どれだけ自分の身を守れるのかを確認しておきたいと思っていたので丁度良い機会だと俺は判断した。
「女の子の姿をして油断させようったってそうはいかないぞ!」
「むぅ、私は女の子だもん!」
「こう言う奴らは会話が通じない。力で思い知らせてやるんだ!」
「うん、分かった!私頑張る!」
そう言ってシュラがバッグのサイドに括り付けられていた斧を二本手に取って構える。所謂二斧流だ。
勇者一行はもう完全に俺達が魔王だと思っているのでこの上なく警戒している。とんだ迷惑だぜ、全く。
「行くぞ、皆!ここで全てを終わらして世界を救うんだ!」
「「「了解!」」」
勇者一行が陣形を取り、先制攻撃を行う。それをシュラはまず、斬り掛かるセインの懐に潜り込む間際に聖剣を受け流し、斧の柄で鎧ごと腹を突き、蹴り飛ばす事で崩した。蹴り飛ばされたセインは詠唱をしているヒウラを巻き込んで壁際まで転がり込んだ。
「セイン!ヒウラ!お前、よくもやりやがったな!」
女格闘家がシュラとの距離を一気に詰めてボディーブローを狙う。少し反応が遅れてしまったシュラは辛うじて防御を取り、衝撃をなるべく抑えた。だがここまで来た勇者一行もそれなりに強く、シュラは衝撃に耐え切れず後方に吹き飛ばされてしまう。
何とか体勢を整えたばかりのシュラに今度は女戦士が襲い掛かる。重く鋭い大剣が女戦士の馬鹿力に振り回され、標的と叩き潰そうと迫る。
「これでっ!!」
ただでさえ危機一髪だと言うのにそこへセインも参加してくる。前方から迫り来る大剣と背後から迫り来る聖剣。このままではシュラが危ない。俺が一歩踏み出し、助けようとしたその時。
金属音が洞窟内に反響し、同時に俺は驚きで足を止めた。確実にやられると思っていたシュラが右の斧で大剣を受け止め、もう一方の左の斧で聖剣を受け止めて攻撃を凌いでいたからだ。
「シュラ…!」
「私はっ、負けないもん…!勝って、ツヨシ様を守るんだから!」
両の斧で大剣聖剣共に弾き、そして地面に叩き付ける。セインと女戦士は呆気に取られていたのもあり、思わず武器を手放してしまった。それはシュラも同じであり、斧は粉々に砕け散る。それでも、シュラは攻撃を続けた。
《雷の精よ。風の精よ。我が呼び掛けに応じその力を示し、交われ。――そして雷鳴よ。嵐と共に泣き喚け》
セインと女戦士に向けられた両腕に風が収束し、吹き荒れる。次第に帯電を始めたそれは、シュラが詠唱を終えた瞬間に放たれた。
「ライトニングトルネイド」
魔法が完成し、発動した瞬間。この場にいる者は皆、ほんの一瞬だけ音を失った。
遅れて聞こえて来た轟音の正体はシュラの放った魔法によるものだった。雷と風の複合魔法であるライトニングトルネイドはセインと女戦士を呑み込み、その身をズタボロに変えていく。
「うっそだろ…」
「あれ確か中級の筈ですよ…」
「いや、そうじゃねえ。これは…」
シュラが満足げに戻って来るのを余所に俺は引き攣った笑いを浮かべる。聞こえてくる、聞こえてくるぞ。この音は。
「崩れるぞおおおお!?」
地面が揺れ始め、天井から石ころやらが降ってくる。そりゃこんなところでどでかい魔法放てばこうもなる。俺達はこの状況に慌てふためき、荷物を持って出口目指して駆け出そうとした。
だが、複雑なこの洞窟をそう簡単に抜け出せる筈もない。俺は人生終わったと言わんばかりに四つん這いになって嘆いた。
「こんな終わり方ってあるかよ…!」
そう思っていた矢先、俺は視界を埋め尽くす程の燃え盛る炎を見た。