少女の保護と静かな怒り
当分は4000字以内で収めようかと。
「…よし、出来たぞ!」
「流石マスター!飲み込みが早いですね!」
「ま、まあ俺天才だから」
「馬鹿さ加減が滲み出てますね!」
しばらく時間を掛けて魔力の制御を程々に出来る様になった俺は、とうとう魔力の実体化まで為せる様になっていた。まだまだ実体化させていられる時間は少ないがテキストによるとこの短時間でここまで出来る様になるのは凄いらしい。
あと馬鹿は取り消せ。
「…さて、しょうもない茶番はここまでにしとくか。何時までもこんなとこでじっとしてられないし、そろそろ本格的に動き出すぞ」
「おおー!?とうとう旅立たれるのですね!私もこんな湿っぽい場所さっさとお暇したい気分でした!」
うるさいテキストは放っておいて、カバンを背負った俺は廃城の大広間まで足を運んだ。ちなみにさっきまでずっと玄関にいた。
「すっげぇなここ!ボロボロだけど迫力とか半端ねぇよ!」
思わず興奮して大声で叫んでしまったが、まあこの様子じゃ誰もいないし大丈夫だろう。外の連中に気を付けてさえいれば。
しばらく大広間を堪能していると、不意に俺は物音を耳にした。二階からだ。
「誰かいる…!」
「気配からしてこれは…人、ですかね?」
「人が何でここに?」
「私に聞かれても困りますよ!でも、考えられるとすればこの城に誘拐されていた人が生き残ってたみたいな…」
「だとしたら助けないといけないな。ははは、平和の為の善行の時が来た!」
バッと両腕を広げて高らかに宣言すると、俺は大広間の中央から二階へ続く階段を登った。滅茶苦茶慎重に。
「あそこまで意気込んでおいてその生まれたての子鹿の様な歩き方はどうなんでしょうかね…?」
「うるせぇ!崩れたら危ないだろうが!」
「あ、自分の身は何よりも大事と言う事ですね!分かりました!」
何をするにしても自分が危ない目にあったら元も子もないからな。そこも考慮してる辺り誰か俺を褒めて欲しいな。
そんなこんなで二階の廊下に辿り着いた俺は取り敢えず片っ端の部屋から確認して行く事にした。
「みぃつけたぁ…」
などとおぞましい声を出しながら目の前の扉を開いてみる。しかし中に人がいる気配はなく、ここは違うようだった。溜め息を吐きながら扉を閉めようとした時、ふと部屋の中にクローゼットがある事に気付いた。
そう言えば今の俺の格好は死刑囚と何ら変わらないし、いっその事異世界風にイメチェンでもするか?などと思い、俺は部屋のクローゼットを開く。中に入っていたのは禍々しい黒の装束だけの様だ。
「明らかに悪役が着るそれだよな…ま、この際何でもいいか。何を着ようが着まいが行いが良ければこれもファッションの一つだ」
死刑囚みたいな服から装束に早着替えして着心地を確認するが、問題無さそうだ。寧ろ体の一部に感じるレベルくらいジャストフィットしている。
「ほほぅ、これは『最適化』の加護が付与されてますよ!マスター、運が良いですね!」
「ふっ、俺は運命に愛された男だからな!」
ちょっと調子に乗って装束のマントっぽいのを翻して部屋を出る。それを背後から見ていたテキストはボソッと呟く。
「あれはどちらかと言うと完全に魔王ですね…」
そんな事を言って苦笑しているテキストには一切気付かず、俺は隣の部屋の扉を開け放った。
「ひっ…」
同時に、そんな声が部屋の奥から漏れてきた。―――しかも、女の子の声だ。
俺はコホンと咳払いをすると静かに声の主の下へ歩み寄った。音の聞こえたクローゼットを開くとそこには。
「こ、殺さないで…!ま、まだ死にたくない…!」
「少、女…!」
―――紫髪の少女がいた。若干やせ細ってはいるが、それでも分かる程の可愛さを秘めた少女は、完全に怯え切った表情で俺を見上げ震えていた。そしてまた、俺の手も震えていた。
少女をこんなにも追い詰めた者への怒り。少女がこうならなければいけなかった環境を作った者達への怒り。今すぐにでも抱き締めて愛でたいと言う感情に殴打され衝動的に行動してしまいそうな自分の抑制。それぞれの感情が、俺の手中で暴れ回っていた。後半は明らかに下心丸出しなのだが。
それでも何とか感情を押し殺すと、俺は視線の高さを少女と合わせ、手を差し伸べた。
「悪い奴は必ず俺が倒す。だから、安心していいよ」
優しい声音でそう語りかけ、少女の反応を待つ。するとまだ疑いを持つ少女は不安そうに、そして怯えながらも言った。
「本当…?もう、怖い人が私をぶってきたり、しないの…?」
「大丈夫。これからは、俺が君を悪い奴から守ってあげるから。だから安心しろ、な?」
そう言って優しく抱き締めると少女は恐る恐る身を預け、嗚咽を漏らした。俺はただ受け入れ、泣き止むのを待つ。そうする事数分、やっとの事で落ち着いた少女はまだ僅かに鼻を啜りながらクローゼットから出て来た。
「落ち着いたか?」
「…うん」
「他にも君みたいな子が?」
「ううん…他の皆は、もう死んじゃったの…」
また目尻に涙を浮かべ始める少女の頭を撫でる。どうやらこの子が最後の生き残りらしいな。
「酷い事をする方がいるんですね…」
「こう言う話では在り来たりな設定だが…やっぱり許せないな。少女を大切に出来ない奴は特に」
静かに怒りを抱き、俺は少女から手を離す。恐らく今はこの城にいないだけで必ずこんな卑劣な事をしでかした馬鹿野郎は戻ってくる筈だ。確か俺のいた世界に犯人は現場に戻るみたいな言葉があった気がする。
「テキスト、知恵を貸せ。クズに自分のしでかした罪がどれ程重いものか思い知らせてやるぞ」
「マスターのご要望とあらば!」
テキストもそれなりに怒っているんだろう。青く光っていた石が赤に変わっている。
それから俺達は別の部屋に移動し、大食堂の様な場所で加護の使い方をテキストから教わっていた。大体理解してきたところで、俺の腹が鳴き始める。
異世界に来てから随分と時間が経過したのだからお腹が空いても可笑しくない時間帯だろう。俺は隣の椅子で暇をしている少女に声を掛けた。
「少女…そう言えばまだ名前聞いてなかったな。君、何て名前なんだ?」
「シュララ、だよ?」
「シュララ…シュラちゃんか!俺はツヨシ。こっちがテキストだ」
「はい、テキストでございます!」
「本がお喋りしてる?」
「魔法の本なんだってさ」
「ふふふ、無邪気な子の純粋な眼差し、悪くないですね!」
そんな事を言いながら多分胸を張るテキスト。言動で理解出来る本ってのも中々珍しいな。喋る本もだが。
「そう言えばシュラちゃんは食べ物とかどうしてたんだ?」
「食べ物なら、隣の部屋に沢山あったよ!」
「隣って、結構近いんだな」
覗いてみると本当に沢山あった。しかも見た感じ腐ってなくて最近仕入れたばかりだと言う事が分かる。
俺は食料庫にあったリンゴの様な果物を手に取ってかじってみた。同じ様にシュラちゃんも同じ物を食べる。味はリンゴと何ら変わらなかった。
「しかし、こんだけ食料があると料理にも困らないな。どれ、試しに俺が料理してみるか!」
「料理出来るんですか?」
「一応な。大した物は作れないが」
こうして俺は一肌脱ぐ事になった。料理すると言っても肉野菜炒めに味付けをするくらいの物だ。シュラちゃんからすればご馳走だったのか、まだまだ成長期なシュラちゃんは俺の作った料理をすぐに完食してしまった。満足してもらえて良かった。
俺はお腹をぽんぽんと叩いて幸せそうな表情をするシュラちゃんを微笑ましく眺めつつも、内心ではこれからの事を見据えていた。
ここの主を倒した後は取り敢えずここを出ようと考えている。そしてどっかの街を目指そう。街に行けばまずは安心だろうからな。
その為には、準備が必要だ。俺は来たるべき日を迎えるべく、シュラちゃんをテキストに任せて食堂を去った。