Cクラス
家で寝て食ってゴロゴロしたいです。職業ごとの仕事は分身にやらせましょう。
それは、俺がソファーで優雅に寝ていた時に起きた。
《水の精よ。我が呼び掛けに応じその力を示せ。――凍てつき、かの者を押し潰せ》
俺の意識が夢現にさしかかった辺りだっただろうか。ユリカらしき声で詠唱が行われているのか、俺の聴覚がしっかりとその一言を拾った。
意識が徐々に現実へ引き戻されていき、そして突然の腹部からの痛みに緩やかな目覚めは加速した。
「アイスストーン」
「ぐほぉっ!?」
冷たく、そして重い魔法攻撃が俺の腹部へ発射され、その痛みで悲鳴混じりに俺は強制的な目覚めを迎えたのだ。痛みに悶え涙目になりつつ、片目でソファーを覗き込む様に見る赤髪の少女を捉える。
「な、何するんだ…!」
「昨日の事、まさか忘れたなんて言わないよね?」
「なんのことだかわかんないなー…うっほぁっ!?」
今度は仰向けになって無抵抗な俺に対して容赦のない鉄拳が腹へねじ込まれる。両腕でお腹を抱え込む様にしていたのにも関わらず、それをかいくぐって直撃させる技術に天晴れとしか言い様がない。
予期せぬ痛みに変な声を上げてしまい少しだけ恥ずかしくなる。
「あんな事しでかしてよく惚けるなんて出来たわね、アンタ」
「ふ、不可抗力ってやつだろ!?まさか、入ってるとは思わなくてだな…!」
「普通気付くでしょ!しかも律儀に服まで着せて…」
そこまで口にして重大な事に気が付いたユリカは、そのままピタッと動きを止めてだんだん両の頬を赤く染めていった。
「ア…アンタ、もしかして全部、見た…?」
「見た。ご馳走様でした」
見たのは紛れもない事実。包み隠さず、ユリカの問いを肯定で返す。次の瞬間、ボンッと擬音が聞こえそうな勢いで赤面になったユリカは耳まで赤くしてあたふたし始めた。
ユリカがここまで取り乱すのは初めて見た。俺は新たな一面を発見しつつ、そんなユリカが可愛く思えた。
「わわわ、忘れて!全部忘れるの、いい!?アンタは何も見てない、そうでしょう!?」
「いや、見たんだよな。これだけは嘘偽りのない真実」
「ちょっとは空気読んで否定の一つはしなさいよ!ああ…何だか馬鹿らしくなってきた…」
至って冷静に受け答えする俺に呆れを感じたのか、ユリカは「今のこいつはそう言う奴だった」と片手で顔を覆って天井を仰いだ。
それでも念を押す様に最後に忠告をしてきた。
「い、いい?昨晩の件、誰かに言ったら持てる力全部フル活用してぶっ飛ばすからね?」
「そ、それだけは勘弁して欲しいなー…」
正直、ユリカの全力を受け止めるのは厳し過ぎる。先日の稽古の時だってそうだ。あれが実物の剣で行われる殺し合いで、かつユリカが本気を出していたら今頃俺は細切れより酷い姿になっていた筈だ。
それにユリカは剣術だけでなく魔法も一流らしいし、逆に何が苦手なのか小一時間問い質したくなる。
「って、もうこんな時間じゃない!アンタを学園長室に案内しなきゃなんないのに!」
「普通に起こしてれば良かったんじゃないか?」
「簡単に言ってくれるよね…」
ソファーから立ち上がり、ふとユリカを見ると丁度彼女は床に置いていた通学用カバンを手に取ろうと腰を曲げていたところだった。それも背中を向けているものだからお尻が強調されて制服のスカート越しに形が薄らと確認出来るのなんの。
食い付く様にお尻を直視していると、視線を感じたのかユリカが振り向いてしまった。そしてすぐにお尻を見られていた事に気が付いたユリカは若干頬を赤くして俺を睨んでくる。
「悪い、意識してしまったよ」
「私の殺意のボルテージが一段階上がった」
「ごめんなさい」
そんな会話をしていると、不意に俺はとある疑問を抱いた。
「そう言えばさ、今日から俺も学園デビューなわけだろ?」
「…そうだけど」
「制服とかカバンとかどうしたらいいんだ?」
「あー、その事ね。それについては学園長室で説明されるだろうから、私から言える事はないわ」
「だったら早めに行かないと授業に間に合わなくなるな。早速だけど案内してくれるか?」
「元々そのつもり。さ、行くわよ」
それだけ言うとカバンを手に退出してしまうユリカ。俺も慌てて後を追った。
◇
「ここが学園長室よ」
「へー、ここが…」
学園長室だと案内されたのは何の変哲もない学園長室と書かれた部屋だった。ユリカは俺に「じゃあ私はもう行くから」とだけ残して教室へ向かってしまった。
ここで置いて行かれても困るのだが、何時までもユリカに頼ってばかりでは申し訳ないので後の事は考えない事にした。
「すみませーん。本日編入する事になったツヨシって言いますー」
ノックして、名乗る。すると扉の向こうから「どうぞ」とくぐもった声が聞こえた。
「失礼します」
中に入る。学園長室と言うだけあって執務室の様な雰囲気が漂っている。四方を囲む様に本棚が並べられており、ぎっしりと本が積み込まれていた。
入って正面の奥には執務用の机と椅子があり、そこに学園長らしき人物がいた。傍らには一人の男性の姿が控えている。
「編入生、ツヨシ君…で間違いない?」
黒髪長髪のおっとりとした雰囲気を持つナイスボディの女性、学園長は目を細めてそう訊ねてきた。俺はその艶やかな感じに息を呑みつつ、頷く。
「私はこのルカリナ学園の四十七代目学園長を務めさせていただいてる、シオン・フロート。以後、よろしくお願いね?」
シオンの微笑みに心奪われそうになったが、何とか昨晩のユリカを思い浮かべる事で耐え凌ぐ。魔性の女とでも言うのか、シオンには独自な魅力があった。エロス学園長と裏で呼ぶ事にした。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
「それでは早速本題に入ろうと思うの。良い?」
「はい」
「良かった」
再び微笑む。何と言うか、マイペースな人だ。
「まず、試験の結果から発表するわね」
「おおっ…」
ゴクリと息を呑む。シオンは手元の用紙に目を通すと、またもや微笑んだ。
「ツヨシ君、実技試験については何にも問題は無かったのだけど、テストの方に問題があって…」
続けられる言葉。それは俺にとって衝撃的なものだった。
「――話し合った結果、妥当してCクラスに入ってもらう事になったわ」
「で、ですよねえぇぇ…!」
俺の万丈波乱な学園生活の幕開けは、良くない結果から始まった。
「亡世の支配者」
マシロの名称。意外と本名、マシロリバウドの名を知っている者は少ない。
数世紀前、正しくは七百年前に世界の全てを支配した未だ謎の多い存在であり、
属性に合わせた姿に変化する能力を持っていたと言われている。
過去の記録では、亡世の支配者が本格的に支配に乗り出す前までは人の形を取っていたとあるが、
実際に見た者は既に亡くなっている為、事実かどうかを知る術はない。




