選考試験開始!
寒い(半袖半ズボン)
されるがままに連れてこられたアリーナの印象は、やっぱり広かった。恐らく500人程度なら余裕で収まるのではないだろうか。おまけにアリーナの周囲を囲む様に観客席が用意されている。
「でっけぇ…」
「ここに来てそれしか言ってないわね、アンタ」
「この光景を目にして俺はそれ以外どう反応取ればいいのか教えて欲しい!」
俺のそんな叫びは虚しく広々としたアリーナに反響し、沈黙を呼び込むのだがその沈黙はすぐに破られる事となった。
まず、アリーナの中央には二人の人がいたのだ。
「――十三時間待機したかいがありましたねぇ…」
「もう来ないかと思いましたわ…」
男と女だ。俺とユリカは何も言わずにアリーナの中央まで歩みを進めた。距離が縮むにつれ、俺の鼓動が乱れ始める。クラスを決める為の試験とは言え、これからする事は場所と男を見てすぐ理解出来てしまったからだ。
男は黒髪黒目のスーツに眼鏡と言った若い男性。一見ただの教師にも見えない事もないが、その片手に握られた剣から発せられる剣気と言うもののせいで明らかな実力者である事を悟らせられた。
女性はもう美女の一言に尽きる。雰囲気は何であろうか。
「旅館、人妻…」
「いきなり何口走ってんの!?」
思わず口に出していたらしい。すぐ隣で俺の言葉を聞いたユリカが慌てて俺にツッコミを入れてきた。失敬、以後気を付けようと思った。
「えっと、これはまず謝るべきなんでしょうか…?」
「これが本格的な試験かつ集団で行うものだとしたら謝罪は必要だと思いますが、幸い今回の試験は突然なものなので大丈夫ですわ。十三時間もまだかまだかと待ち続けた私達がやる気過ぎただけですので」
「ごめんなさいでしたぁ!!」
根に持ってっぽかったから俺は咄嗟に綺麗な土下座を決め込んで謝罪の言葉を口にした。
別に好きでこんな時間に来たわけではないのだが、待たせたのなら取り敢えず謝っておくべきだろうと判断したからだ。
「さて。時間も遅いですし、早急に始めちゃいましょうか」
男はそう言うと俺から離れた場所へ移動し始めた。同時に女性とユリカも距離を取っていく。自己紹介も無しで戦うらしい。
俺も立ち上がると、一歩、二歩と後退して持ってきていた木刀を構えた。本物の剣に対して木刀。明らかに有利さは相手にある。
それに、相手はルカリナ学園の教師だ。これではフェアではない。そう感じたと同時に、横から何かが飛んで来た。咄嗟に掴んで見るとそれは鞘に収まった剣だった。
確かこの剣はユリカが腰に提げていた物だった筈。そう思いユリカを見ると彼女は仕方がないと言った様子で俺に指を差した。
「貸してあげる。でもその代わりに良い成績残すのよ?」
「ありがとう。それと、ユリカ」
「何?」
「人に指差すなって教わらなかったか?」
「アンタ……いや、何でもない。先生、始めて下さい」
一瞬怒りを露にしたユリカだったが、ここで余計な事を言うとだんだん時間が遅くなってしまうと判断して何とか堪えきって試験の開始を促した。
女性は頷くと息を吸った。膨らんだ胸が軽く強調され、俺の視線を釘付けにした。
「まずルールの確認をしますわ。試験内容は実技試験です。先に気絶、降参させた方が勝ちとなります。殺しは禁止ですので注意して下さいまし?」
「あ、はい」
もう胸にしか視線がいかない。ユリカもそこそこ大きいが、この女性も中々の乳を持っている。
「それでは…編入生、クラス選抜試験を開始します!」
「試験中に余所見は感心しません、ねっ!」
開始の合図と共に動いたのは男だった。
しまった!胸に気を取られていたら先制を奪われてしまった!
完全な自業自得で先制を奪われた俺は咄嗟に剣を抜き、眼前に迫る剣を受け止めた。鍔競り合い。俺は鞘を持った手を剣を持つ手に添える事で何とか耐える。
間を詰め寄った速度と大人の力が合わさった一撃は、ユリカの剣技よりも重く、鋭い。
でも言ってしまえばそれだけだ。この男の剣技が俺には窮屈に思えた。
「喰らえっ!」
「ぬぅっ!?」
相手の剣をギリギリまで引き寄せ、ほぼ肩に刀身が触れるか触れないかの距離で俺は、片手に持ったままだった鞘を男の股間に直撃させた。予想外かつ死角からの攻撃をまんまと受けてしまった男は呻き声を上げて剣を手放してしまう。その隙を逃さない。
俺は落ちる寸前の剣を空いた手で掴み取ると、二振りの剣を鋏の様にして男の首に宛がう。これで相手は武器を失い、下手に動けば怪我もしくは死亡待ったなしの状態に陥ったわけだ。
「…降参、です」
不服そうな表情で負けを認めた男を見て、俺は剣を鞘に納めた。男の剣も近くに落としておく。
「そこまで!」
同時に試験終了の宣言がされ、正式に俺の勝利が確定する。勝因はやはり、相手の戦闘スタイルに自由な発想がなかったからだ。俺が男の剣技に単調さを覚えたのはそれが原因だった。
ユリカが扱う剣術は剣を片手で構える事によってもう片方の手が自由になる。故に小細工などをするのに最適な戦闘スタイルなのだ。しかしそれに対して男の剣術の構えは両手で持ち、両手で振るう、謂わば一番多く扱われ一番オーソドックスなもの。確かに一撃の威力は高く連撃に繋げれば相当相手を消耗させる事が出来るが、この剣術ではそうする事しか出来ない。
逆に俺がユリカの見様見真似で習得した剣術は片手で振るい、一撃一撃は軽いものの、小回りの利く攻撃が可能だ。しかも空いた片方の手では小細工し放題。謂わば自由なスタイル。
この違いが、今回の勝敗を分けたんだと俺は思っている。もしあの鍔競り合いの中で俺が両手で剣を握っていたならば鞘を活用出来ずに押し負けていたに違いない。
「世界を覆う闇」
いずれ世界に危機を及ぼすであろう悪の総称。
誰がその悪に当て嵌まるのかは確定していないが、強大過ぎる力を持つ悪は大体「世界を覆う闇」の
一つと見ても大丈夫。敵がこれだと定められないので途方もない話なのだが、これを排除しない限り
世界は必ず滅びを迎えてしまう。女神アルテシア様は無茶を言う。




