廃城と加護と魔法の本
本来の鋼はハゲたゴリラに等しいんですけどRETURNにおける鋼はハゲなくてゴリラにもならなかった世界線の肉体を得ています。
光を抜けると、先程の道は消え失せていて代わりに廃墟と化した城への道が続いていた。
森じゃない、だと?
「いきなりラストダンジョンは洒落にならないだろー…」
黒雲に覆われた空。草木の生えていない荒れた大地。そして廃城。明らかに魔王の城を連想させる光景が今、まさしく俺の目の前に広がっていた。
コウモリにもカラスにも似た生物が俺を狙うかの様に頭上を飛び回るものだから俺は身の危険を感じ、思わず廃城へと足早に逃げ込んでしまう。
「中には…誰もいないか」
四天王最弱の魔物が待ち受けていたりはしなかったので取り敢えず溜め息。その後カバンを地面に降ろし、壁にもたれ掛かる様にして座った。
俺の知識ではこう言う時森の中にいてしかも女の子の悲鳴が聞こえてくる筈なんだが…どうやらアルテシア様の言う通り、夢を見過ぎていたらしいな。
何度耳を澄ませても聞こえてくるのはさっきのカラスコウモリの悲鳴の様な鳴き声ばかり。
「あー、今頃俺の元の体は四肢を引き裂かれて異形の餌にでもなってんだろうなぁ…」
頭の中でその姿を連想させて勝手に身震いをする。霊長類最強のゴリラ似と言うかもう大体ゴリラと言われ続けていた俺はやはり弱肉強食の世界では生き残れなかったらしい。生態系ピラミッドの頂点に立つのは異形なんだろうか?
そう言えば俺の元の体はもう崩壊寸前とか言っていてな。となるとアルテシア様は俺の魂を別の肉体に移し替えたって事になるのか?
何か悪いな、俺。
「…つーかいきなり詰んでないか、俺?」
よくラノベとかで独り言呟く主人公をなんだこいつ、とか思って見ていた俺もそんな主人公の気持ちが分かってきた気がするな。これは呟きたくなる。
取り敢えず、これからの方針を決めないといけない。森に出て来ていたならラノベの知識等を生かして何とか出来たのだが、今の状況では森から王国に行って姫様を虜に、と言う様な流れに持ち込むのは不可能だろう。
「…そう言えば、アルテシア様が困った時はカバンを開けろって言ってたな」
ふとカバンを視界に入れた時にそんな事をアルテシア様が言っていたなと思い出す。開けて中を覗いて見ると、まず一冊の分厚い本が目に入った。黒い革表紙で透明の石が装飾された本だ。
俺はそれを手に取り開こうと試みる。次の瞬間、その本に埋め込まれていた石が光を放ち、手元から勢い良く離れた。しかも浮いていると言うのだから意味が分からない。
「はいはーい!マスターの魔力、感知致しました!本契約を始めますので、魔力を私に流し込んで下さいな!」
「…喋るのか!?」
「喋りますとも話しますとも!なんたって私は誰もが欲しがる魔法の本なのですから!」
思わず喋った事に対して驚いてしまうが、よくよく考えてみれば喋る本なんて既に在り来たりと化しているではないか。
そんなすぐに冷めた俺の反応が面白くなかったのか、喋る本は俺の周りを一周回ると忙しない動きをして言った。
「超ショックなんですが!もう少しくらい驚いてくれてもいいんじゃないですかー!?」
「うるさい本だな…」
「うるさいとは何ですかうるさいとは!」
マジでうるさくなったから俺は本を掴むと真っ二つに裂こうと力を入れた。
「痛い痛い痛い!痛いですってば!ごめんなさい!謝りますからどうか破くのだけはー!!」
「大体何なんだお前?」
これ以上騒がれると外の奴らを刺激しかねないので離してやると本は力なく地面に落ちた。
「私は簡易移動式図書館と言いますか説明書と言いますかぁ、そんな感じの存在なんですぅ」
「説明書ね…」
石の光りを点滅させて気怠げに返してくる本を手に取って試しにパラパラと流し読みしてみる。が、どのページも白紙で何も書いてはいなかった。
「何も書いてないじゃねぇか」
「だからこその契約なんですよ?私とアナタが契約する事で白紙のページにアナタが必要とする情報が記載されていくんですよ!」
急に浮き上がって得意気に話し始める本の話を聞いてやっと納得した。アルテシア様のプレゼントの一つであるこの本は異世界で路頭に迷った時に読むとどうすればいいかとかが分かる魔法の本らしい。
あくまで推測だが。
「で、契約しなきゃいけないって事は分かったんだけどその契約ってのはどうやってするんだ?」
「最初に言った通り、私に魔力を注ぎ込めばいいのですよ!」
「魔力、なぁ…その魔力ってのがイマイチ分かんねぇんだよな。常識的に考えて普通の人は魔力とか駆使しねぇからさ」
「仕方ないですね!では今回は私の方から魔力を頂戴しますので、その後についてはご自分で勉強して下さいね?」
「ああ、頼んだぞ」
俺の言葉を聞くと本は動きを止め、輝き始めた。少ししてから俺は、自分の体から何かしらの力が抜けていく感覚を覚えた。恐らく魔力を吸われているのだろう。
まだ慣れない感覚だが、今後はこれに慣れて駆使していかねばならなくなる筈だ。
「…はい、濃厚な魔力頂きました!これにて契約は完了となります!」
「何か呆気ないんだよなぁ…」
「まあ初回ですしね?その他諸々の手続きは私の方でちょちょいと済ましちゃいました!」
「ほお、中々気が利くじゃないか」
「これからはマスターと従者的な関係になるのですしこのくらい起床前ですよぅ!」
高速回転しながら騒ぐ本を見て、このまま本と呼び続けるのは不便と感じた俺は一つ、尋ねた。
「お前、名前とかあるのか?」
「マスターが変わる度に呼ばれる名は変わっているので特に無いと言うのが現状でしょうか!名はマスターが決めて下されば私はこれからその名で名乗らせてもらいますとも!」
「じゃあお前はこれからテキストだ!」
「安直過ぎやしませんですかね!?」
俺にネーミングを求めるのは間違ってるぞ。自分で言うのも何なんだが。
「テキストがやならテキスティープラネットとかで呼ぶが…」
「いやぁ!テキスト!良い名ですねぇ!?」
「HAHAHA!」
最早変に脅され投げやりになるテキストを見て愉快そうに笑った後、俺は荒ぶるテキストを掴んで一ページ目を確認した。そこにはまず、俺についての情報が載っていた。
その中でも一際目立ったのが女神の加護の項目にある『使役』と『改造』。ちゃんとその力についての説明も記載されていたので目を通す。
「『使役』と、『改造』…」
「この異世界において何より重大なのが女神の加護を受けているか受けていないか、なんですよ!」
一通り説明欄に目を通した辺りでそう呟くと、テキストが突然この異世界の世界観について語り始めた。
「そりゃなんでだ?」
「マスターが知る女神アルテシア様はこの異世界の絶対的な信仰対象と言えば分かるでしょうか?」
「そんなに偉い女神様だったのか…」
「まあ簡易的に話すと、この世界では女神の加護を受けた者はエリート、受けていないそれ以外の者は低俗な落ちこぼれ的な認識なんですよぅ!覚えておいた方がいいですよー?」
「在り来たりな設定と言えば設定だな。で、俺はその女神の加護を直々に授かった訳か」
「ええ!そりゃもう超エリート級で凄いんですよマスターは!」
嬉しいのか嬉しくないのか分からないが、加護を受けている俺はこの世界で生きていく中で優位な立場なんだと言う事は分かった。しかも超エリート。ナンバーワンは俺のもんだ!
「ちなみにその『使役』と『改造』の加護も全加護の中でトップレベルにエクセレントなんですよ!」
「説明見た感じだとそこまで良さそうには見えないんだけどな」
「えーっとですね!『使役』で例えますと、普通の人は誰でも卵から育てて扱える騎竜や地竜、海竜を使役出来ますけど、人間を嫌い近付く事も許さない凶暴かつ最強の真竜は一生掛かっても使役出来ないんです。その点、『使役』はそんな真竜でさえも簡単に使役する事が出来るんですよ!」
「その真竜の凄さがどんなものなのかは知らないけど、何か凄いんだな」
「凄いんですよ!」
『改造』は説明読めば大体分かる。どんなものでも改造可能と言った加護らしい。何はともあれ、魔力等を使いこなさない事には何も始まらないな。
俺はそれから数時間程、テキストからの情報の提示を受けながら魔力の感知、制御等を学んだりした。実に有意義な時間だった。場所が場所でなければ。
少女好きの設定は毒入りスープのシナリオをやった時についたそうです。