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RETURN ~少女好きの俺が悪者を倒す~  作者: 半裸紳士
悪討疾走編
19/81

喪失

この疾走感(焦燥感)。

本陣へ乗り込むとそこはもう地獄だった。魔物は本能的に死を理解し逃げようと背中を向けるのだが、無慈悲な攻撃によって瞬時に亡き者に変えられてしまう。今まで自分達がしてきた事を逆にやられて命を失った魔物はさぞかし自分の愚かさを理解した事だろう。

これぞ人にやられて嫌な事はするな、と言うものか。俺は切にそう思った。


「この短時間でよくもまあ…」

「ツヨシ!セインが敵の大将捕まえたよ!」


この惨劇に若干引いていると、返り血で汚れたシュラが笑顔で歩いてきた。恐怖を感じた反面、俺の少女に対する心配性が動く。


「血塗れじゃないか!大丈夫か?怪我無いか?」

「うん!これ全部魔物の血だよ!一匹も逃さなかった!偉い?」

「おう!偉いぞ!」


と褒めたものの、言っている事はとても残酷だ。よりにもよって相手が相手だし魔物も改心のしようがあると言うもの。魔物の来世に乞うご期待。

そうしているうちに本陣の魔物は全滅させられたらしく、残るはセインに引き連れられてやって来た翼の生えた男だけとなった。縄で縛られた挙げ句、セインに捕まってるとなればもう逃げるのは諦めた方がいいだろうな。


「見事作戦成功、と言ったところかな。ツヨシ、魔王軍残党の親玉を捕まえたよ」

「ああ、よくやった!後は最前線で戦ってる魔物だけになったな」

「それに関しても安心していいよ。つい今、ヒウラ達に向かわせたから」


そう言われてから俺は周りにセインを抜いた勇者一行とゴリラがいない事に気が付いた。シュラとマシロが残っているのは理解出来るが赤髪剣士が残っている意味が分からない。働け赤。


「そうか」

「…私をどうするつもりだ?」


今まで黙りこくっていた男が不意に呟く。その瞳は虚空を見つめるだけでここにいる誰にも向いていない。


「どうするも何も、拷問に掛けられるか処刑されるかの選択肢しかないんじゃないのか?」

「殺すならさっさと殺せ…あの方の下に、私も連れて行け!」

「あの方?」

「貴様ぁ!!」


敢えて惚けてみせると、急に怒りの形相に顔を歪めた男が俺へ鋭い殺意に満ち溢れた目で睨んできた。暴れ出すものだからセインが手際よく男を組み伏せてしまう。それでも、男の視線だけは俺を見ていた。


「貴様が殺した、魔王様の事を言っているんだ…!」

「何故俺が殺したって分かる?」

「貴様の着ているその衣装が何よりもの証拠…魔王様が愛着していた物に間違いないからだ!」

「こんなのを愛着していたのか。まあ、着心地は悪くないからな」

「それは、貴様の様な虫が着ていい物ではない!!」


誰が虫だ、と言い返してやりたいところだが俺の目的はこの男との口論ではない。ここに攻め込んできた軍勢以外にもまだ残党がいると言うのなら聞き出さなくてはいけない。

とは言え、ここからはもう俺の役目ではない。セインにアイコンタクトで後を任せる様に頼むと、頷いて引き受けてくれた。俺は城に戻るべく、シュラとマシロを引き連れて踵を返した。後テキストも。

次に俺がやるべき事は体を休めて次に来るかもしれない悪に備える事くらいだろう。今回の一件で魔王討伐の証明も出来ただろうし、俺にはもうそれくらいしかやる事がなかった。


「ふぁーあ…せっかく休めたと思えば魔王軍残党騒ぎやら何やらでクタクタだぜ…」

「ですがこの件で副団長にも認められて一石二鳥じゃありませんか?」

「あ、それもそうか!いや、ラッキー!」


最前線の魔物も全て倒して冒険者や騎士団達が勝利の雄叫びを上げている光景を目に、そんな気の抜けた会話をしていた時だった。不意に、背筋が凍る様な感覚を覚えた。

まるで時間が止まった様にも思えた俺は何となく、確信は無かったのだが後ろへ体を向けた。


「っ…!!」

「やあ」


いる。圧倒的存在感と異質で異常な悪意を纏った男だ。


「いやいや、そんなお化けでも見た様な顔をされたら僕も困っちゃうな」

「誰…いや、何だ、お前…?」


声が震える。張り詰めた空気に押し潰されそうになりながらも、俺は足に踏ん張りを加えて目を離さない様、男を見つめ続ける。

白髪。赤目。所謂アルビノと言われた色合いの男はゆっくり、両腕を広げた。


「何って言われてもねぇ…強いて言えば―――正義執行人」

「な、に……?」


正義?こんな異質な者が正義であってなるものか。

俺は頭がクラッとして蹌踉けてしまう。傍らのシュラがいなければそのまま倒れていただろう。


「だーかーら。正義執行人だよ」

「お前が、正義だと…?」

「君は悪でしょ?」


俺が悪。そう言われた途端、急に頭を鈍器で殴られたかの様な衝撃に襲われた。何故ここまで弱っているのかが全く理解出来ない。

そもそも、奴の言う事はデタラメで、悪を討つ為にこの異世界へやって来た俺が悪である筈がない。なのに、俺の足は既に自分では立てなくなるまでに力が入らない。


「適当な事を…!」

「正義である僕が言ってるんだ。素直に認めろよ。君はこの魔物大量虐殺の主犯であり盗人であり世界の支配を企む魔王なんだ」

「俺は魔王じゃねぇ…」

「魔王だよ。格好思考力全てが支配を企む悪の権化そのもの」

「黙れ…」


何を言っているのか理解出来ない。したくない。出来る筈がない。

本能では分かっているんだ。この男の言葉は全て俺を惑わせる幻術の類なんだと。だけどそれでも俺の肉体と精神は既に男の言葉を受け入れてしまっている。


「世界征服は楽しい?快感?それとも愉悦?」

「黙れって言ったのが聞こえなかったのか…!」

「おや。都合が悪くなったらそうやって怒る。悪い奴の典型的なパターンじゃないか」

「いい加減に、しやがれ!!」


割れる様にズキズキする頭を片手で押さえながら、腰に提げていたただの剣を抜き出して男へ斬り掛かった。剣を振り上げ、後はそのまま男を斬り伏せるだけ。

ただそれだけなのに、俺の動きは振り上げた時点で停止していた。


「何処、行きやがった…?」

「後ろ。今のはちょっとヒヤッとしたよ」


気付けば俺の手から剣は無くなっていて、代わりに俺の腹部から血に濡れた鉄の刃が突き出ていた。有り得ない。幾ら俺が戦闘初心者で実力もへっぽこだとは言え、一切の接触も無しに剣を奪い取るなど。


「かっ…ふ……っ」


ズルリと剣が引き抜かれる。激痛。激痛。激痛。ただ痛みだけが俺の意識を支配し、声なき声を上げさせる。逆流してきた血が口から漏れ出して鉄臭い。

朦朧としていく意識の中で、何故か―――世界が止まっている様に見えた。


「そうだね、折角だし一人僕の玩具に貰っていこうかな?」


男が楽しげに玩具の品定めをしている時点で、既にツヨシの意識は途絶えている。何が起きているのか分からないまま、朽ちてしまったのだろう。

最後の最後で全てを失ったツヨシはただ、失った花の名前だけは忘れられないでいた。

『罪殺し』の加護

女神アルテシア様よりメシアが与えられた最上級の加護。

任意発動型で攻撃を加えれば加える程に相手の中に眠る罪を肥大化させ、最後には自分の罪深さを

自覚させて戦意を根こそぎ殺してしまう。悪のみに反応し、善なる者には効果が無い。

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