幼い女神
多分これが初投稿です。
「どうも、―――君」
俺は夢でも見ているのか?はたまたこれは邪神の見せる幻覚か?
そう思えてしまえるまでに俺は戸惑い、驚愕していた。
「驚くのは仕方がないね。普通、翼の生えた人なんているわけないんだから」
告げるのは息をする様に三対六枚の翼を上下させる謎の少女。震える手で頬を抓るがどうやらこれは夢でも幻覚でもないらしい。
ちなみに現在俺は目の前で浮遊する少女を見て今すぐにでも抱き着きたい衝動に駆られてしまって大変だ。いっその事抱き着かせてはくれないだろうか?
「―――ぁ……」
自己紹介して名を尋ねようとするが掠れた声が喉から漏れる程度で到底言葉に出来るものではなかった。
そう言えばこの空間に迷い込んでから随分と時間が経過した気がする。しかも何十分、何時間ではなく、何日単位でだ。
俺は何度も唾を飲み込み喉を潤そうとするが、当然唾程度では潤うはずもなく。そんな俺の姿を見た少女はクスッと笑ったかと思えば握った右手をふわっと言う擬音がよく似合う開き方をした。
まるで手品を見せられているかの様。ごく自然に掌の上に現れた水入りコップを少女は小突くようにし、俺の下まで移動させた。
飲め、とジェスチャーをしている。そんな動作がとても可愛い。
「んぐっ…んっ……んはぁっ!」
コップに入った水を飲み干すと、途端に喉から伝わった潤いが全身の疲労を癒やしてくれる様な、そんあ錯覚を覚えた。これ程まで心の底から生き返ったと思った事がこれまでであっただろうか?いや、きっと無いはずだ。
「マシになったかな?」
「マシどころか…生き返る通り越して天に召されそうだよ、俺は」
「それは良かった」
ふふっと微笑む少女からは悪意は感じられず、ただ良心の思うままに行動している事が分かった。何時しか、少女に対する警戒は溶けていて、お互いの存在もはっきりとしてきた気がした。
ちなみに警戒と言ってもそこまでしてはいなかった。だって相手は大事にすべき少女だし。
そんな少女の容姿はと言うと、神々しい黄金の翼を三対六枚で持っており、それと同色の長髪。純白の衣からスラッと伸びる透き通る様な白い肌の両手足。そして目を背く事は許されない絶対的な幼さ八割の美貌を持っている。
まさしく女神と呼べよう神々しさと隠し切れない少女力を醸し出していた。
「自己紹介がまだだった。俺は火野鋼だ」
「うん。私は君の察しの通り、女神だよ。皆には女神アルテシア様ーって呼ばれてたりするかな!」
「アルテシア…うん、覚えたぞ」
「え?」
「いや、何でもない。それよりここは何処なんだ?」
目の前に女神がいるんだから天国かその辺りに違いないんだろうけど、それでも気になるのが人の性ってな。
そもそも俺自身、本当に死んでいるのかすら分からない状況だ。何より死んだ感触が無かったと言うか。
アルテシアは俺の質問に一度頷くと地面に降り立ち、歩み寄って来た。
「ここはね、一言で言えば人が生まれ変わる為に必要な場所なんだよ」
「人が生まれ変わる為に?輪廻の輪とかそう言う感じでいいのか?」
「認識はね。けど君の場合、死んじゃいないから…」
死んでない?どう言う事だ?確かに俺は底無しの谷に落ちてからの記憶と言うものが無いが…。
「君、悪い奴に弄ばれてたでしょ」
アルテシアがズイッと前屈みになって尋ねてくる。そう言われればそうだった。変な異形の化け物が…いや、この話はこの際どうでもいい。
確かに俺はその悪い奴の遊戯に巻き込まれていた。だからこそ、訳の分からない底無しの谷で人生リタイアする事になったんだ。
「あ、ああ…」
「君が巻き込まれてた種の悪い奴は色々いるんだけどね、その中でも特に最悪な奴がいてね」
「特に、悪い奴…」
実際会ったのかと言われると曖昧だけど確かに覚えはあるのかもしれない。
「ってもしかして――」
「君は察しが良くて助かるよ。つまり君はそいつに現在も弄ばれている最中と言える状態にあるんだ。最も、もう崩壊寸前なんだけどね」
「ど、どうすれば助かる!?」
「…助かりたい?」
それまで俺の周りをグルグルと歩き回っていたアルテシアが目の前で再び立ち止まると、視線だけを向けてそう尋ねてきた。その視線は妙に冷めていて、見た者を凍り付けにすると言われても過言じゃないと思う程に寒気を感じさせられた。
それでも、俺は息を呑んで頷く。弄ばれたまま、死んでやるのだけはごめんだったから。
「―――君は、君は強くなるね」
「え?」
「ううん。何でもない――じゃあ本題に入るよ」
そこからの時間の流れは一瞬だった。夢中になってアルテシアの話に聞き入り、気付けば俺は一つの扉の前で用意された荷物もといカバンを担いで立っていた。
少ししてから扉が開かれる。その先には闇が支配する道が待ち受けているだろう。きっと過酷な道のりになる。だけど俺はこんなところで立ち止まれない。立ち止まるとしたら―――。
「なあ、本当に来てくれないのか?」
「何度も言ったよね!?私は訳があって世界には干渉出来ないんだって!」
「そうか…」
アルテシアの同行をお願いする時くらいだろう。と言うかもう無意識でお願いしていた。
同行云々に関してはアルテシアの言う通り何度か頼んでいたんだ。例えば、本題に入る直前とか。
『それはそうとアルテシア様はどうしたら仲間になってくれるんだ?』
『は!?』
確か俺はそう尋ねたんだったか。当然アルテシアはまさか勧誘されるとは思っていなかったみたいで素っ頓狂な声を上げていた。
『え、これってそう言うイベントじゃないのか?』
俺だって高校生くらいの頃はラノベも読んだりした。ネットに投稿された異世界物だって読み漁った記憶がある。まあそんな知識は異形共には敵わなかった訳だが。
今思えばそもそものジャンルが違う気もしてきたな。
『むぅ、敢えて心は読まない様にしてたんだけど…君は夢見過ぎなんじゃないかな?』
『はあ!?なんでそうなる!』
『なんでって、女神を仲間にして飛び立つなんて実際じゃあり得ないんだよ?分かってる?』
少し怒り気味に言ってくるもんだから戸惑ってしまう。俺は確かに夢を見過ぎていたのかもしれない。だけど!
『一つ間違ってるぞ。俺は女神を仲間にしたいんじゃない。一人の少女として、君を』
『あー、分かった!君がロリコンなのは分かったから!』
ロリコンは聞き捨てならないな。俺はただ一人の紳士として、少女が好きなんだ。
『それをロリコンと言わずになんて言うの……はあ、分かった』
『仲間になってくれるのか!?』
『違う!ただ少女好きでどうしようもない君にプレゼントをしてあげようと思ってね』
『プレゼント?』
俺の疑問に頷くと少女は指を鳴らしてみせた。すると途端に俺の目の前の空間が少し歪んでカバンが落ちてくる。
これこそが俺へのプレゼントらしい。中身はお楽しみだそうだ。
その後も色々あって今に至る訳だが…本題よりもアルテシア勧誘の方が時間を取った気がする。ちなみに本題の方は確か異世界に蔓延る「世界を覆う闇」を倒す事だったか。倒せば一つだけ願いを叶えてくれるらしい。
「本当に目的覚えてる?」
「ああ、問題ないぞ。異世界の少女の保護だろ」
「全然覚えてない!?…本当に大丈夫なのかなぁ」
「不安なら一緒に来てもいいんだぞ?」
「行かないってばぁ!」
頭が痛いと言わんばかりにこめかみを押さえるアルテシアを尻目に、俺は扉をくぐる。きっとこの道を行けば戻る事は出来ない。だけど、待っていてくれてるであろう仲間達の下に帰る為にはこれしか方法は無いんだ。進まなければ俺は弄ばれた挙げ句に死ぬ。ならば進み続けるしかない。
「アルテシア様。俺なんかの為に色々ありがとう、感謝してる」
「火野君…」
「「世界を覆う闇」の件は任せてくれ。全身全霊を持って俺が必ず倒してみせる」
俺の歩みは止まらない。一歩一歩、確実に踏み締めて道を行く。どんな過酷な試練だろうが困難な敵が立ち塞がろうが、俺は障害を排除して乗り越えてみせるんだ。
「頑張ってね。分からない事があればそのカバンを開いてみて。きっと君にとって役立つ物が―――」
次第に声は聞こえなくなり、背後の扉も消えていた。いよいよ戻れなくなってしまった。今更になって怖くなった。体の震えが止まらなくなった。何度も立ち止まりそうになった。
それでも、仲間やこれから出会うであろう少女の顔を思い浮かべると全て吹き飛んで楽になった。気も楽になってやっと余裕が出てくる。恐怖の代わりに高揚感が体を支配し、熱を帯び始める。
そこで俺は高校時代の将来の夢を思い出した。確か「異世界に召喚されて世界を救う」、だっけか。形は違えどその夢に大きく近付いた訳だ。
まさか本当に異世界に行く事になるとは思ってもみなかった俺は苦笑しながら後頭部を掻いた。そして、違和感に気付いた。
何故か、ふさふさしているのだ。頭が。
「待て、俺は確かハゲを隠す為に脱毛してスキンヘッドにしていた筈だぞ!?」
なのに何故!そう思ったところで脳裏にアルテシアの舌を出した顔が横切った。なるほど、アルテシアの力で若返らせるなりしたのか。
変に納得したところで、俺は道の先にある光に気付いた。そこを抜ければいよいよ異世界と言う訳だ。
「どんな少女が待ってるんだろな!」
すっかり目的を忘れてしまっていた俺なのであった。
火野鋼は僕がTRPGでロストしたキャラクターなんです。